春祭り(二日目)4
朝も早くから、人だかりができていたが、それが営業妨害だというなら看過できない。既に早くから並んでいた獣人たちがアンジェラさんたちに加勢して、只事では済まなくなりつつあった。
「若様!」
「おはよー」
みんなが僕を見て一斉に安堵するもんだから、両肩が重くなった。と思ったらオクタヴィアとヘモジが肩に飛び乗っていた。
「あいつら悪い奴!」
「ナナナナーナ!」
だからって町中で魔物を斬るようには行かないんだよ。
「で、なんの騒ぎですか?」
僕はアンジェラさんに話し掛けた。
敵勢力は意外に多かった。女たちばかりだと思って舐めているのか、馬鹿な奴らが二十人近くいた。
「お前がここの責任者か!」
「ええ、まあ、エルネスト・ヴィオネッティーと申します」
責任者は彼女たちなのだが、それを信用しないから責任者を呼べなんてことになっているのだろう。面倒なので肯定しておく。
「名前なんてどうでもいい。落とし前、どう付けてくれるんだい!」
落とし前って、ドラゴン呼んでくるとか? さすがにそれは無理だから。
「長い列を作ってお騒がせしていることは申し訳ありませんが、でも公園の敷地内に誘導しておりますのでそちらに影響があるとは思えません。落とし前と言われましてもなんのことやら」
「てめえの店でおかしな物売り出すからうちは商売上がったりなんだよ!」
どういう言い掛かりなんだ。結果的に客寄せになってるんだから、普段より儲かってなきゃおかしいんじゃないのか? 同じ肉料理を出してるせいで割を食うにしても、こいつらの串屋は道の反対側じゃないか。まして肉ならなんだって食う獣人の客がスルーする距離じゃないぞ。
「どっちがおかしな物売ってんだい! いかがわしいのはそっちじゃないか!」
お手伝いのおばちゃんのひとりが怒った。
「そっちの店の肉は牛でもなんでもないじゃないの! コロコロでしょ?」
「なっ!」
店の主人は青ざめ、先陣を切っていた男は言葉を失った。
「獣人の鼻を侮って貰っちゃ困るね。あんたらの店に客が入んないのは中身をみんな知ってるからさ。こちとらコロコロの肉なんざ、飽きるほど食ってんだよ!」
すいません。リオナが好きだから、みんなも好きなのかなぁと思ってました。今度からはちゃんと野牛出しますから。
お姉様方の啖呵も負けていなかった。というより問題外だ。
「本当か? 串屋ッ!」
リーダーのような男に詰め寄られて串屋と呼ばれた男は小さくなった。
「すいやせん…… つい出来心で」
「バカヤロー」
鉄拳が振り下ろされて串屋は道に倒れた。
「当たってない」
「ナーナ」
さすがに幾多の戦いに身を投じてきたふたり、あっさり相手の小芝居を見破った。
「だが、それとこれとはかんけーねー。そっちがドラゴンの肉を使ってるかが問題なんだ。証拠を出しなッ!」
まだやるか? 普通ここで手打ちだろ?
