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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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エルーダ迷宮快走中(人食い宝箱クエスト編)5

 翌日はみんな朝から異様な雰囲気を醸し出していた。

 余程の強敵とやり合うのかとアンジェラさんを心配させるほどだった。

 実際は、休日返上だから目的を果たしたらさっさと帰宅する、その程度の予定なのであるが。


 振り子列車のなかでは皆で事前に予想しあった。

「少女にお友達を遭わせれば終わりだろう? オクタヴィアの笛で充分だな。楽勝だ」

 僕は希望的な意見を述べた。

「そこで終ってくれればいいけど……」

 全員が当然の如く頭を振った。

 あの迷宮のクエストを舐めるわけにはいかない。普通に終わるはずがない。見返りは大きいが、その分苦労も多い。普通はそうではないらしいのだが…… 僕たちは前回、土壺にはまった経験がある。

「せめてヘモジクエストのようにすっきりした感じで」

「ナーナ!」

「ヘモジクエストも複雑だって」オクタヴィアが通訳する。

 ヘモジは怒った。が、誰にも怒りが伝わっていなかった。愛らしさが勝っていた。

 あれは、分かりやすかった。事前にやるべきことも報酬も分かってたしな。問題は貰ってからだよ、ヘモジ君。どうして君がそんなに愛くるしいのかね?

「ナガレのクエストほどではないのです」

 リオナが火に油を注いだ。

 ヘモジは珍しくすねた。

 オクタヴィアがクッキー缶を出して必死に慰める。

「あれは複雑というより、完全にナガレの気分だよね」

「召喚獣が魔力のないリオナを逆指名しちゃうんですからね」

「今考えれば兆候はあったってことだね、異常さの」

「まったくじゃ。前代未聞じゃ」

「別にいいでしょ! 退屈だったんだから!」

「寂しかったんだろう?」と突っ込みたくなったが、口を噤んだ。

「なによ!」

 皆が一斉に口を噤んだから、ナガレが居た堪れなくなった。

「でも、こうして仲間になったのです。幸せなのです!」

 召喚主がかばった。

 一番分かってない人に言われてもね。


 茶葉が先日、切れたので、新しい茶葉を持参した。

「前のお茶っ葉に戻せ」と全員に抗議された。

「こっちの方が高かったのに……」

「移動距離が長くなれば不味くても高くなるじゃろ? どこ産の茶葉かよく見んと」

「わたしたちにはアルガスの茶葉の方が口に合いますから」

「いつものなら保管庫に買い溜めしてるのです」

 女性陣に怒られた。

 ズズズズ…… ヘモジが我関せずとお茶を啜った。

 僕もすねたくなった。

 て言うか、そこがおかしいんだからな。召喚獣は普通すねないんだから。

 僕は自分を癒やすために、ヘモジを膝に置いて頭を撫でた。

 ヘモジは振り向いて見上げた。

「ナナ、ナーナ」

「そ、そうだな。お茶っ葉、元に戻そうな」

 ヘモジ…… お前が召喚主にとどめを刺してどうする?


 そうこうしている間に列車は村に着いた。

 さあ、行くか。

 その前に、情報収集。ギルド事務所に一日遅れで参内だ。


「昨日来たんですって? 急に鑑定士の仕事が増えて、裏方連中喜んでたわよ」

 受付のマリアさんにきのう顔を出さなかったことを遠回しにつつかれた。

「そうですか?」

「たった一つのチームでどうすれば毎回毎回、あんな大金を手にできるのかしらね?」

「そりゃ、深く潜って。危ない奴らを蹴散らして」

「算定終ってるわよ」

 嘘だと見抜かれているし。

「それで、なんの用かしら?」

「地下三六階のことについて、聞きたいことがあるんですけど」

「三六階?」

 近くにいた別の職員に尋ねていた。

「ああ」

 ようやく思い当たったようだ。

「女の子のことかしら?」

「そうです」

「フロアーを通過したければ彼女の依頼は素直に受けた方がいいわね。でないとあのフロアーの攻略は難しいから」

 おや? 彼女のクエストを受けたから攻略が難しくなったんじゃないのか?

