インターバル1
「どういうことですか?」
僕は棒読みで尋ねた。
みんなはいつもと変わらぬ様子でいつもと同じように昼食を取っていた。人数が若干増えたが誤差の範囲だ。アンジェラさんはすっかりなじんでいるし、エミリーは赤ん坊とメイド部屋に控えている。
「そうだ、アンジェラたちの部屋を別に用意しないとな。みんな戻って来てしまったわけだし」
無視かよ。
「世の中には不測の事態というものがあってだな。今がまさにそれなんだが……」
「姉さん、僕やリオナがどんな思いでみんなを見送ったと思ってるんですか!」
「わかってる。わかってるんだが……」
「こっちもやり込められた口なのよ」
ヴァレンティーナ様が嫌そうに頭を掻いた。
「わたしたちが王宮に戻ったら、待っていたかのように国王から呼び出されてね。向かってみると、今回の恩賞だと言って領地を下賜されたわけなのよ」
「今回は防衛戦でしょ? 新しい土地なんて」
「手つかずのどうでもいい土地ならいくらでもあるそうよ」
「どうでもいい物貰っちゃったんですか?」
「あなたとわたしがね」
へ?
「敵の大将倒したのがどこの誰だったか、もう忘れたのか?」
姉さんが口を挟んだ。
「あれはもう半分薬漬けの中毒――」
「理由なんてどうでもいい。お前には万能薬の借金もあったからな。宰相たちは不足分をどうでもいい土地を与えることで踏み倒したんだ」
「過去形ですか……」
「わたしが拝領した領地から割譲することになった」
「話が見えないんですが」
「つまりだ。お前は一介の冒険者でまだ若く協力者も、信用も統治能力もまるでない。だが、国から巻き上げた大金だけはうなるようにある。一方、彼女には当然与えられるべき恩賞が必要だった。だが、防衛戦のため新たな実入りもなく、わずかにあった西の利益もお前が巻き上げたことになっている。さてどうするか?」
「僕のお金を利用してヴァレンティーナ様に新たな領地を開拓させようと考えた?」
「そういうことよ。互いに補い合い、領地開拓しろというわけ。こっちの蜜月はばれてるしね。わたしが見捨てられないこともよく知っている」
「ずるい! ずるすぎる!」
くそっ、また殴る相手が増えた。
「国を預かる貴族としてはこの上なく優秀ということよ。自分たちの懐を一切痛めず事態を収拾。優秀すぎて反吐が出るわね」
「食事中ですよ、姫様」
エンリエッタさんの注意にフンと首を振る。
「ヴァレンティーナ様はそれでいいんですか?」
「世の中とは世知辛いものでな、上には上がいるものなんだ」
姉さんが言った。
全員がにやりと笑った。リオナもなぜかつられて笑っている。
「今回の恩賞としてミコーレ公国側からも領土をいただけることになったのよ」
「恩賞というより詫びだがな」
サリーさんが地図を広げた。
見たことのある地図だな。丸印が三つ付いている。
「我らの領地、すべて含めると……」
ヴァレンティーナ様は地図にぐるりと円を描いた。
「この森すべてが我が領地となる」
僕は目を見張った。
確かにどうでもいい土地だ。魔物が徘徊する国境の緩衝地帯を兼ねた大森林地帯だ。でも広さだけでいったら実家の三倍、南アールハイトの各領地でいったら一、二を争う広さになる。何もない場所だけど…… 考えようによっては手つかずの資源の宝庫だと言えた。
「姉さんからもこの領地に南北に走る街道を作れとお達しがあったわ」
「アールハイトとミコーレを繋ぐ街道ですか?」
「我ら『銀花の紋章団』なら可能なことだ」
姉さんの掘削技術があれば山もくりぬけそうだしね。
「でもここに街道ができると……」
「現在ある街道は廃れることになるわね」
「宰相たちの顔が青くなる姿が目に浮かぶな。うちの実家もそれなりに被害が出るだろうから、親父たちがどんな補償を中央に求めるのか見物だぞ。少なくとも万能薬の値段より安いということはなかろう」
姉さんは楽しそうだ。コケにされたのが相当来ているようである。実家を巻き込んでの報復合戦か。怖いわぁ、貴族って、怖い。王宮じゃ、こんなことばっかりしてるんだろうなぁ、きっと。あーやだやだ。
「というわけで、明日から現地調査を始めます。街道の選定。中間地点に都を置く予定なので候補地近傍での水源調査も同時に入るわよ。もちろんわたしたちも協力する」
「権利関係とか、もう大丈夫なんですか?」
「問題ないわ。あなたには領地ではなく、報奨金を払うことにしているから。冒険者に領地は過分でしょ?」
「じゃぁ、僕は領主にならなくていいんですね?」
「わたしと結婚するという手もあるんだけどね。それが一番シンプル……」
二名ほどが鬼のような形相でこちらを睨んでいる。
「妹は泣かせたくないからごめんなさいね」
うっ、少し期待してしまった。
「それでものは相談なんだけど、報奨金を半分ほどわたしに投資しない? 配当は将来の領地から上がる税収の一割で、そうね…… あなたの子供の代まででどうかしら?」
善意で全額いいですよと言えば、ヴァレンティーナ様の取り分が少なくなるのか。税収も町が形になるまでは開拓に全額回されることになるだろうし。一割でも過分か……
「わかりました。おまかせします」
「ありがとう。助かるわ」
姉さんと目配せしてシナリオ通りと確認し合っている。どのみち財産管理はふたりに任せているのだし何も言うまい。
「それで、あなたたちなんだけど……」
王女様はアンジェラさんを見た。
「町を離れることになるけどかまわないかしら? 子供もいることだし、無理強いはしないわよ」
アンジェラさんは間髪入れず付いて行くと言った。
「息子のためだ。多少の苦労はしてやるさ」
エミリーも不満はないようだった。
「弟君とリオナには森の魔物の生息調査を依頼します。レジーナが切り開く街道予定地に沿って行動して貰うわよ。とりあえずは魔物の種類だけでいいわ。無理に戦う必要はないから。何かあったら知らせてちょうだい。わたしたちは明日から転移ゲート設置のため、また行軍の日々だから」
日常が戻ってくる。いつ新たな領土に引っ越せるかわからないがその日は必ずやってくる。
僕はやれることをする。今はそれだけだ。




