武闘大会(一回戦)7
王都の会場周辺はきのうにも増して人でごった返していた。見たこともないほどの群衆で街道が溢れかえっていた。
賭はそこかしこで行なわれていたが、やはり最大規模の専属ブックメーカーの店は繁盛していた。窓口を町のあちらこちらに設けて、一括で情報管理しているほどの老舗である。店先には様々なネタを賭けにした、たくさんの黒板が掲げられていた。
僕たちは今大会のオッズを調べた。
残念ながら、僕の倍率は一.七倍ほどだった。六倍とか、七倍とか期待していたのだが、甘かったようだ。
まっ先にリオナが持ち金のありったけを僕に賭けた。
「財テクなのです」
どこで覚えたそんな言葉。
他のみんなは程々に賭けた。オクタヴィアとヘモジも金貨を賭けた。
あいつらどこで金貨手に入れた? あっ、迷子になったときのための非常資金。困った奴らだな。でもみんなが賭けてるのに賭けられないのは可哀相かな。
大目に見てやることにする。増えた分は大事に使え。
参加者は賭けられないので、爺さんに張って貰った。僕の掛け金は金貨三百枚だ。桁をもう一つ上げたかったが、僕の財産管理人が側にいたので自重した。にも関わらず、ヴァレンティーナ様と姉さんは金貨二千枚を賭けた。
「町の運用資金に手を付けるですか?」とリオナに突っ込まれて、「これは私財だ!」とふたり口を揃えて弁明していた。
その後リオナは自分の貯金をまんまと切り崩して金貨三百枚をヴァレンティーナ様からせしめると全額を更に僕に賭けた。
おいおい、無茶すんなよ。負けたら塵になるんだぞ。
それにしてもオッズの数字が微動だにしない。
さすがに驚いた。一体どれだけの人が賭けに参加しているのだろうか?
因みに「国王の乱入のタイミング」のオッズまであった。
みんなでケタケタ笑った。あのおっさんならあり得るとみんな納得した。一番人気は優勝者決定後の一.二倍だ。ヴァレンティーナ様とリオナが揃って小銭を賭けていた。
急に優勝したくなくなった。
僕たちはその場を後にした。
オッズから注目選手を計ることはできなかった。市場予測は僕たちの予測と同様、ドングリの背比べと判断したようだ。
大会の一回戦を知らせるファンファーレが鳴った。
僕と爺さんはみんなと別れて控え室に向かった。僕の試合は最終なので一時間以上後になる。緊張するにはまだ早かった。
きのうはあれほどごった返していた控え室も今は疎らだった。
寂しくなったもんだ。
試合の近い連中は緊張しきりであった。鎧を叩く者、剣を振る者、頭のなかで戦略を練る者、黙考する者、いろいろだ。
僕たちの半分は、反対側の控え室にいる。
会場は二会場。それぞれがゲートを潜って闘技場に出てから、右と左のステージに別れていく。
一回戦が終ると会場に設置した舞台は撤収され、闘技場本来の足場が舞台になる。二回戦目でようやく砂地で戦えるわけである。
因みに一回戦では場外は三回まで許される。それ以外は完全ノックアウト形式なので、審判が判断するか、本人が降参するまで勝負は終らない。
足を攻撃されて動けなくなるケースが多いので、盾持ちは足元要注意である。
試合は順調に流れていった。
探知スキルを駆使して知り得た情報だけでも面白い試合が幾つもあった。
スピードファイターがパワーファイターを翻弄し、戦いを優位に進めていたにもかかわらず、たったの一撃で葬られたり、逆に起死回生の一撃で切り抜けたり。戦うより見ている方が楽しいとはよく言ったものだ。リオナ辺りは楽しくて仕方がないだろう。きっと自分が出たくてウズウズしているに違いない。
参加者が使ったスキルも在り来たりなものは見て取れた。
問題は在り来たりではないものだが、今のところ使われた形跡はない。
僕の番が着々と近づいてくる。部屋に残っている人のほとんどが一回戦を突破した勝者だけになりつつあった。
期待に添える戦いはできるのか?
