遅日と砂漠の蛇(パロタン潜入)8
「これからあなたのご希望なさる土地で井戸を一つ掘って差し上げましょう。勿論地下水が出るところでなければ困りますが、それと交換ということでは? 勿論代金は頂きません。ただ、一つお願いが」
「な、なんだ?」
「いずれ皇太子殿下が大公になった暁にはお力添え願いますでしょうか?」
「なんじゃ、そなた皇太子派か?」
「ええまあ、縁がありまして」
「あい分かった。その条件呑もう」
こちらが恩を売ったとなれば面白くないだろう。お互い様となれば溜飲を下げられるというものだ。そう、これは一つの取引だ。吹けば飛ぶような口約束だが、僕の地獄の業火が効果を発揮していることを願おう。でなければ……
結局、僕は時間がないというのに井戸をもう一つ作りに行くことになった。
御者の団員さんは笑っていた。
「まさかあの男を味方にするなんて思いもしませんでしたよ。うちのリーダーでも手を焼いてる奴なんですよ。この辺りじゃ結構な古株で、『土竜バルターク』の異名を持ってる武人です。砂漠戦では負けなしの英雄です。今回負けなかっただけでも、あちらは相当助かっているはずですから、約束を反故にはしないでしょう。常勝でなくなれば、自身の求心力も衰えますからね。大きな貸しを作ったと思っていいと思いますよ」
「一応、団長には話しておいてよ。ツケは皇太子殿下に付けておいたけど基本的に僕は部外者なんだから」
「了解しました」
彼の領地の砂漠のど真ん中まで連れてこられると「ここに頼む」と言われたので、井戸を一つ試掘した。
運のいい男のようで、一発で水が出た。せっかくなので水回りも完璧に仕上げて、砂防用の壁までこしらえて、屋根まで付けてやった。
バルタークは大いに喜んで、彼の治める都に僕たちを招待してくれた。
端から端まで見渡せる程度の町だったが、何かに困っている様子はなかった。物は潤沢にあるようだったし、子供たちは皆笑顔だった。
奪う必要があったのか?
夕べはどの家も薪を焚いて炊き出しをしていた。
魔石とは無縁の生活だった。町の一日の終わりが日暮れと共にやって来た。
ドナテッラ様は疲れたのか、すぐに寝付いてしまったが、僕は寝付けなかった。
僕は欠伸が出るまでの間、満天の星空の下、砂いじりをして時間を潰した。
砂を土魔法で制御する練習だ。砂で自分の周りに大きな球を作る。完全に球にすると周りが見えなくなるので所々はくり抜いた。転がしてみたら、転がった。
お? 面白い?
前方に体重を掛けると球が転がる。
ゴロンゴロンと。
あれ?
勝手に回り始めた。僕は必死にバランスを取ろうと一歩踏み出す。が、それがまた加速を生む。必死に戦って、耐えきれなくなって自分も転がった。
「いだっ!」
うわっ、うごっ、うひゃ。止めて、止めて。あわわわわっ!
身体が揉まれる。天地がひっくり返る。
坂を転がり落ちる。解除だ! 解除ッ! 分解だ!
砂の球が崩れて消えて砂地に放り出された。
「いたたたたっ」
すぐさま万能薬を舐める。
僕は屋敷のある高台から。結構な距離転がり落ちていた。反対側の坂を転げ落ちていたら民家に激突して、大騒ぎになっているところだ。
「こんな姿リオナたちに見られたら笑われるな」
屋敷の警備が騒ぎ始めたので、僕は姿を消した。
一宿に借りた離れの客間に戻る頃には、高ぶった感情も収まり、疲労感も手伝って、ようやく眠りに就けそうだった。戸締まりをすると僕はそのまま床に転がった。
翌日、ポータルに案内された。
なんと、非合法にもアシャールの領地までポータルが繋がっていたのだった。
「この辺りはなんだかんだ言って、独立採算だからよ。てめえの食い扶持は自分で稼がねえとやっていけねえわけだ」
そう言ってガハハッと笑った。
団員さんとはここで別れて、僕たちはポータルを利用することにした。
「金貨二十枚? 高いよ」
「ここは恩を売っておいた方がいい。アシャールで何かやらかしても、ここまで来りゃ、俺が命に替えても守ってやるからよ」
「胡散臭いなぁ」
「そう言うな、ほれ。気前のいいところを彼女に見せんと男が廃るぞ。嫌われる前にポンと出せ」
結局ふたり分四十枚を払わされた。散財もいいところだったが、移動行程は一気に短くなった。ポータルの出口のある町はパロタンまでわずか半日の距離にあった。
「パータバーダラ」
「何それ?」
「この町の名よ。わたしがいた頃は、神殿があったのよ。それにしても溜め息が出るわね」
町ではなく、いきなり町外れの忘れ去られた神殿の庭に出たのだった。神殿は瓦礫と化し、雑草と蔓草に飲み込まれていた。
「あの男、助けて正解だったわね」
ドナテッラ様が溜め息が出ると言ったのは物事が呆れるぐらいトントン拍子に行ったからだった。
「神殿と宮殿は繋がっているのよ。直接ではないけれど脱出経路があるの。それを使えば一気に行けるかもしれないわ。神殿内に神官しか使えないポータルがあるはずよ」
神官しか使えないんじゃ駄目だろ。と言いかけたが、彼女が姉さんの姉妹弟子兼師匠だと言うことを思いだした。城の主塔の書籍群を読んでいないわけがなかった。
錆び付いた神殿の扉を柔な手で軽く触れただけでこじ開けて、なかに入っていった。小細工が自然だ。注視しないと見逃すほどに。彼女の服の裾には砂一粒付いていなかった。僕も結界を張ってはいるが足元は砂まみれだ。
本当に姉さんに魔法を教えた人なんだ……
「行けそうよ」
懐中電灯をかざして僕は奥へと進んだ。
「あら、それ便利ね」
「ええ、まあ。光の魔法が使える人にはいらないんですけどね」
余裕で光魔法を使ってるし。
僕も使えるけど炎のように揺らめいてしまうので、こっちの方がいい。
地下はカビ臭かった。砂漠なのに湿気があった。
奥に進むと、偉そうな扉が控えていた。
ドナテッラ様の足跡だけが先行していた。既にポータルを弄った後らしい。
ポータルの術式の解除変更方法を見て盗もうと思ったのに残念だ。
「パロタンまで一気に行けるわよ」
そういうと魔力を注ぎ込んだ。
うん、動いてる。壊れてはいないようだ。
僕たちは飛び込んだ。すると同じ小部屋に出た。
「あれ?」
「大丈夫、成功したわよ」
一瞬同じ内装だったので失敗したのかと思ったけど、ドナテッラ様が指差した所に地名が掘られていた。
部屋を出て、長い階段を上がるとそこは教会の礼拝堂奥の霊廟だった。
建物自体閉鎖されているようで、窓という窓は板を打ち付けられ、塞がれていた。
反応があったのはそのときだった。
通路自体にその存在を眩ますための術式が施してあって、そのせいで探知が遅れた。僕たちは大勢の人間に包囲されていた。
「何者だ。武器を捨てろ」
首筋に剣をあてがわれた。




