遅日と砂漠の蛇(プロローグ)1
明前月二十五日、そろそろエルーダ攻略を再開しようとしたとき、いきなり『春祭り』開催の知らせが来た。
周辺都市、具体的にはアルガスだが、そこの祭りの日取りとの兼ね合いで、来週末行なわれることになったのだ。今週末アルガスで春祭りが行なわれ、翌週スプレコーンで行なわれるわけである。
今年のスプレコーンの年中行事計画では『薪集め秋祭り』を春に持ってきて、秋には収穫祭を持ってくる予定になっていた。
リオナとオクタヴィアの願いが叶ったのか、祭りは前夜祭を含め、三日間を恒例とするよう定められた。
そして今回も『薪集め大会』が行なわれるのである。
領主が確保している薪の備蓄はまだまだ余裕があるし、某商会が置いていった物もある。薪の生産拠点にしようという商工会の動きもあるぐらい薪には不自由していなかったのだが、催しとして定着させることになったらしい。
前回の経験を元に、今回改善されるレギュレーション変更は一つ。ゲーム時間の短縮である。前回の半分、一時間を目処に行なわれることになった。これにより、計測船の大きさが小さくなり、馬車の大きさも半減されることになった。
すべては実行委員会のやることで、僕はもう関わることはないのだが、リオナたちは今年も参加を決めたようだ。一ポイント余っていたので、今回は城のメイドのロッタをチームメイトに加えるそうだ。
今年の参加チームは去年の三倍。町の外からも大勢参加するという話だ。
去年の尋常ではない賞品の数々が、呼び水になったようである。アルガスのおばちゃんたちがあることないこと宣伝してくれたようだ。
大会は予選と本選で二日間、執り行われる。
「何かいい景品はないか?」と委員会の代理で来た長老が言うので、「うちからは十四、五年発酵のチーズを四ホールと、去年同様、香木を出す」と言ったら、子供たちから大ブーイングが起きた
結局、猛烈な涙目攻撃に負けて「去年と同じで」ということになった。
アンジェラさんとエミリーとドナテッラ様、それとカーターは出店をやることになった。その名も『若様印のハンバーグ&チーズサンド』である。
既に予約が三千件、七千食が入っているらしい。
「出店に予約ってなんだよ!」
「ドラゴンの肉を挽肉にしちゃったからですよ。もうみんな知ってますからね」
エミリーに突っ込まれた。
「だったら普通の肉にしたらどうだ?」
「駄目ですよ、若様印なんですから」
誰だよ、店の名前をそんな名前にしたのは。
「うまくいけば城の修繕費も出ますわね」
ドナテッラ様が暢気に言った。
うまくいくよ。元手掛かってないんだから。城の修繕費なんか爺ちゃんに頼め。
その他にもユニコーンの街道レースや射撃大会も開かれる予定である。
「射撃大会出ようかな。まだエントリーできるかな」
領主館の執務室で呟いたら「悪いけど、その前に仕事を頼まれてちょうだい。船で送迎を頼みたいの」と書類に埋もれた領主から依頼があった。
「迎えって誰を? ポータルで移動して来られない人なんですか? もしかして『災害認定』……」
「国境の向こうからだ」
「なんだ、ミコーレか」
頷かれた。
「あそこ、飛空艇まだ買ってないんでしたっけ?」
「自前でドラゴンを用意できない所は今のところ永久に予約待ち状態らしいな。うちのギルドに誰か依頼してくれれば、うちの三男の分もついでになんとかしてやれるんだけどね」
肺は二つあるからね。一個余る分をあの王子にか。でも金持ってなさそうだよな、あの人……
「じゃ、そのときは肉の買い取り予約お願いします」
「あんたとレジーナで狩るのよ。いつものあの暑苦しい洞窟でね」
「他に場所ないの?」
「楽に狩ろうと思ったらあそこが一番なのよ。最寄りの町も奇跡的に近いから、運搬も楽だしね」
問題は運搬か。ドラゴンがいるのは辺境だもんな。馬車に乗せて悠長にとは行かないんだろうな。僕なら腹に収められるけど……
「次の住人もう入ったんですかね? あの巣穴」
