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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第九章 遅日と砂漠の蛇
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遅日と砂漠の蛇(幻惑魔法)9

 まるで鼠だ。それが第一印象だった。

 暗がりに屯する被災者かと思えば誰もが武器を携行していた。

 レジスタンス? もしかして新体制派? ここは奴らのアジトなのか?

「わたしたちはバシュタナに向かうただの旅行者よ。道を空けてくださらないかしら?」

 ドナテッラ様が動じることなく言った。

 その説明で納得する奴がいたら、会ってみたい。

「神官の生き残りか。怪しい連中だ。牢に放り込んでおけ」

 ゲートを使ってきたことで、ドナテッラ様を誤解したようだ。

 斬りかかって来たら容赦の仕様もないがここは様子見だ。野蛮な連中にありがちな、女だと思って手荒なことをする風もない。鼠のくせに理性が働いているのは指揮系統が機能しているせいだ。

「話して分かる人たちだといいわね」

「そうですね」

 僕の装備は奪われた。

 彼女の装備も剥がされた。

 よかった安物装備しておいて。

「碌なもん持ってねーな」

 放り込むにしても元教会では閉じ込める場所がないらしく、僕たちは別の建物に移されるべく追い出された。手枷をされて。

「これは……」

 扉を出て見たものは見渡す限りの廃墟だった。無数の崩れ去った建物。焼け残った瓦礫の山が眼下に広がっていた。対岸もまた同様に焼け野原だった。

 破壊を免れたのは遙か彼方の大きな建造物とこの高台の一角のみだった。

「魔法使い同士がまずぶつかり合い、互いの陣地を焦土と化す。兵隊は魔法使いをより深い前線に送り込むための生きた壁だ。だが今は魔法使いも残っていない。残っているのは魔法で滅ぼされた双方の廃墟のみだ」

 この国の魔法レベルが低いと言わざるを得ない最たる実例であった。

「魔法使いを前線に投入するなど、魔法に対する対抗手段のなかった前時代的な戦術だ」と僕は両手を縛られたまま怒りを吐露した。

「それがこの国の現実よ。このレベルの魔法文化の国においては正しい選択と言えるのよ」

 ドナテッラ様が僕に肩を寄せて落ち着くように促した。

 魔法使いは障壁とも救護の要ともなり得る存在だ。一朝一夕には育たない、戦場では希少なパーツと言えるだろう。魔法が防ぎようのない最高の矛だった時代ならいざ知らず、アールハイト王国においては魔法使いの立ち位置は本隊の後方である。浄化や消臭までこなす衛生兵と何ら変わらぬ立ち位置であった。それを可能にするのが、兵士たちの耐魔法付与装備並びに、魔石を使った各種兵装だ。

 アールハイト王国において低レベルの魔法はもはや防げないものではなくなっている。より強力な魔法を使える者は大概射程にも優れているので、本隊後方で充分なのである。

 何ごとにも例外はあるのだが……

「暢気で羨ましい」

 僕の皮肉にドナテッラ様が笑った。が、僕を拘束している男は違った。

「さっさと進め!」と声を荒げた。

 基本的に平和な国なのだろう。人同士が争う暇があるのだから。

 先の戦により疲弊したこの地域では、結果として魔物と対峙する力を失いつつあるのが現実であった。戦い続ける者たちがいなくなれば、やがて世界は魔物に飲み込まれてしまうだろう。アールハイト王国はあれでもよくやっている方なのだ。北の併合は兎も角、領土の拡大をゆっくりとではあるが確実に進めているのだから。ミコーレもこれからはそうである。サンドワームから大地を切り離す準備を着々と進めている。

