鉄壁のラヴァル2
森のなかにその砦はあった。
急ごしらえで、皮すら剥いでない丸太を組んだだけの、脆弱で簡素な代物だった。
物見櫓には魔法使いと弓使いが詰めていて、こちら側を一方的に攻撃していた。それに引き替え、こちら側の攻撃は散発的でやる気のないものだった。
手前の堀はすでに埋め戻されているにもかかわらず、攻撃を仕掛けた形跡がない。
持久戦でもしてるのか? マリアベーラ様はヴァレンティーナ様が焦っているはずだと言っていたのだけれど。
僕は転移ゲートを出ると砦を見下ろす丘の上にいた。
「手を上げろ! 何者だ? 所属を言え!」
僕は慌てて、両手を挙げた。
「マリアベーラ王女殿下から伝言を頼まれました。えーと…… 所属は『銀花の紋章団』。冒険者をしています。ヴァレンティーナ様に至急お取り次ぎ願いたい…… です」
「『銀花の紋章団』だと?」
僕は指輪を見せた。
「名は?」
「エルネスト・ヴィオネッティー」
「ヴィオネッティー!」
番兵たちは驚いて、ひとりがおそらく上司であろう人物の元に走った。
「武器は預からせてもらうぞ」
残った番兵のひとりがトレイに所持品を載せるように言った。
僕は剣と銃をトレイに乗せた。
「案内する」
戻ってきた番兵がうなずくとトレイを持った男が一緒に付いてくるようにと促した。
「なぜ攻撃しないのですか?」
僕は素朴な意見を言った。すでに砦を完全包囲しているのになぜ手をこまねいているのか?
「鉄壁のラヴァル、聞いたことないか?」
「どっかで聞いたことがあるような……」
「ミコーレ公国の将軍のひとりだ。今あの砦の指揮官をしている。やつのスキル『完全なる断絶』のおかげでこちらの攻撃は一切通じない始末でな。持久戦を余儀なくされている」
鉄壁のラヴァル…… そうだ。完全なる障壁の持ち主だ!
「物理攻撃も上級魔法も効かん。いやな相手だ」
「でもなんで将軍ほどの人物がこんな前線に?」
「公国内の権力闘争らしい。なんでも魔物を操るスキルを持った人物が台頭してきたせいで、軍内部のパワーバランスが崩れたようだ」
「点数稼ぎのための侵攻ですか?」
「元々武闘派だからな。気にいらんのだろ。搦め手の野郎は」
「あっ! もしかして西部方面の魔物の大量発生って!」
「噂だ、確証はない」
「マリアベーラ様とジョルジュ殿下はご婚約なさっているのでしょ?」
「軍部を握ってるのは王の弟のデボア候でな。余り仲がよくないらしい。ご成婚が相成れば公爵の力が増すことになる。侵攻が失敗したとしても破談になればよし、そういうことだろ」
ジョルジュ殿下が乗っているはずの馬車を襲ったのも、ゲートの情報漏洩だけが理由ではないということか。お家騒動なら自分の国だけでやればいいのに。
「ここだ。待っていろ」
取り次いだ兵士が大本営の天幕に姿を消した。そこは砦を見下ろす高台にあった。
やがてなかから見た顔がのぞいた。
「あら? 弟君どうしたの?」
マギーさんだった。マギーさんは首を引っ込めて天幕のなかに消えた。
「武器を返そう」
番兵の男がトレイを差し出してきたので武器を受け取り腰に差した。
「どうぞ、なかに入って」
マギーさんが天幕の入り口を開けた。
「失礼します」
僕はかしこまって隙間をくぐった。
天幕のなかにはヴァレンティーナ様を中心に、配下の近衛師団の隊長クラスと地元の将校たちがくつわを並べていた。
「レジーナの弟だ。フェンリルを一撃で葬った男だ」
ヴァレンティーナ様が将校たちに大げさに紹介した。
「ほほう、例のライフルとかいう銃を作った御仁ですな」
「万能薬の件も聞き及んでおりますぞ」
「傭兵アラン・ブランジェ候の命を助けたとか」
噂だけが一人歩きをしているようだった。耳聡い人たちである。
「用件は?」
「はっ、マリアベーラ様とジョルジュ殿下からの伝言を預かって参りました!」
「姉さんから?」
「屋敷の方におふたりで参られまして」
僕は鞄からあのときの地図を取り出し、長テーブルの上に置いた。
「敵の砦の位置が判明しましたので」
全員が地図をのぞき込んだ。
「三カ所か…… 国境の方はジョルジュ候がどうにかしてくれるのかの?」
「そちらは日和見が多いので、荷担しないうちは放って置かれるようです」
「なんと! 見て見ぬふりをすると申すか?」
「ご安心を。すでにこちらの第二砦は壊滅していると思われます。敵の補給線はすでに機能していないものと」
「それはおふたりの意見か? 根拠があるのかね? この砦すらまだ落せんというのに。別働隊を差し向けるにしては早すぎるのではないかね?」
「彼の地はヴィオネッティーのよく知るところであります。お疑いなら、我が姉にこの地図を見せてお尋ねください。同じ結論に達するでしょう」
すぐさま姉さんが呼ばれることになった。
姉さんは天幕に入ってきて僕の顔を見た途端、嫌な顔をした。
「ここは子供の来るところではないぞ」
僕も来たくはなかったんですけどね。断われる相手じゃなくて。
「姉さんが寄越したんだ。断れまい。そう怒るな」
ヴァレンティーナ様がフォローしてくれた。
「それより、どう思う?」
彼女は地図を姉の方に向けて見せた。結果は僕が言った通りだった。第二砦はすでに存在しないだろうということで意見が一致した。
「増援の心配はとりあえずなくなったということか……」
「鉄壁のラヴァルの命運もつきたな」




