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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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春祭り(屋台巡り)3

 結局、食材が追い付かなくなった時点で屋台は終了した。

 並んでくれた人たちには翌日の優先権を配ることになった。優先権を作って配るだけでもまた時間を要した。配り終る頃にはチケット番号がまた七千番台を越えた。

 全員が、大きな溜め息を付いた。

 お前ら全員リピーターじゃないだろうな?

 商売人なら喜ぶ所なのだろうが、さすがに疲弊している今、そう言う気分にはなれなかった。

「まだ間に合うのです!」

 万能薬で復活した子供たちがリオナと一緒に屋台巡りに飛び出していった。

「元気だねぇ……」

 大人たちは子供たちの元気な姿を羨ましそうに見送った。

 ユニコーンのレース見たかったなぁ。

 僕は暮れかけた太陽を見上げた。明日の決勝はなんとしても見ないとな。

 そのためには経営者ふたりにきつーく言い聞かせなくては。

 僕はご近所の営業妨害も含めて、いろいろな意味を込めて再発防止に心がけるように注意喚起した。

 本来、お金を積んでも食べられないドラゴンの肉が、挽き肉であったとしてもたったの銀貨一枚で食べられるのだから、こういう結果になるのは目に見えていたのだ。

「銀貨一枚じゃ高くない? 千ルプリだよ」と突っ込んで全員から罵倒された僕が言う台詞ではないが。

 結果、今夜からは人海戦術で行くことに決まった。

 急きょ、求人を募り、知り合いの奥様方を十人ほど雇うことにした。

 そして屋台の後片付けをカーターに丸投げして、大掛かりな仕込み作業を始めるべく女性陣は我が家に撤収していった。

 我が家の厨房の裏手に竈付きの調理室をドナテッラ様が作り、肉祭り用の鉄板を並べて準備するらしい。


 僕は屋台巡りを遅まきながら始めた。まずは北門までのメインストリートを歩いた。日も暮れかけているとは言え、まだまだ人の波が途切れることはない。

 料理を出す屋台が、結構売り切れの看板を出していた。

 リオナたちは食いっぱぐれていないだろうか? 目的の物にはありつけたのか?

