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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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春を探して(エルネスト医療行為をする)11

 前話、ご指摘があり、加筆修正しました。(2/22昼頃)

 内容も一部変更されておりますので、修正前に読まれた方は今回の話と整合性がとれない場面があるかと思います。ごめんなさい。<(_ _)>



「教会も前に進まねばならん。いつまでも歴史の足を引っ張っておるばかりではの。薬の件も技術の進歩と折り合いを付ける形で道を付けよう」

 青天の霹靂というのはこういうことだと思った。今目の前で歴史が動いたのだ。ほんのとば口ではあるが。

「今回の手術にはロザリア以外にこの屋敷の医師と教会側の医術担当も同席させる。手は足りるな?」

 僕は頷いた。

「下がっていいぞ。今夜の準備をするといい」

 呼び鈴を鳴らすと使用人が現れた。

「彼をアンジェリカの所に。一緒に行きなさい」

 使用人がアンジェリカという人の所に案内してくれるようだ。僕は猊下に頭を深々と下げると部屋を出た。


「こちらでお待ちください」

 そう言って一階フロアーの初めて訪れる部屋の前で待たされた。

「どうぞ」

 入室を許された。なかには白衣を着た中年の女性がいた。年の頃はアンジェラさんより若干若い感じだ。

「あら、本当に緑色の瞳をしてるのね」

 いきなり顔を近づけてきて僕の目のなかを覗き込んだ。そういう彼女の瞳は真っ青だ。まるで王家の血が入っているかのようだった。

「アンジェリカよ。今回、あなたのサポートをさせられることになった哀れな医者よ」

「すいません。あれ? 決定事項でしたか?」

「あなたがここへ来たということは決定したと言うことよ」

「はあ」

 この部屋は診察室だ。ということはこの人がこの館の担当医か。

「あなたの作った薬のおかげで失業中も同然だから、仕事が貰えることはいいことね」

 優しそうな顔をしてるくせにいきなり嫌みを言われた。結構毒舌だな、この人。

「女医を見るのは初めて?」

「はい…… そうですね」

「ここの領主様とは幼い頃からの付き合いでね。王様があれでしょ。『男の医師に娘は診せられん』とかなんとか、当時駆け出しだったわたしが抜擢されたわけ。それ以来の腐れ縁。戦場にもよく付き合わされたわ。それで何を手伝えばいいのかしら? エルネスト君」

 つまり姉さんとも知り合いで、僕のことは筒抜けだと言いたいわけね。

「教会からも医術担当が来ると言っていましたが」

「そこにいるわよ」

「やあ、教皇様の護衛も兼ねているのでね。隠密周りの仕事もしている。名は明かせぬがよろしく頼む」

 壁に寄り掛かってこちらを見ていた僧侶が言った。退屈凌ぎの話し相手じゃなかったんだ。

「おかしなチームね」

 彼女が言った。

 まったくだ。


「まずはこれを」

 僕は『楽園』から持ち出した過去の記録をふたりの前に置いた。

 ふたりは記録した紙の束を見ると目の色を変えた。

「これと同じことを?」

「基本的には同じです。歪んで接合してしまっている部分を切り離して正しい位置に固定し直して再接合します」

「昔は麻酔もなしにやったのね……」

「気を失わせることで可能にしているとも言えるだろうが、処置後は回復魔法を使っているな」

「我々は何をすればいいのかしら?」

 僕は厨房から骨を貰ってきて貰って、実演してみせることにした。

「まず、麻酔をお願いします。それから触診して貰います」

「それをわたしたちが?」

「僕は医術は素人ですから、どの向きが正しい骨の向きなのかとか、どう歪んでいるのかとかよく分からないんです。だからお願いします。今日の患者の子は他の子たちに比べると症状の軽い子なので、まずは触診で。それから患部を開き、僕が骨を砕いていきます」

 僕は持ち込んだ骨を砕いて見せた。今度は血やドロドロが飛び散らないように小さな結界で周囲を覆った。

 その際出る骨片を風魔法と布きれで回収して洗浄して貰う方法を教えた。

「まるで料理ね」とはアンジェリカ先生の言葉である。

「この骨のかすは必要なのかね?」

「骨を再構成するために必要です。自然治癒に任せるにしても骨の隙間を塞いでやらないといけませんし、人体に影響のない物をご存じでしたら、それを利用した方がこんな面倒をしなくていいんですけど」