「次の対戦者の情報じゃ」
みんなが集めてくれた情報のメモから対戦者の情報を引き出す。
対戦者の相手の名はバウド・ウーゴ。中肉中背。片手斧、盾持ち。予選では三人、『シールドバッシュ』で葬っている。
「典型的な近接ファイター?」
「盾の扱いがうまそうだな。正面から行くと潰されるか、いなされるかの?」
「不意打ちは無理ですかね?」
「どうかの…… 手の内を晒さず、布石を打つのは悪いとは言わんが、余り策を弄すると足元を掬われるぞ。いつも言っておるが、冷静に自分のペースで戦うことこそが肝要なんじゃ」
「あと一、二戦騙せると、後が楽なんですけどね」
「精々アサシンの振りをするがええじゃろ」
「対策してきますかね?」
「『隠遁』破りというのは聞くが、『隠密』破りというのは聞かんな。どうなんじゃろうな?」
普通、『隠密』レベルで姿を見失うということはない。草むらに隠れてとか、岩陰に隠れてとか、そんなときに獲物から見つかりにくくする程度のスキルで、今回僕がやってのけたような敵前で姿を隠すようなスキルは『隠遁』スキルと相場が決まっている。
僕たちが薄ら笑いを浮かべたのは上位の『隠遁』スキルを破る技が、下位の『隠密』スキルにも効くのかどうかという素朴な疑問があったからだ。理屈では効くはずだが、厳密には効かない可能性がある。もし後者だとすると、面白いことになるのだ。そう、即席では手の打ちようがなくなるのである。希望的観測から、僕たちはそれに期待していたりするのである。いたずらっ子のように。
「三十一番! 準備してください」
係の者が叫んだ。
僕は立ち上がった。盾と剣を持つと係の者の後に続く。
神妙な面持ちで闘技場への石の階段を上った。
やがてすり鉢状の底辺に辿り着く。日差しが会場を照らしていた。
闘技場の向こう側に対戦相手の姿が見えた。
相手は紛れもなく騎士だった。見事な出で立ちの男丈夫であった。天覧席に一礼するのも騎士のそれだった。
僕はここに来て方針転換を余儀なくされた。
予選のときのような有象無象を相手にしているのではないと気付いたからだ。騎士の礼には騎士として答えなければならない。
この相手に小細工はなしにしよう。そう決めた。
消えるかも知れない。でもそれはこちらの全力の結果だとご理解願いたい。僕は『隠密』増強用のイヤリングをはずした。
正々堂々、全力でお相手する!
互いに剣を構えると審判の初めの合図がなされた。
バウド・ウーゴはいきなり『シールドバッシュ』できた。
こちらが闇に紛れる前に早めに勝負を付けに来たと感じた。
でも『シールドバッシュ』はスケルトン先生に散々やられた技だ。正面切っての打ち合いなら怖い技ではない。バッシュの真骨頂はタイミングを外した不意打ちにある。
「おおおおおっ!」
バッシュをかましてくる盾目掛けてこちらの盾をぶつけに行った。スケルトン先生には一番よく効く方法だ。きれいに踏み込まれる前に押し当て、そして横にいなすのだ。
スキルは一度放つと軌道修正は難しい。僕のシールド攻撃は完全に相手の出鼻を挫いた。
バウドは完全にバランスを崩して、前のめりになった。
次の瞬間、彼は目を丸くした。
僕を見失ったのだ。
スキルは使っていない。それでも目の前から忽然と消えたと感じただろう。
「そこまで!」
僕の剣はバウド・ウーゴの首筋に当てられていた。
これは修行の成果だ。リオナに散々やられたフェイントというやつだ。
盾を構えると、そこには小さな死角ができる。一瞬、身を低くして相手の盾の陰に身を隠す。
身体の小さなリオナなら容易いことだ。僕は幾度となくそれに引っかかった。突然、死角から姿を現わしたリオナに何度殴られたことか。
身を低くしたまま、脚力だけで一気に踏み出し、外側へと回り込むことで、敵はこちらを見失うのである。
そこには相手の目線や息遣いすらも計ったような巧妙なタイミングが必要なのだが、僕は盾を置き忘れることでその隙を作った。
僕たちは一礼するとその場を後にした。
まばらな拍手を貰った。
観客席からはさぞつまらなく映っただろう。一般の観客は何が起きたのかも分かっていないだろう。
「アサシンは止めたのか?」
階段の袖口で待っていた爺さんに皮肉を言われた。
「騎士の礼には応えないと」
「それがええ。そなたにはその方があっとる」
一回戦が終り、三十分の休憩タイムになった。