 しばらくして人だかりを見つけた。人だかりは若い女性たちだった。

「いい男でもいるのかな?」と覗いたら、いたのはヘモジとオクタヴィアだった。ふたりが自分の姿を模した飴細工を美味しそうに舐めていたのである。

「きゃー、可愛いーっ」

「猫ちゃんのお口小さい。ペロペロしてる」

「小人くんも真っ赤になって可愛いーっ」

「ねーねー、坊やお名前は?」

「ナーナ」

「キャーッ、カワイーッ!」

「おじさん、猫ちゃんの飴頂戴!」

「こっちは小人ヘモジちゃん飴三つ!」

「へい、毎度あり」

「何やってんだ? お前ら?」と小声で尋ねたら、ヘモジが念話で「飴食べ終わるまでここにいたら飴ただになる」と喜んでいた。

 すっかり営業に使われていた。

「誘拐されんなよ」

 僕が呟くとオクタヴィアが胸の笛を見せた。「大丈夫!」と言いたいんだろうが、それ人間には効かないからな。

「あっ、こら、飴でべたべたの手で笛に触るなよ!」

 まあ、なんにしても楽しそうでよかった。ヘモジもいるからたぶん大丈夫だろう。


「射的?」

 しばらく行くと、なんだか変わった店が出ていた。弓を射る近的場が隣接した店だった。

「お兄さん、三回で小銀貨一枚だよ。やっていかないかい?」

 僕は棚に並んだ商品を見た。

 色の付いた的に矢が当たったら商品が貰えるらしい。

「あの的に当てればいいのか?」

 弓のしょぼさを考えると的は遠そうだった。

 的は円形で、同心円の中心から色分けした物を使う。三回、的中させた色の総計で景品が変わるらしい。中心を三回射貫いたら、豪華景品、大きなぬいぐるみが貰えるらしい。

 時間も時間なので景品も随分減っていた。

「そうだよ。三回的に当てたら、当てた色の景品が貰えるよ」

「パパ、真ん中狙って」

 隣にいた小さな女の子が父親に大きなぬいぐるみをせがんでいた。

「ようし」

 若いお父さんがライン越しに玩具の弓を引いた。だが矢は横にそれて、はずれた矢を受け止める為の安土にめり込んだ。

「あー、おしい!」

 全然惜しくない。

 結局下手くそなお父さんが的に当たったのは一番外縁の青色一回だけだった。参加賞のお菓子を貰って、娘にあげていた。

「やってみるかな」

 僕は小銀貨一枚を払った。

 僕は弓を引きながら『一撃必殺』モードを働かせたが、元々生き物でない的相手に発動するはずがなかった。

『必中』スキル持ってないんだよな…… 『必中』を使っても的の真ん中三回はないだろうが。

 僕は玩具の弓矢の軽さを改善すべく、力を込めるが、矢は思った方向には飛ばなかった。

「……」

 子連れのお父さんの方がましだった。安土にも届かなかった。

 あの…… 僕が冒険者だというのは気のせいですから。

 鏃が軽すぎる。空気抵抗もありすぎる。思った方向に全然飛ばない。かと言って威力を弱めると今度は的に届かない。

「力まずあの辺りを狙え」

 振り返るとアイシャさんがいた。

 僕が話し掛けようとしたら、頭を捻られて的に集中しろと言われた。

「敵を倒せと言っているのではない。的に当てればいいんじゃ。力は要らぬ。的に当たるコースに矢を乗せてやればいいんじゃ」

 なるほどそう言うことか。遠くを狙おうと思うから力むんだ。的に当たる放物線に乗せてやればいいんだ。いつも『一撃必殺』でやってたことじゃないか。

 僕は落下地点を予測しながら放物線の頂点を狙った。

 的は見事に的を射た。黄色のエリアに突き刺さった。

 最後の一本はややはずれて青色に当たった。景品は青一黄一の小さなどうでもいい人形だった。

「妾もやってみようかの」

 アイシャさんが参戦だ。

 周囲から溜め息が漏れた。エルフだけあって弓を構えただけでも凄い絵になる。まるで戦乙女だ。

 矢は三本射て、すべて中央の赤に命中した。

 野次馬から拍手喝采が起こった。

 店の店主も唖然としていた。

「この商売始めて二十年になるけど、一日で大当たりを二回見たのは初めてだ」

 へー、アイシャさん以外にも大当たりを出した奴がいるのか。

 アイシャさんはぬいぐるみを僕に預けると「酒を買ってくる」と言って消えた。

 僕はぬいぐるみを人目のない場所で『楽園』に放り込むと出店周りを再開した。


 またヘモジたちがいた。

 今度はなんだ? 遠巻きに見ていたらヘモジが利用しているいつもの八百屋市場に辿り着いた。

 マンダリノを買ったようだ。大勢の女性客たちも思い思いの果物を買い始めた。

 なんだ、甘い物食った口直しか。

 僕はその場を離れた。


 北門に到着し、反転して道の反対側の屋台を巡りながら家路に就いた。

 中央広場から獣人村経由で戻ると、目の前を歩く見慣れた子供集団を見つけた。

「うわっ、ぬいぐるみが歩いてる!」

 端っこのひとりが振り向いた。

 チコだった。チコが、例の射的の景品の大当たりのぬいぐるみを背負っていた。ぬいぐるみの尻尾が地面に付かないように、紐で胴体に縛られていた。

「リオナお姉ちゃんに貰ったの。大当たりだったの。みんな真ん中に当たって凄かったの」

 嬉しそうに笑う。どっちがぬいぐるみか分からないくらい可愛い。

 どうやらもうひとりの弓の名手はリオナだったようだ。


 アイシャさんが取ってきたぬいぐるみは居間に飾られた。

「アイシャすげーな。ただの魔法使いじゃなかったんだな」

 なぜか子供たちのアイシャさんに対する株が急上昇していた。

「ねーねー、どうすれば弓うまくなるの?」

「リオナ姉ちゃんは理屈じゃないからよく分かんないんだよね」

「どうすればアイシャさんみたいにきれいになれるの?」

「チコのとお揃い」

「うるっさい、黙れ!」

「怒っても、かっけーよな。前見たエルフより何倍も美人だしさ。なんか違う感じ?」

「エルネスト、なんとかせんか!」

「アイシャさんの素っ気ない優しさに子供たちも気付いたんだからよかったじゃないですか」

「誰が素っ気ないじゃ」

「めでたし、めでたし。ピザでも焼くか」

 我が家の使用人が家事そっちのけで忙しくしてるので、出来合いの生地で簡単にすませることにする。

 子供たちの興味が一気にそれて、アイシャさんはほっと胸を撫で下ろした。

 

 その夜は混乱することもなく、なんとかアンジェラさんたちも準備が整ったようだった。

 エミリーもロッタも、早めに解放されて明日に備えることができた。

 明日の開店は今日より更に早くする予定で、商品の運搬も人気のないうちに馬車で一気に済ませてしまおうという手はずになった。そのため城の一回り小さな荷馬車を既にうちの納屋に運び入れてある。ドナテッラ様たちも今日は無理して帰らず、うちに泊まりだ。

 ここまでして用意万端整えたというのに、世の中うまくいかないものである。

 翌朝早々、問題が起きたのである。


「ドラゴンの肉なんて使っているわけがない! こんなに安い値段で提供できるはずがない! こいつらは詐欺を働いている。早く逮捕しろ!」

 うまくいっている者を見ると、やっかみたくなる気持ちも分からなくもない。それが先日近場で営業していて嫌な思いをしていた同業者ともなれば尚更だ。

 同じ地方の出店組合の仲間なのだろう、こちらの特殊な事情も知らないで挙って言い掛かりを付けてきたのである。

 ユニコーンの決勝レースの開始時間を待ちわびながら、のんびり居間でくつろいでいた僕は、きのうと同様、カーターの第一声から面倒ごとに巻き込まれるのである。

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