春を探して(春まで待てない)17
「どうやって?」
「魔法使いの家に嫁いだ嫁がどういう類いの女か分かるでしょ?」
そういうと短い杖を振った。
閂を掛けた扉がどうなったか、ロッタの泳いだ目を見れば分かる。
「何年ぶりかしらね。ここに登るの」
きれいな服が錆だらけだ。
視線を気にしたのか、パンッとスカートの房を叩くとあら不思議、全身きれいになった。
お茶目な人だ。ヘモジが拍手してる。
「で、どこなの?」
「あそこなのです」
ちょうど北を向いていたリオナが指差した。
「まあ、大きなお家ね。真ん中にあるのは何かしら?」
全員が同じ狭間から覗き込んだ。
「温室なのです。リオナの森なのです」
「敷地は…… どこまでがお庭なのですか?」
掃除のことでも考えていたのか、ロッタが我が家の境界線を気にした。
「あそこから、ずーっと行って、あっちの道からあっちの端まで。それと後ろの壁の向こう、あの門の先からずーっとあっちの門の先まで」
リオナが街道沿いをぐるりと指差した。
「え?」
リオナの説明にロッタが絶句した。
「それって町の四分の一?」
ドナテッラ様も口に手を当てる。上から見ると分かりやすいだろう。四分の一だけが区画整理もされずに森のままなのだから。
「大家さんしてるのです。あの森には獣人が大勢住んでるのです」
「ここはヴィオネッティーじゃないわよね?」
「ヴァレンティーナ様の居館はあちらですね」
僕は我が家の向こうにある一際大きな建造物を指差した。
「まあ、大きいわね。それにしても…… この町が建設からまだ一年も経っていないなんて信じられないわね」
目の前の空に飛行船が上がった。
「……」
ふたりは言葉を失った。ただじっと空の風船を目で追い掛けていた。
飛行船がどんどん高度を上げて、北の空に消えると、ようやく忘れていた呼吸を再開した。
「何あれ?」
ロッタの方が早かった。
「飛行船なのです。スプレコーンの森にある観光スポットを堪能できる遊覧船なのです。お高いのです」
こら……
「これがスプレコーンなのね。これが『銀花の紋章団』が満を持して造った町……」
満を持してはいないかと、お金に結構困ってたし。
聞けば昔、ドナテッラ様は『銀花の紋章団』に入りたかったのだそうだ。でも、魔物を狩ったり、野宿ができる性分ではなかったので諦めたのだそうだ。
よかった。目の色が変わった。
世捨て人のような顔をするのはまだ早い。
「いつでも遊びに来て下さいね。あの家、ええと、道場なんですけど、あそこから入れますんで」
「あの廊下をずーっと行くです。池を越えたら家なのです」
「市場はどちらなのでしょうか?」
ロッタが早速、使用人らしく、いろいろ聞き始めた。
「そうだ、馬車が通る道が必要ですね。もう作ったのかな?」
上から見ても森が邪魔して何も見えない。
「何か言ってるです」
「誰が?」
「カーターですか?」
「違うのです。あそこにお姉ちゃんと爺ちゃんがいるのです」
指を差したのは我が家の玄関前だった。
「みんなで来いって」
「これは大変だわ。用意しなくっちゃ」
「用意って?」
「女にはいろいろあるんです」
ロッタが言った。
「カーターを回収しなくっちゃ。庭にいるかしら?」
独り言を呟いた。
「あの、お隣さんなんだから気兼ねなく……」
「そうは参りません。誰が見ているか分からないのですよ。城の住人がどんな者たちなのか皆気になっているはずです。粗相があってはお父様の名に傷が付きます。行きますよ、ロッタ」
「はい、奥様」
房の大きなスカートを無理やり狭い昇降口に押し込めるとふたりは消えた。
「僕たちも行こうか」
「ヘモジが消えたです」
周りを探すが姿がない。
「落ちた?」
「ナー」
いた! 狭間の上に載っかって降りられなくなっていた。
さっきか。さっき狭間が混んでいたときに人の肩に乗って飛び移ったのか。
「お前は、オクタヴィアか……」
「ナー……」
閂を掛けた四階の扉はきれいに直っていた。
中庭まで戻るとカーターがロッタに部屋に押し込まれるところだった。
「少々お待ちを」
一礼して玄関のなかに消えた。
「そんな大した家じゃないのに」
来た道を戻ると外側の郭の前で馬車が待っていた。
我が家の馬車だった。
「お迎えに参りました」
「今度は入れた」
サエキさんとオクタヴィアが迎えに来ていた。
「道は大丈夫でしたか?」
「はい、立派な道ができていました。さすがレジーナ様です」
確かに道はできていた。それはもう場違いなほど立派な道が我が家の玄関先まで続いていた。
ということは表通りの門扉は共有するということか?
玄関前で馬車を降りると、一行をなかに案内した。
「よく来たな。ドナテッラ。もしかしたら来ないかと思ったぞ」
姉さんがドナテッラ様を出迎えた。
うちの面子は爺ちゃんに既に面食らっていたので、人が増えたことを単純に喜んでいた。
お互い堅苦しい挨拶が続いている間に、僕は昼食の準備を手伝った。
というか、ピザでも焼いてあげようと思ったのだ。ロッタやカーターに。この家では使用人も無礼講だ。今日のところは同じ釜の飯ではなく、同じピザを食うのである。
保管庫にはピザ生地が寝かせてある。結構な枚数、エミリーに作り置きして貰っているのだ。主にガキんちょたちのおやつのために。
僕は窯に火を入れ、時間短縮のため魔法で一気に炉を熱した。
我が家のお昼はハンバーグにするらしい。すっかり定番になってしまったデミグラスなやつだ。本日はビップなお客様のためにチーズをトッピングするらしい。目下、アンジェラさんとエミリーはチーズの選定をしている。
ロッタやカーターのためにと思って作ったのだが、一番はしゃいでたのはドナテッラ様だった。
「この世にこんな美味しい食事があったなんて。ピザと言うのですか? これは是非、うちのロッタにも習得して貰わなくてはね」
元公爵家ならもっといい物食べてそうだけどな。
「歳を取ると肉が噛めなくなってきてな。これはいい。実に柔らかくてジューシーじゃ」
爺ちゃんも気に入ってくれたようだ。
うちの料理人はハイソなお客に戦々恐々としていたが、空の皿を見て胸を撫で下ろした。
「デザートなのです」
食後のお茶請けとして出てきたのは今流行のポポラのパイだった。
ようやくロッタとカーターの顔がほころんだ。身分不相応な歓待を受けて緊張しきりだったふたりがやっと笑った。
窓がカタカタ鳴った。
「風が強くなってきたな」
姉さんが窓の外を覗く。
「春一番かしらね」
ドナテッラ様が言った。
「そうだ、魔法陣壊しちゃったんだけど」
僕は爺ちゃんに言った。
「ああ構わん。あの魔法陣はこの町には似合わん」
「春が来るですか?」
リオナが窓に額を当てて外を眺めた。
「素敵な春が来るといいわね」
「待ち遠しいのです。食欲の春なのです」
それを言うなら秋だろ? いや、年中無休か。