「依頼が来ればそのとき調べさせるわ。駄目なら別の手を打つから。兎に角、お願いね。祭りが見たいそうだから」
「また裏があるんじゃないでしょうね?」
「今回はとりあえずお迎えだけよ。あなたを巻き込むかはまだ未定よ」
未定ってなんだよ。
「うちの船のクルーは、大会に出るんだから前日からは動けませんからね」
「分かってるわよ。だから早々に頼んでるんじゃないの。はい、追加」
「ああーっ、やっと終わりかけたのにッ! 決算書類は自分でやってよ」
「ちょっと休憩」
「実印寄越すな!」
「義姉弟なんだからいいでしょ。お姉ちゃん、三日寝てないのよ」
「もう、王宮に行く度にこれじゃ、困りますよ。いい加減に書記官置いたらどうなんですか?」
「町の内情を預けられるような人物なんてそうそういないのよ」
「あっ」
ふと、ドナテッラ様の顔が浮かんだ。
「誰か心当たりがあるの!」
身を乗り出したヴァレンティーナ様の目の下にクマが……
「新しい城の女主人なんかどうかなと、一瞬。でも半分世捨て人だし、計算弱そうだし…… ないですね」
「その手があったッ!」
「え? ドナテッラ様ですよ?」
「そうよ、『天才ドナテッラ』よ!」
「天才? そんなんじゃないですよ。ただの優しい未亡人ですよ」
「あんたの姉さんの師匠だと言ったらどう?」
「師匠はアシャン老でしょ?」
「アシャンはあの通り多忙でしょ。実際にレジーナの面倒を見ていたのは彼女よ。それに彼女はあんたのお母さんの一番弟子でもあるのよ。現役を引退したとしても、まだ隠居する歳じゃないわよ」
あの人が母さんの?
言われてみればどことなく雰囲気が母さんに似てる。特に若作りな辺りが……
兎にも角にも僕たちはいつもの調子でミコーレに向かった。皇太子夫妻の迎えである。
今回の同行者に選ばれたのはエンリエッタさんだ。
特に何するわけでなく、窓辺で、持ち込んだワインと僕に用意させたチーズで休息を満喫していた。
「降りる場所あるんですか?」
「将来を見越して新しい土地に確保したようですよ」
「国境越えはどうするんですか?」
「とりあえず空中庭園に。そこで砂漠側と連絡を取り合って、許可が下りたら、後は一直線」
船が空中庭園に着くと、既に許可が下りていたようで、着陸してすぐ離陸した。
「どっちに飛べばいいんだ?」
前回は陸路だったので、道なりに行けばよかった。
「ミコーレの地図はと……」
ソフィアの位置と関所の位置関係から方角を割り出す。
後は街道を横目に見ながらの航行である。
退屈なので、加速して弾丸飛行を行なうことにした。高度をギリギリまで上げて、そこから降下加速するのである。
誰もいない場所なので好き勝手できるのは有り難い。
あっという間にソフィアの先の分岐を通過した。以前騙された方ではなく正しい道が伸びる方向に舵を切った。
「ワーム発見!」
砂漠を横断する巨大な影が見えた。
砂嵐もなく順調に進行中であった。
日が暮れると明かり一つない闇世界が広がった。生憎月は欠けていて地上を照らすには弱かった。操縦桿を握る者にとって一番怖い時間帯が訪れた。空と地面の境目がなくなるのだ。
とは言え、うちのメイン操縦士は夜目が利くので安心だ。子供に徹夜をさせるのもどうかと思うのだが、深夜までの前半をテトに任せることにした。
深夜に備えて仮眠を取っていたが、あっさり船は目的地に着いてしまった。
肩を揺すられて目が覚めると目の前に無数の松明に照らされたミコーレの都が現れた。
「深夜の訪問は無粋だな。朝入港すると伝えてこよう」
僕は船を上空に待機させて、地上に降りた。
「すいませーん」
「何者だ、こんな夜更けに」
閉じられた新設の大門の裏側にいる門番に話し掛け、確認を取って貰い、明日の朝、入港したい旨を知らせた。
「確認した。明朝、日の出と共に開門するのでもう一度来るようにとのことだ。入港の準備はそれまでに済ませておくそうだ」
どうやら早く着き過ぎたようだった。予定では明日の昼頃到着すると思っていたらしい。
僕は船に戻って空に待機することにした。




