閑話 パスカル君の災難10
カチッ。
音がした。
ギイイイィ。
「開いた……」
みんなエルネストさんの背中越しになかを覗き込んだ。
「え?」
ファイアーマンが驚いた。
なんだろ? 入ってるの金貨だよね。
えええええええッ?
僕たち三人は近づいて、すぐにたじろいだ。
「これって…… 百七十枚じゃないよね…… 何枚あるの?」
「ええと、前回来たのいつだっけ? あれ? 増えるのって一日一枚だよね?」
エルネストさんが日数を計算しているロメオさんに話し掛けた。
「十枚ですよ」
地図情報を見せられた。手書きで欄外に『アンジェラさん情報。一日十枚増える』と記されてあった。
「ああ、思い出した。ごめん、勘違いしてた」
エルネストさんが苦笑いした。
「ええと…… それって…… どういう?」
「千七百枚ってことだね」
ロメオさんが言った。
「人数で分けると百九十枚ぐらいだから、魔石やら装備品入れたら二百枚いったな。よっしゃ、計画通り」
エルネストさん、計画の十倍ほどになってますけど……
「あれ? 十人で分けたら百七十枚なんじゃ…… ピノ君は貰えないんですか?」
「うちでは等分配が原則です」
「え?」
ビアンカが人数を数え始めた。
エルネストさん、リオナちゃん、ロザリアさん……
ナガレさんを指差したとき、本人に遮られた。
「わたしは数に入ってないわよ」
「え? なんで?」
「だって、わたしも召喚獣だからね。ふふん、もしかして騙されちゃった? ヘモジと違ってわたしの擬人化は完璧だもんね」
僕たちは呆然と立ち尽くした。
お金のことより衝撃的だった。
今の今まで人だと確信していた人が召喚獣だったなんて……
「だって、一度も変身しなかったじゃないですか?」
「当たり前でしょ。わたしは水竜なんだから。地上戦は畑違いなの」
「誰の?」
ファイアーマンがやっとのことで声を発した。
「リオナよ。ね」
「そうなのです。ナガレはしっかり者なのです。命令しなくても全部自分でやるのです」
いや、命令してないことしちゃ駄目でしょ、普通…… ヘモジも。
それに……
僕の視線はリオナちゃんに向いた。
有り得ない。獣人って召喚できるほど魔力ないはずだよ?
「出会いって不思議よね」
「ミラクルなのです」
不思議通り越して、おかしいよ。なんなんだよ! みんな、どいつもこいつも普通じゃないよ。強すぎるよ。どうやったら追い付けるのさ。
「そう言うわけで、一人頭、金貨二百枚突破おめでとー。来年の学費の足しにするといい。本や薬材買ったらすぐなくなっちゃうけどね。ピノは」
「俺、こんなに貰えないよ。何もしてないのに。無理矢理連れてきて貰ったの自分の方だし」
「テトたち、みんなに気兼ねしてるですか?」
図星のようだった。何もしてないのは僕たちも一緒だ。いや、僕たちの方が何もしていない。
「金銭トラブルというのは冒険者には付きものの案件だ。これがこじれて長年連れ添った優秀なパーティーが解散することだってある。ピノも冒険者になるなら覚えておくといい。最初の取り決めは違えるな。例え、銀貨一枚であろうと、金貨千枚だろうと変わらない」
「…… 分かった」
「将来、立派な剣も防具も欲しくなるだろ?」
ピノ少年は頷いた。
「金貨二百枚じゃ何も買えないぞ」
エルネストさんがピノの頭を撫でた。
「貯金しておいてやるよ。給料の口座で平気か? 母ちゃんに使われたりしないか?」
「使われちゃうかも……」
「裏口座作ってやろう。もう一つぐらい作っておいた方が便利だしな」
「子供に何吹き込んでるんですか!」
ロザリアさんに怒られた。
「いい方法があるぞ」
アイシャさんが言った。
「物に換えておくんじゃよ」
翌日、ピノ少年は宝石を手に入れた。天然石の希少な物で将来値上がり間違いなしの品だという。結局、保管場所がないというのでエルネストさんの所で預かることになった。
