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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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エルーダ迷宮快走中(ゴースト・オルトロス・闇蠍編)1

 一大イベント、春祭りが終わり、日常が戻って来た。

 武闘大会からかれこれ二ヶ月、冒険らしい冒険もできずにいたチームメイトのフラストレーションは本人たちが思う以上に溜まっていた。僕は結構楽しんだのだが、リオナ辺りは我慢の限界だったようだ。再開する旨を伝えると飛び跳ねて喜んだ。が、尻尾を踏まれたオクタヴィアは泣いた。

 思いがけず長い春休みになってしまった。

 そんなわけで、いよいよエルーダ迷宮攻略の続きを開始することにした。


 白亜の城の主塔に置かれていた書籍の多くは我が家の書庫に収まった。一気に蔵書が増えたが、既に読まれた本が大半なので、コレクター的な喜びしかなかった。因みにこれらを全部、買うとなると我が家がもう四、五軒立つ金額が必要になるらしい。

 本棚から『エルーダ迷宮洞窟マップ・下巻』と『魔獣図鑑』を久々に取り出しリュックに入れる。やはり二冊同時に持つのは重い。早くロメオ君に一冊、渡さねば。


 アルガスに身柄を移送された頭目とおぼしき例の男が、先日、当然の報いを受けたという知らせが届いた。これによりアルガスは裏社会の吹き溜まりの掃討を完了したと表向きの宣言をした。今頃、残党は警戒の薄いどこかの領地に新たな拠点作りでもしていることだろう。

 新しい町だと思って舐めてスプレコーンにちょっかいを出したのが運の尽きである。

 そのことを僕は振り子列車のなかで皆に伝えた。

「とりあえずフェデリコ君も安泰なのです」

「ああいう輩は、そうそういなくなるものではないぞ。入れ替わり立ち替わり現れて、鼠のようにあっという間に増殖する。為政者たちの悩みは尽きぬというわけじゃ」

 アイシャさんが言った。

 彼女の春衣装は外套を脱ぎ捨て、生地が薄くなった分、艶めかしさが増した。透けて見えそうで見えない辺りがどうにも男心をくすぐるらしく、おっさん連中の視線を集めていた。勿論僕もロメオ君も正直、目のやり場に困るのである。

「ええと、今回の攻略は地下三十六階層です。前回の三十五階から引き続いてゴーストとオルトロスが登場します」

 ロメオ君が説明した。

「ゴーストか……」

 目視以外、僕にはどうにも探知できない魔物だ。なぜか臭いで見つけるというリオナたちに丸投げだ。オルトロスは…… 頭が二つのただのうるさい駄犬だ。ケルベロスほどでかくもないし、怖くもない。足の速さだけを警戒すればいい。

「それで、今回新たに登場する獲物は闇蠍になります」

「あの?」

「そうです。あれです」

「レベル五十代?」

「フロアー数からいくとレベル五十六前後ですね」

「いるの、そんなの?」

「情報ではそうなってますよ。目に見えない闇の障壁持ちですから、実質のレベルは少し下がると思いますけど」

「足長大蜘蛛だな、まるで」

「あれぐらいを想像しなきゃ駄目かな?」

「したくないわね。しかもユニコーンすら倒す毒持ちよ」

 ロザリアが地図を覗いた。

「そもそも二十代の闇蠍がそこまででかくなるものなのか?」

「魔物図鑑にもそのレベル帯の生息域は記されてないね」

「レベルを落として登場する魔物はいたけど、逆パターンってありなのかな?」

「案外未開の地辺りに実在するのかもしれないわね」

 ナガレがクッキーをお茶に漬けて口に運んだ。

「ドラゴンも倒しそう」

 オクタヴィアは両手の毛の隙間に入り込んだクッキーの滓を舐め取る。

「まったくだ」

 僕も同意する。

「早期発見、早期駆除だな。他には?」

「罠があるよ」

「何かしら?」

 ロザリアがクッキーを取る手を止めた。

「人食い宝箱だって」

「それって罠じゃなくて魔物じゃないの?」

「情報では罠になってる」

「これって対処の仕方は?」

「剣では普通、堅くて歯が立たないからの。魔法で火炙りじゃな。辛抱がないからすぐ分かるじゃろ」

「じゃ、本日は面倒だけど宝箱を見つけ次第、火に掛けるとしよう」

 ゴーストに闇蠍に人食い宝箱、おまけにオルトロスか…… 冒険者泣かせのフロアーだな。普通の冒険者だったら泣くぞ。

「このお茶美味しいのです。茶葉換えたですか?」

 ちょっとリオナ、話聞いてたか?