 僕たちは天井のない、崩れた壁に囲まれた廃墟の地下に連れてこられた。

「リーダーが戻ってくるまでここにいろ。食事は運んでやる」

 男はそう言って出て行った。扉の向こうに別の声が聞こえた。どうやら見張りを置いたようだ。

「建物全体に結界が施してあるわね。破壊するのは容易いけど、大人しくしていましょうか。戦況も知りたいし」

「何しに来たんです? どちらかの助っ人じゃないんですか?」

「言わなきゃ駄目かしら?」

 ドナテッラ様が笑った。

「どう見ても調べ物に行ける状況じゃないですからね」

「でも目的は調べ物よ。嘘じゃないのよ。宮殿に封印しているあるものの状態を知りたいだけなの」

「まさか、魔物?」

 彼女は頷いた。

「アジ・ダハーカ。聞いたことある?」

 僕は首を振った。

「暗黒竜よ。三本の頭を持つ竜」

「ヒドラじゃないんですか?」

「似てるけど別物よ。口から毒を吐いて、ひたすら再生する点は一緒ね。ただ、アジ・ダハーカは鉄のように堅い鱗を持っていて、尚且つ、急所を持たない。頭だろうが心臓だろうが打ち砕いても死ななかったと言うわ。おまけに傷口からは血の代わりに魔物を垂れ流すそうよ」

「うげ、聞いただけでも気持ち悪い」

 僕たちは会話しながら周囲の壁を探った。

「だから倒すことが不可能だと判断した先人たちは宮殿の奥深くに封印したのよ」

「新体制派に宮殿が破壊される危険性が出てきたから?」

 彼女は頭を振った。

「現政権の独裁者がアジ・ダハーカを名乗り始めたからよ。我こそは化身であると言ってね」

「つまり封印していた竜が見つかったと言うこと?」

「それを確かめに行くのよ」

「僕じゃなく姉さんを連れてきた方がよかったんじゃ?」

「エルネストちゃんには別の用があるのよ」

「なんです?」

「それはまだ内緒」

「隠し事は好きではないんですが?」

「奇遇ね。わたしもよ」

 言う気はないようだ。

 床の埃を魔法で掃いた。どうやら魔法は使えるらしい。

 いざとなれば手枷を『無刃剣』で切断できることを確認するとその場でしゃがみ込み、そのまま探知スキルで周囲の探索を始めた。

 なるほど川に架かった橋の上で小競り合いを続けていた。いや、川ではなくオアシスだったか。

 一見政府軍の方が優位に見えるが、オアシスに浮かんだ都市バシュタナの周囲の橋を新体制派が押さえている以上、これは兵糧攻めと代わらなかった。時間を掛けるほど中央は立ち行かなくなることは目に見えている。

 そのことは双方が分かっているらしく、士気の違いが明白に現れていた。

 一時間ほど待ったが戦争に忙しいのかリーダーとやらは現れなかった。

「会うのは今度にしていきましょうか?」

「え? 待たないの?」

「どの道、彼らにして貰うことなんてないでしょ?」

 そりゃそうだけど。

「で、具体的にはどうやって?」

「ほんとは地下のポータルからバシュタナの領内まで行きたかったんだけど無理そうだから」

 そういうと手枷を外した。

 僕もしょうがないので手枷を外した。

「地上から行くしかないわね」

 そういうと扉に触れた。するとカチリと鍵が開いた。

「何?」

 外にいた見張りが扉を開けた。

「何?」

 見張りの目は酩酊した酔っ払いのようだった。

「ありがとう、寝ていなさい」

 見張りはズルズルと壁に背中を擦りながらへたり込んだまま動かなくなった。

「そんな…… まさか…… 幻惑魔法?」

「わたしのユニークスキルよ」

 そう言うとどこか悲しそうに笑った。

 あるとは言われてきた。存在すると。心を操作する魔法がこの世界には存在すると。

 ただ、それは術式にも残されることのない禁断の魔法だった。

 多くの支配者がそれを望み、見つけられずにいた夢の魔法。支配される側にとっては悪夢の恐怖そのもの。媚薬と同等に扱う不届き者でもなければ、関わりたくないと思える禁断のスキルだった。

 まさか、魔法後進国のアシャールの、それも大公家にあったなんて。誰が想像できただろうか?

「大丈夫、すぐに正気に戻るわよ」

 ドナテッラ様の方がよっぽど大丈夫じゃない顔をしていた。

「お義父様にも内緒なのよ」

 だったらなぜ僕に教える?

 僕たちは階段を上る。

「角にふたりいる!」

 僕が電撃をお見舞いする。しばらく寝ていて貰おう。

 この建物にはもう誰もいないはずだ。

 僕たちは崩れた外壁の陰に隠れながらその場を離れると、周囲を見下ろせる場所を探した。


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