僕たちも現金で持つのは危ないので口座に振り込んで貰うことにした。
狩りを終えると僕たちはようやく食事にありつくことができた。周りの席にいるのが全員冒険者だと思うとワクワクした。こんな光景は故郷では拝めない。
午後からどうするかという話になったので、「練習がしたい」と正直に言った。一刻も早く魔法を使いたかった。優れた教師がこんなにいるのだから、学校で学ぶよりきっと有意義であるに違いなかった。ステップアップできる予感があった。
僕は実体験からそう思った。
食事を済ませると僕たちは先に帰された。装備品などの売却でエルネストさんとロメオさんが残った。
帰宅すると、すぐ荷物だけ置いて僕たちは居間に再集合した。教師役はアイシャさんだ。後でエルネストさんとロメオさんも合流してくれる。リオナちゃんとロザリアさんと、小っちゃいのとはしばしのお別れである。
ピノ少年も武具を道場に返却するために途中まで一緒だ。
僕たちは長い廊下を歩いて道場に向かった。
道場は、想像以上に大きく頑強だった。獣人サイズに造るとこういうことになるのかと思った。彼らの身体能力を考えるとこれくらいの物が必要らしい。天井高だけでも相当なものだ。
巨人族程度の道場破りなら楽に入れることだろう。
ここでやるのかと思ったら、地下に案内された。
階段を降りると巨大な地下空間が現れた。
踊り場には扉が二つあって、片方は『研究室』と書かれた名札があった。鍵が掛かっていた。
反対側の『訓練室』の扉を開くと別の空間が広がっていた。
「ここでなら、全力を出して大丈夫じゃ。全面、最上級の耐魔法結界が張られているからな」
「すっげー こんな場所まであるんだ」
「おっしゃー」
ファイアーマンが生き返った。既に炎を纏っているかのようだった。
ファイアーマンは全力を出した。僕の雷に匹敵する威力と射程を誇っていた。
どうだと言わんばかりの顔で周囲を見渡した。
「遅れました」
そこへロメオさんとエルネストさんと意外な人が、レジーナさんがやって来た。
「やってるな、諸君!」
「家に戻ったら捕まった」
まるで済まなそうにエルネストさんが言った。
「きのうは何もしてやれなかったからな。いろいろ手を貸してやろう」
「この組み合わせは不味いよね」
「まずいな。死人が出る」
ロメオさんとエルネストさんがコソコソ話を始めた。
「まずは火か?」
ファイアーマンを見てレジーナさんが看破した。
「妾ひとりで充分なんじゃが」
「始まった。どうする?」
「僕たちは盾の性能だけ確認したら引き上げよう。火種は少ない方がいい」
「まずは見本じゃな」
レジーナさんがエルネストさんを見た。
「エルネスト、盾の性能を試したいのだろ。的になれ」
「あ、いえ……」
「じゃあ、ロメオ……」
「ええ? 僕ですか?」
ふたりがレジーナさんを前に怯えている。
「ふたりとも、聞こえておったぞ。今日は生徒が多いんじゃ、的がひとりでは効率が悪かろう」
「盾の実験は別に今日でなくてもいいんですけどね」
「僕の普通の魔法結界じゃ、危ないので」
エルネストさんの結界は普通じゃないのか?
「問題ない。エルネストがカバーするじゃろ?」
「まずいな、もう決定事項のようだ」
「あのふたり妙な対抗心があるからな。いい機会だとか思ってるんだよ」
「理論上盾で防げるはずだ。問題は補充する魔力が消費に追い付くかだよ」
ふたりは薬の在庫を入念に確認した。
一体何が起ころうとしているのだろう?
「そら、さっさと並べ!」
レジーナさんが発破をかける。
ふたりは壁を背に並ばされた。
あれだけ頼りになったふたりの姿がなんとも弱々しい。
「では行くぞ」
レジーナさんはエルネストさんと、アイシャさんはロメオさんとだ。
「まずは初級、火の玉だ」




