表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
443/1072

遅日と砂漠の蛇(アジ・ダハーカ討伐)11

 僕はドナテッラ様に近づくと脈を取った。胸が大きく抉られ、全身が血まみれだった。

 見るからに即死だった。普通なら。

 よかった…… 大丈夫だ。

『身代わりぬいぐるみ』が機能したようだ。

 我ながらあまりの高性能ぶりに感動を覚えた。

 僕は新たな人形を彼女の懐に忍ばせた。

 ヘモジが傷口に完全回復薬を流し込む。組織が見る見る回復していった。これなら助かりそうだ。

「ヘモジは彼女を連れて脱出しろ」

「ナナ!」

「死なせるなよ」

「ナーナ」

「逃がすものかァ!」

 厳つい声と共に男の手から何か黒い物体がヘモジに伸びた。

「ナーナァ!」

 ヘモジの盾が攻撃を遮断した。

「なんじゃと!」

 僕は黒い物体を『無刃剣』で吹き飛ばした。

 ヘモジが巨大化すると床が抜けた。同時に崩れた壁から飛び出して彼女を抱えて脱出した。

「行かせん! その女には聞くことがある!」

 どす黒い血しぶきのようなものが再びヘモジを襲う。

 が、悉く燃え尽きた。

 男の視線が、こちらを向いた。

「そうか、貴様が継承したのかァ! 我のものになった物を!」

 何のことだ?

「あやつの…… 公爵家の忌まわしき力……」

 ユニークスキルのことか? 本人が死んでないんだから、継承も何もないだろうに。

「あれは、わしの物だ。ようやく見つけたのだ…… 公爵家の唯一の生き残りを! そして、我は…… あやつを仕留めた! この部屋にはあやつとわししかおらなんだ。正当な血筋がなくば、最も近き者がそのスキルを継承する…… 幻惑魔法は我のものじゃ! その力で、再びこの国を我が導くのじゃ……」

『最も近い者』じゃなくて、『使える実力がある者』に継承されるんだよ。確かにひとりきりで実力もあるなら、その通りだが。でも死んでないんだから。

 男は動かなくなった。

「なぜ貴様なのじゃ…… 確かに仕留めたはずじゃ。あの女の柔な心臓をこの手で! 声など掛けずに術を仕掛ければいいものを、息巻いた挙げ句、わしの手に掛かって死におった…… そうか、お前はあの女の息子だな? だからお前が継承したのだな。そうか…… そういうことか……」

 それは彼女に失礼なんじゃないだろうか? いくら若作りでも…… 

「貴様を殺して今度こそ、その力を我に!」

 黒い塊が襲いかかってきた。

 塊は容易く結界に弾かれ、業火に焼かれた。

「ば、馬鹿な。我は暗黒竜…… アジ・ダハーカの化身……」

 突然、男の腕があらぬ方にねじ曲がった。

「うぎゃあああッ!」

「どうやって魔物の力を取り込んだのかは知らないが、御せなかったようだな」

 扉が突然、開いて衛兵が流れ込んできた。

「閣下をお守りしろーッ」

 僕を見て飛び込んだまではよかったが、対峙する閣下の姿を見て一同凍り付いた。

 大広間の壁は崩れ落ち、王座には黒い妖気を放つ、人とも思えない物体が蠢いている。

 よく見れば人の形をしてはいるが、全身が膨れあがって今にも破裂せんばかりの光景だった。

 そしてその身体が内圧を押さえきれずに弾けた。

 黒い塊が蛇に姿を変え、兵士たちに襲いかかった。

「に、逃げろーぉおおお」

 断末魔と共に全員が一瞬で跡形もなく食われてしまった。

 両肩に蛇の頭が生えてきた。

「返せ……」

 まだ人の意識があるのか?

「返せ……」

 哀れなものだな…… 

「燃え尽きろ、地獄の業火ッ!」

「ギャアアアアアアアッ」

 人ならざる者の断末魔だった。何一つ残さず燃え尽きろ!