「証拠も何も材料取ってきたの僕だしな」
証拠にもなんにもならないな。事実だというのに。
「笑わせんな、お前みたいな小僧にドラゴンが倒せるものかよ!」
「まあ、姉さんも一緒だったんだけどね。『ヴァンデルフの魔女』って知らない?」
「そんなもん知るか!」
なんと、姉さんの悪名がまだ行届いていない人たちがいたとは。姉さんが喜ぶ。
周囲がざわめきだした。僕の名前は兎も角、姉さんの通り名も知らないとなれば、「こいつらどこから来た田舎者だ?」ということになるのは当然だ。
「な、なんだってんだよ」
男たちは気圧された。
「魔法の塔って言ったって分かんないんだろうね」
アンジェラさんも溜め息を付いた。
「何を騒いでいる!」
巡回兵がやって来た。
「嗚呼、丁度よかった」
「なんだ、朝っぱらからって、若様じゃないか?」
「いやー、ドラゴンの肉じゃないって言い掛かり付けられちゃってさ。因みにあの串屋の肉はコロコロなんだけどね」
「牛串焼きの店ってのぼりに出てるじゃないか! 店主はどいつだ?」
奴の同僚以外、一斉にひとりの男を指差した。
「ちょっと詰め所まで来い。それまで営業停止だ」
「なんでこっちだけお咎めありで、あっちはお咎めなしなんだよ!」
巡回兵のお兄さんも呆れた顔をした。
「そりゃ、こいつが不正を働いたからだろ? そっちの店が何をした?」
「何って! ドラゴンの肉と偽って」
「本物だよ」
「なんで分かるんだよ! あんた食ったことあんのか!」
男たちは顔を真っ赤にして訴えた。
「この町の人間は大概みんな食ってるんだよ」
「銀貨一枚だぞ!」
「普段は無料だ」
男たちは言葉を失い呆然と立ち尽くした。
「信じられないならこの先の『銀花の紋章団』のギルドを覗くといい。ドラゴンの素材の大安売りをしてるところだ。もっとも庶民の手が出る金額ではないがな」
男たちは逃げるように兵士の指差した方角に消えた。勿論見に行ったのではなく、逃げていったのだ。残ったのは串屋の主人だけになった。
「行くぞ」
主人が兵士に連れられてトボトボと去って行った。
「助かった。ドラゴンの亡骸見せてみろとか言われたらどうしようかと思った。実際問題、狩ってる所でも見せなきゃ証明できないもんな」
「おーい、問題片づいたんなら早く販売開始してくれー」
「はーい、ただいま」
アンジェラさんが飛んでいった。
「大変ご迷惑おかけしました。引換券の番号順に五列になってお並びください」
僕、呼ばれる必要あったの?
「若様、レース始まる」
「ナーナ」
「おッ、そうだった」
僕はその場を急いで離脱した。
見かけないと思ったら、大御所ふたりはここにいた。
姉さんとヴァレンティーナ様は胴元になって賭けを煽っていた。オッズ表まで用意して本格的にやっていた。
レースは混合リレー形式で行なわれる。短いコースなので少しでも見応えをということで、周回コースではなく、ユニコーンの庭を使っての往復で行なわれることになっていた。
コースの真横からユニコーンの本気が見られるのだから、それだけでも圧巻である。
走者は一チーム四頭。片道を一頭ずつ担当して、二往復して決着が付く。チームは基本、生後一年から四年までの混成チームだ。チーム編成は日頃の走りで決まった序列を等しい戦力になるように分割して組まれている。一頭だけぬきんでていても勝利はおぼつかない。
こうなると予想もへったくれもない。運と勘だけが、頼りである。
当然僕は『草風』と妹ちゃんの応援なのだが、既に角のある『草風』はこのレースの参加資格はない。
他の角の生えた連中といっしょに別のレースに出ることになっていた。彼らは純粋に周回コースでレースするが、そのレースはこの混成チーム戦の後からである。
僕はすぐに『日向』の名前を見つけた。
姉たちにお金を預けるのは不本意だが、他に胴元がいないのだから仕方がない。せめてヴァレンティーナ様に預けることにする。なくなっても惜しくない程度の金額だが。
『日向』が最終滑走になっているチームは狙い目だと僕は思っていた。何せ負けず嫌いな妹ちゃんである。前にいる奴は必ずぶち抜くと堅く信じていたのだが、世の中甘くなかった。
スタートの合図から『日向』チームの一歳児が出遅れた。
このチームは一歳が二頭いる計算になるんだなとそのとき初めて気が付いた。とんだハンデ戦である。それだけ『日向』が速いわけだが、三頭分のハンデを背負って走るにはコースは短すぎた。
折り返す度にトップとの差は開いていった。あっという間に八チーム中最下位になってしまった。三頭目が奮戦したが、差は埋まることなく、コース長の半分もの差が開いてしまっていた。
そして第四走者の『日向』がスタートラインに立つ。明らかに周りの四歳児とは体格が違った。