 僕は一緒に付いてきたリオナとヘモジと顔を見合わせた。

「どうしたの?」

「依頼を受けないとどうなるんでしょうか?」

「敵がわんさか襲いかかってきて、撤収を余儀なくされるわね。あのフロアーは普通にやったらまず出口まで辿り着けないのよね」

「依頼を受けたらどうなるんですか?」

「それは…… 言ったら面白くないでしょ? とりあえず、依頼は受けた方がいいわよ。まあ、失敗して、対象が死んでも次の日には湧くから。余り深く考えないで。何、きのう失敗したの?」

「ええ、まあ……」

「どうしても攻略できないようなら攻略方法を教えてあげるから、またいらっしゃい」

 マリアさんの口調だと、クエストを成功させないと出口には辿り着けないと言っているように聞こえる。ということはきのうのあれは……

「無理なら諦めるのです。もう次の階には行けるから問題ないのです」

「は?」

「出口にはきのう着いたです」

「ナーナ」

「難しいクエストならやらなくていいのです」

 問題だけ振りまいてリオナは先に事務所を出て行った。

「ナ?」

「じゃあ、みんなが待ってるので」

 僕も退散することにした。

「普通にあのフロアーをクリアーしっちゃったわけね?」

 苦笑いされた。

「ええ…… と、闇蠍はスプレコーンに当たり前にいる魔物なので、慣れていたというか……」

「レベル五十越えよね?」

「数、そんなにいなかったし」

「冒険者のランクはなんだったかしら? 上がったの?」

「いえ…… なんというか…… なかなか依頼を受ける機会がなくて……」

 Dランクのままだった。

 僕はヘモジをひっ捕まえると脱兎の如く逃げ出した。

「すいませーん。急ぐんで、また来ます」

 リオナが余計なこと言うから。

 でも、ギルドランクはどうしようもないよな。なんて言うか、こちらの都合に合わないというか。いっそ依頼書じゃなくて、納品した売上金額で査定してくれればあっという間なのに。今のままだと、ランク反映されないから、二階の依頼も受けられないんだよね。たぶん階層的にチラホラA級依頼も出てきそうなんだけど。

 魔石の大量買いをクヌムの町でやって、依頼こなしちゃおうかな。たぶんそんなに損しないと思うんだよね。いや、うまくすれば手数料込みでも儲かる…… でもなぁ。


「どうだった?」

 外で待っていたみんなと合流した。

 リオナの説明ではちんぷんかんだったようだ。

 僕は一番簡単なエリア攻略法が少女の依頼を受けることだったらしいという話をした。

 そしてその依頼を達成することは困難を伴うということ、受けないでエリア越えをすることはもっと難しいらしいということを伝えた。

「え?」

「……」

 全員が押し黙った。

 リオナもようやく理解した。が、同時に落ち込んだ。

「もう終ってるのです」

 そうだ。僕たちはクリアーしてしまったのだ。一番大変な方法で。

「つまりクエストしなくてもいいわけじゃな?」

「そうなりますね」

「どうする?」

 やらなくてもいいことをやる必要はない。

 でも好奇心という奴はそれでは納得してくれないのだ。

「簡単ならさっさと済ませちゃいましょ」ということになった。

 だが、これがやはり間違いだった。


「適当にクリアーしちゃえばいいや」という軽い気持ちで、僕たちは少女の元を訪れた。

 というより、脇道にそれずに真っ直ぐ進めば彼女は待っていたのだ。

「あの~、この辺に動く宝箱はいませんでしたか? 知りませんか? わたしの友達なんです。いつもこの辺りにいるはずなんですけど」

 昨日と同じ口上だ。

「いた! あの子です!」

 僕たちは少女が指差す方を見た。

 するとそこにはきのうヘモジが一撃で仕留めた人食い宝箱が飛び跳ねていた。

「お願いです。あの子を捕まえてください! お願いします!」

 少女がしゃべってるそばから、人食い宝箱は逃走を開始した。

「ええーっ?」

「こういうクエストだったのか」

 みんな感心しながら見送る。

「お願いします。あの子ひとりで森のなかに入ったら殺されてしまいます」

「!」

 困難が伴うとはそのことか!

 ただ追いかけっこすればいいということではなさそうだ。他の魔物の襲撃から守ってやらなければいけないらしい。

「これって、一種の護衛任務?」

「急がないと不味いよ!」

 人食い宝箱に反応して既にオルトロスの陰が接近していた。


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