 建物が大きく揺れた。

 轟音と共に、床に大きな亀裂が走り、宮殿がそこから真っ二つに折れた。そして地の底に飲み込まれるように崩れ落ちた。

 僕は咄嗟に窓の外の健在な城壁に転移して、様子を伺った。

 地割れに宮殿が沈み込んでいく。

 黒い腕が地面の底からはいだしてきた。

 地下が崩落していくせいだろう。黒い物体は地面にめり込むまいと、もがき、宮殿を抱えるようにして地上に這いだそうとする。

 宮殿はもはや跡形もない。

「本物のお出ましか」

 あの男がアジ・ダハーカと同化することで、復活を押さえつけていたのかも知れない。

 だが理性をなくした今、たがも封印も解かれて、伝説の魔物が解放されたわけだ。


『アジ・ダハーカ、レベル五十六』


 ドラゴンにはやはり及ばないか。特異な体質のおかげで煙たがられるタイプだ。

 穴から這い出すためにできた傷口から、無数の蛇がまるで血を流しているかのように生まれてくる。

 巨大な三つ首の竜が、男だった物を黒い塊ごと吸収した。

 もはや同化している恩恵もなく、意識を失った男は食われた。

 塊を吸収するとアジ・ダハーカは急激に成長を遂げていった。表皮がとげとげしくなり硬い鱗が生えてきた。見るからに凶悪な竜の姿へと変貌を遂げていった。

 町は大騒ぎになった。

 人間同士の争いなどしている場合ではないと、ようやく気付いた住民たちが橋に押し寄せていた。

 そして守備隊を押しのけ、橋を渡り始めた。

 新体制派も道を空けるしかなかった。

 水に飛び込む者が後を絶たず、あっという間に芋洗い状態になった。そこに無数の黒い蛇がにじり寄る。


 突然、水面が凍った。

 飛び込んだ蛇たちが立ち所に凍り付いた。

 復活したドナテッラ様だった。ヘモジが傍らに控えている。

 両陣営の兵士たちも動き始めた。薪に火を付けて蛇を切り刻んでは燃やし始めた。

 どうやら発生した雑魚はなんとかなりそうだ。


 問題は本体である。

 どうしたものか、試してみるか。

 僕は暴れている三つある首の一つを吹き飛ばした。

 すると首と胴から黒い塊が盛り上がってきて、一方は元の姿に、一方は巨大な蛇に変わった。そして跳ねた血しぶきは無数の小さな蛇になった。

「面倒臭い奴だな」

 僕は業火でオプションを焼き払った。

 本当に不死身なのか? 

 アジ・ダハーカが長い首を振り回して襲いかかってきた。

 物質として形になってきたので、伸びたりはしなくなった。

 僕がいた城壁を容易く破壊した。

 当たると卸し金に擦られるようで痛そうだった。

 僕は首を落とそうと『無刃剣』を放った。だが実体化した鱗に遮られた。

 手を抜いたわけでもないのに、切断できなかった。

 今までの黒い物体のようには行かないようだ。

 僕は刻む代わりに凍らせることにした。

 まずはうろちょろされないように足元を凍らせた。

 アジ・ダハーカは自ら凍った足を躊躇なくへし折り、身体から分離した。

 そして足が再生するのを待って、再び歩き始めた。

 凍ったまま切り離された足は僕が入念に焼却しておいた。

 そしてまた奴の足を凍らせて地面に貼り付かせた。

 アジ・ダハーカはその都度生え替わることをいいことに、それらを厄介なお荷物とばかりに己が肉体から引き裂いていった。

 僕は再び分離した部位を業火で焼き尽くした。

 敵を捕らえようと歩き回る三つ首の足を僕は再三再四凍らせた。

 そして何度目かのこと、それは起きた。

 アジ・ダハーカは足を切り離さなくなったのである。

「どうやら、限界が来たようだ」

 僕が切り離した足を悉く燃やし尽くしていたのは再生するための養分を残しておかないためだったのだ。

 奴は不死身ではなかった。

 僕は『魔弾』を頭にぶち込んだ。

 一つ目の頭が吹き飛んだ。そしてゴーレムのときのように、分離した肉体が本体に吸い寄せられていくのが分かった。やはり単独ではもう再生はできないらしい。

 僕は地を這う頭を破壊した。

 初めてアジ・ダハーカが怒りを込めて吠えた。毒の息を吐いた。

 尻尾が周囲の建物を破壊した。

 でももはや頭が再生することはなかった。傷口から蛇が生まれることも。

 残された四つの目が僕を探した。

 でも僕は『隠遁』をかまして隠れていた。そして視線がそれると『魔弾』を放り込んだ。

 でかい的だ、どこを狙ってもよく当たる。

 肩口からごっそり腕が抜け落ちた。

 僕は容赦なく腕を燃やした。

 アジ・ダハーカは吠えた。

 僕はその光景を万能薬を啜りながら眺めた。

 だが次の瞬間奴は別の魔力源に向かって飛ぶように駆け出していた。己の凍り付いた足を強引に引き抜いて、引き摺って、再生を試みながら、最後の力を振り絞って。

 未だ橋の上で渋滞している群衆に狙いを定めたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