 しまった。チーズの買い出しに何回か乗り込んだときに一番高い茶葉を持ち込んだんだった。話し相手はヘモジだけだったし、回収するの忘れてた。

 まあ、残り少ないから、飲みきって頂戴。

 みんな春用の装備に替わったはずだが基本的に代わり映えしなかった。あの目立つ外套を脱いだくらいだ。

 僕もヘモジも今日のところは盾を持ってきていない。現在フライングボードを取り付けるために改造中である。

 ロメオ君はいつも持っている杖の代わりに盾を持っている。杖は盾に装着できるようになっているので、運ぶのに苦労はない。でもさすがに重くなってきたので身体強化と腕力強化の付与の指輪を買ったと言っていた。

 ロザリアは変わらない。変わったことがあるとすればそれは彼女の使用する術式がほぼ最新版にグレードアップしたことだ。

 パスカル君たちが来た影響か、僕たち魔法使いは、アイシャさんに師事して術式の再点検を行なったのだ。なんというか、人類の模倣の歴史は古い術式に新しい術式を積み重ねていく場当たり的なものでアイシャさん的には、既に限界に来ているレベルと言うことだった。まるで古代語と現代語を交ぜて会話していたが、遂に誰にも理解されないレベルになった、と言うことらしい。

 僕の術式はオクタヴィアのおかげで、奥義めいたものになっていたので基本的には口を出さずに聞いていた。それでも発見は多々あって、面白い授業になっていた。

 教会の古臭いカビた術式をロザリアが使うことは金輪際ない。ただ装備に書き込まれた術式だけは如何ともし難く、しばらく彼女の行動のボトルネックになり続けるだろう。

 そういや闇蠍も闇属性だった。このフロアー、光魔法で押していくと案外楽に攻略できるのではないだろうか?

 リオナは、爺さんの所でひたすら修行していた。門下生と結構な大物を倒しに行く実地訓練に何度か参加していた。魔法の援護もない状況で結構とんでもない敵とやり合ってきたようだ。北の海岸にいる海亀の魔物を切り刻んで甲羅を高値で売り払ったとか言っていた。

 道場の備品が一新されていたのはそのせいだ。

 リオナは言わないが、尻尾の揺れ具合から察して、新たなスキルを手に入れたようだ。

 僕の情報屋と化していた黒猫にも尋ねてみたが、知らないようだった。差し入れした貝柱が無駄になった。


 エルーダ村は相変わらずかと思ったら、随分と雰囲気が変わっていた。

 興味を引かれたが、余計な仕事を頼まれそうなので事務所には寄らずに、門番の詰め所に向かった。

「あら、お久しぶり」

 メアリーさんがいた。

「なんか陰鬱な雰囲気なんですけど、何かあったんですか?」

 溜め息をつかれた。

「あったも何も、匪賊がこの村に仕掛けてきたのよ」

「アルガスの?」

「そう。流れてきたならず者たち。おかげで町の治安が悪くなってしまって。それがここ二、三日、大人しくなったかと思ったら、急にみんないなくなって」

 頭目が断頭台送りにされたからな。散るしかないだろう。

「アルガスから守備隊は来なかったの?」

「冒険者の町だからって、代わりに強制依頼が来たわね」

「断ったら罰金のあれ?」

「そ、おかげで冒険者は激減。開店休業中というわけなのよ」

「こっちにいても面白かったのです」

 リオナが言った。

「ほんと、肝心なときにいないんだから」

「スプレコーンにも物騒な連中が来てたんです。それもお祭りの真っ最中にね」

「エルリンが頭目倒したです」

「守備隊みんなで倒したんだ」

「事務所に顔は出した?」

「なんだか不穏な空気だったんで、こちらの様子をうかがってからにしようと思って」

「精々稼いできてあげて頂戴。ギルドも閑古鳥が鳴いて、落ち込んでるみたいだから」

「そうします。何かいい物が出ればいいけど」


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