「あいにく専門外だ」

「暇つぶしの研究課題にはいいかしらね」

「今夜はとりあえずこの方法で」

「血を洗い流すのは浄化では駄目なのかね?」

 よく分からないと言ったら「今試せばいいじゃないか」と言われた。

「あっ!」

 ふたりは呆れた。

 切断した骨を先生に固定して貰っている間に、僕は骨片を使ってその隙間を塞ぐ。

「最後に念のため、浄化魔法か万能薬を、バイ菌が入るかも知れないから」

「その先は――」

 話を遮られた。釈迦に説法だった。

「すいません」

「なるほど要領は分かった。だが、君の魔法は独創的だな」

「後半は宝石を加工するスキルの応用です」

「なるほど」

 教会の担当さんが頷いた。光の魔石との関連に気付いたのだろう。光の魔石を作るにはこのスキルは必須だから。


 その夜、子供が睡眠薬で熟睡した頃合いを見計らって僕たちは少年宅を訪れた。

 まずロザリアが消音結界を部屋全体に張り巡らせて外部に情報が漏れないようにした。それから簡易神殿の結界を張った。空間全体が浄化された。

 すぐさま名無しさんが麻酔の治療魔法を子供に施した。さすがに本職は仕事が早い。

 麻酔が効いてきたことを確かめるとすぐさま触診が行なわれ、僕にも分かるように絵で指し示してくれた。子供の肌に墨で印が入れられた。

 僕は『無刃剣』を使って、印通りに皮膚を切り開き、患部を露出させた。

 細かいレクチャーを受けた後、僕は慎重に骨の切り離しに掛かった。特に太い血管には気を付けるように言われて正直手が震えた。

 名無しさんは風魔法で骨片を回収してはタッパーに削ぎ落としていった。


 あれからふたりの勧めで一度生きた相手で実験することになった。時間もなかったが、穴兎を一匹捕まえてきて実験台になって貰うことにした。

 試行錯誤した末、隙間は回復薬や魔法の使用で埋めることができると判明した。ただ隙間を埋める大きめの骨片がいくつかあればよかった。それらを橋のように渡して再構成して一つの骨の塊にしてやれば、後は回復魔法が欠損部分を勝手に再生してくれたのだ。粘土細工のようにきれいに隙間を埋める必要はなかったのだ。

 この方法なら余程隙間が空いてしまったとしてもなんとかなりそうだと僕らは結論づけた。

 実験台になった穴兎にはきれいに完治して貰って、カロータを五本手土産に巣に戻ってもらった。


 アンジェリカ先生が切り離した骨を適正な位置に戻した。

 位置が決まったら骨片を足して再構成を始める。ロザリアが僕のこの魔法を見るのは初めてだった。

 骨が連結されると僕は名無しさんと場所を変わる。

 名無しさんの回復魔法で隙間が埋まっていく。

 アンジェリカ先生と名無しさんの最後の確認が行なわれ、開口部は閉じられた。

 そして最後にバイ菌などの感染や神経や血管など、他の部位へのダメージを考えて、浄化と回復魔法が全体的に施された。神のご加護か出血も思ったほどではなく万能薬の出番はなかった。

「手術終了」

 浄化と共に彼に掛けられていた、麻酔の効果も解けた。

「片付けが済んでから浄化の魔法は掛けるべきだった」と全員の意見が一致した。

 僕たちは浄化の魔法で一緒にきれいになってしまったシーツやら手術道具やらをなんとか回収して、ゆっくりと少年の部屋を出た。

 別室で両親にこれでもかと感謝されつつ、僕たちは少年の家を後にした。

「うまくいったな」

 アンジェリカ先生が大きく伸びをした。胸元が強調されてドキリとした。

「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ、お嬢様。間違いなくうまくいきましたから」

 名無しさんがロザリアを気遣った。

 僕と視線の合ったロザリアは若干血の気を失いつつも達成感に満ちた笑顔を向けた。雑用を一気に引き受けて一番大変だったかも知れないのに。

 夜の風は冷たかった。でもそれは高揚した気分と火照った身体にはちょうどよかった。

 館に報告に戻ると、皆まだ起きていた。教皇様もコタツに入ってマンダリノを頬張っていた。

「お爺様!」

 ロザリアが飛び跳ねて驚いた。

「いつ来られたのですか?」

 孫と老人の再会はなった。

「言わなかったのか?」と、アンジェリカ先生と名無しさんが言った。

 僕は記憶を遡った。そして結論に達した。

「忘れてた」


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