遅日と砂漠の蛇(侵入)6
「久しぶりだな。兄から噂は聞いているぞ。この国のために随分頑張ってくれたみたいじゃないか」
検分そっちのけで扉の側で立ち話を始めた。
ひとり部屋なので勧められる椅子がなかった。相手を座らせると自分が見下ろすことになってしまうし、相手を立たせたまま自分だけ座るわけにもいかないので立ち話である。
検閲官ふたりは既に隣の部屋に向かった。
「いえ、アラン様。そのようなことは」
「謙遜するな、今の好景気も君のおかげだ。で、彼女は?」
「ええと、うちの姉さんの師匠ですかね」
「『ヴァンデルフの魔女』の師匠だと?」
「いいえ、師匠だなんて、わたしはただの姉妹弟子ですわ。訳あってアシャールに向かうところです。エルネストちゃん、こちらは?」
「こちらは――」
「申し遅れました。わたしはこの国の傭兵団『餓狼天使の牙』のリーダーを務めますアラン・ブランジェと申します。お嬢様は? よろしければ名を教えて頂けますか?」
完全に歳を見誤っていた。
「ドナ…… ドナ・テッサと申します」
うわっ、適当だ。
「ジョルジュ様の弟君です」
「まあ、それは奇遇ですわね。実はわたしたち、ジョルジュ様の依頼でアシャールに参るところだったんですよ」
ええ? そうなの?
「兄がですか?」
「ええ、まあ。土地勘のあるわたしにあることを確かめてきてくれと。わたしの私用もあるのですが」
確かめる? おかしな言い方だな。内情を調べるとかじゃなくて、確かめる? 具体的な何かがあって、その確認に行くと? それもこんな物騒な時期に? そんな任務なら目の前の男の方が得意じゃないのか?
「アラン様はここで何を?」
「隣国があの情勢だからな、流入してくる不法入国者が後を絶たなくてな。要は治安維持のための助っ人要員だな」
「難民は出てるんですか?」
「脱出してくる連中はまだ余裕がある連中だな。本当につらい連中は町からは出られん。主都の辺りは相当酷いらしい」
バシュタナへの道のりは遠いか……
「そうだ。事件ってなんですか?」
「ああ、下町の酒場が何者かに襲われた。三十人皆殺しだ」
「まあ」
ドナテッラ様が声を上げた。僕は「襲撃された」とは言ったが、「皆殺し」とは言っていなかった。
「これはご婦人の前で無粋なことを、失礼いたしました」
「犯人は?」
「恐らくアシャール側の刺客だろう」
「刺客?」
「どうやらあの酒場は新体制派の溜まり場になっていたようでな」
新体制派? まさか?
「物資の買い付けから運び屋紛いのことまでしていたらしい」
「物騒ですわね」
しれっとしている。
「国境を越えるなら、途中まで付き合ってやろう」
「ああ、でも関所は不味いんですよね」
「なぜ?」
「彼女は、その魔法使いなので…… それも」
「君もだろ?」
「僕は大丈夫だと思いますけど」
「己を知らぬといつか墓穴を掘るぞ。少年」
「理由は分かった。宿でのんびりしていたのは夜を待ってのことだったか」
「ええ、まあ」
はっ、逢い引きだと思ってたのか!
傭兵団長がニヤリと笑った。
「兄の依頼なら致し方ないな。証明書はこちらで手配しよう。のんびり昼でも食って待っていろ」
団長は仕事があるので、他の部屋の検察官と合流して消えた。
「知ってたんですか?」
さすがに聞かずにはいられなかった。
「教えてくれたのはジョルジュ様です。あの場所にいる運び屋を頼れと」
それってミコーレが新体制派についているということか?
「料金も?」
「情報が古かったみたいね」
料金を吹っ掛けられたのは情報のせいではないと、まだ分かってないようだ。
「いつでも動けるようにしておきましょう」
持ち物はリュック一つなのでこちらは問題ない。
ヘモジを出してやった。
ヘモジはキョロキョロして安全確認をする。
「問題ないよ。ハンマー仕舞え」
「ナーナ」
食事は部屋で取った。自前の食材も使いたかったので、その方がいいと判断した。
パンとカリーと気持ちばかりの野菜が少し。
「これじゃ足んないな」
ヘモジがぺらぺらの葉物を一枚揺らしてガックリしていた。
僕は野菜スティックをいつもの分量皿に並べた。ヘモジは早速僕の皿からニンジンスティックをとるとコリコリ食べ始めた。
「あら、いいわね。わたしにも貰えるかしら?」
「ナーナ」
「ありがとう、ヘモジちゃん」
なんだかふたり、妙に仲がいい。
僕はチーズを取り出し、魔法で溶かしながらパンに載せた。
デザートは最近定番のシュークリームだ。
「駄目よ、ヘモジちゃん。もっと上手に食べないと」
まるで母親のようだった、ドナテッラ様がクリームまみれにしたヘモジの口元を拭う姿は。
「蟻が顔中にたかりそうだな」
「ナ!」
自分の両手を念入りに舐め、その手で顔を擦り始めた。
擦り込んでいるようにしか見えなかった。
食後のちょうどいい時間に迎えが来た。
傭兵団の人が越境許可証と小さめの馬車を運んできてくれた。小さな荷台に四本の棒を立てて日除けの幌を被せただけの安普請だ。荷台を引くのも馬ではなく小ぶりなドンキーだった。
「乗ってください」
僕たちは乗り込んだ。
「国境を迂回して、難民キャンプに入ります。そこから越境します」
馬車は城門を越えると大きく迂回して砂漠に伸びる轍に沿って進み始めた。
「そう言えばこの辺りにはアンカーが打ち込まれてないんですね」
僕はふと気になって尋ねた。
「この辺りは砂地が浅いんですよ。ワームも狭いところより広いところの方がいいでしょうからね」
そう言って団員さんは笑った。
「砂漠の真ん中に町を造るより、この辺りに造った方が」
「水がなければどうにもなりません。浅いとは言いましたが井戸を掘るにはやはり深すぎるのですよ」
「もしかして水脈がある?」
「恐らく。砦を築くときに井戸を掘り当てていますから、岩盤さえ抜ければ。ただ相当堅いらしくて。砦建設のときは魔法使い総出で岩盤を砕いたと言われています。昔の話ですけどね」
ひたすら砂漠が続いた。そのうち自分たちの進む方角すら分からなくなった。
ただ轍が砂の原を蛇行するのみである。
砂漠の連中はなぜこれで方角が分かるのだろう?
数時間に一度対向してくる馬車とすれ違う。どれも、大勢の人間を乗せて荷台が壊れんばかりに一杯だった。
「難民です。砂漠のキャンプにいては干からびてしまいますからね。あの馬車も帰りには水樽を大量に積んで戻ってくるのですよ。ですが焼け石に水で」
持ちこたえられなかった者たちの遺体の山がキャンプの周りを覆っていると団員さんは言った。




