エルーダ迷宮暴走中(『生命探知君』発売)23
家に戻った僕たちは装備を地下に置くと僕の部屋に集まった。
アイシャさんとロメオ君だけを招待したのだが、結局物珍しさから全員が揃うことになった。
全員入って僕の部屋はちょうどいい広さになった。
暖炉を囲むようにコの字に配置されたソファーに最初に飛び込んだのはリオナだった。リオナは真ん中の席に陣取った。
オクタヴィアが後に続いて、背もたれに駆け上がる。
魔法担当は手分けして明かりを灯し、暖炉に火を入れ、音を遮断するために結界を張った。
ロメオ君とナガレが順番に向かい合わせの席に着いた。ナガレはリオナ側に収まった。ロザリアはそれを見て空いているロメオ君の方に歩を進めた。アイシャさんはナガレの隣りに着くとオクタヴィアが膝の上に降りてきて、僕が座るのを待った。
リオナの隣りの空いた席に僕が座るとヘモジが飛び乗ってきて、僕の膝を経由してコーナーに陣取った。そこにはヘモジが自作したお気に入りの、クッションで作った巣があった。が、早速リオナとナガレにクッションを持って行かれて半壊した。
落ち込むヘモジを横目に、僕とロメオ君は背の低いテーブルに二枚のメモの切れ端を置いた。
アイシャさんはそれを順番に手に取ると術式を紐解いて行く。
みんな身を乗り出して、じっと様子を見つめた。
紙片の一方、僕が回収してきた情報を突然、アイシャさんは握りつぶした。
全員がはっとなった。
「どちらもネクロマンサーの使う術式だ。今握りつぶした方は魂を狩る呪文だった。触れただけで命を奪う禁呪だ」
背筋が冷たくなった。
「あいつに斬られていたら即死だったということ?」
「刃に直接触れなければどうということはないが、効力は使用者にも及ぶのでな。危なくて元々死んでるアンデットでもなければ使える代物ではない。よってこの術式は封印じゃ。異論は?」
異論はなかった。
次の瞬間、メモは跡形もなく燃えて消えた。
「それでだ。こっちもネクロマンサーの使う術式なわけだが……」
視線がアイシャさんに集まる。
「こちらは有効じゃった」
「やった」
ロメオ君が喜んだ。
「どんな効果ですか?」
「『生命探知』じゃ」
「ええっ?」
僕は周りが驚くほど、大きな声で驚いた。
それもそうだろう。僕が『竜の目』を手に入れた経緯を知っていれば驚かずにはいられまい。
「すごい。お宝ゲットだよ!」
ロメオ君が言った。
僕にとってはどうでもいい代物だよ。
「でもこの魔法を使うのは難しいじゃろうな。ほとんどひとりの魔法使いが掛かり切りになってしまうからの。他の魔法が使えなくなってしまうじゃろ」
よかった。自分の『竜の目』の存在意義がなくならずに済んだ。
「だから、死神もアイテムに仕込んでいたのか」
「アンデットは元々『生命探知』で獲物を見ておるのだから、そもそも必要なかろう」
「じゃ、なんでアイテムに仕込んであったんだろ?」
「報酬の一環じゃろ? ここに書かれている条件は五秒じゃ。五秒間だけ発動するように仕組まれている。このまま魔石にでも刻めば、発動できるぞ。ただし見えるのは使っている本人だけじゃ」
僕以外の全員が試すことになった。
大きめの魔石を使って、アイシャさんが魔法陣を書き込んでいった。
そしてそれをロメオ君に渡した。
魔法道具に慣れているから、簡単に発動させて見せた。
「うわっ! すごい」
五秒はあっという間だった。全員が順番にチャレンジして、思い思いの感想を述べた。
「これって索敵に使えますよね?」
「悪いことにも使えそうですね」
「居留守が使えなくなるのです」
「このレベルなら風呂場を覗かれても問題ないわ」
「でも、これじゃ、敵の判別もできないかも」
僕には確認できない。
「どんな感じ?」
「光って見えるだけ。『魔法探知』より敏感だけど、細かい判別はできない感じかな」
「わたしたちに必要なのはアンデット対策なんだから、程度はどうあれ、役に立たないわよ」
「どっちかって言うと魔力を隠している隠遁系のアサシン対策よね」
そうなんだよな。
「売り物にはならないか」
「なるのです。獣人には嬉しいサプライズなのです。面白いのです」
「警備に使うには発動時間が短すぎる」魔石も魔力も足りないだろう。この手のものはスキルに依存するしかないのだ。獣人なら生来の耳と鼻を生かすことを考えた方がいい。
「迷宮なら『魔法探知』で充分だろ」
「やはり魔法陣で使うには問題が多そうじゃな」
「売れるのです!」
リオナが力説するので、遊びの延長ならいいだろうと言うことで、ダメ元で商品化することになった。販売所で一ヶ月試験販売することになった。
商品名『そこに隠れているのは分かっている! 生命探知君』。一つ、銀貨五枚。
ほとんど魔石の値段だ。魔石一個で大体二十回は使える仕様だ。
二つにパカッと割れる球のカプセルに、魔石を放り込んで使うものだ。
値段も安くはないので、そうそう売れるものではないと思っていた。精々一日に一個か二個売れればいいだろうぐらいな気でいた。
ところがリオナの言う通り、物は売れたのである。作っても作っても間に合わないほどに。
なぜ売れたのか?
検証した結果、もっともな理由は闇蠍対策であったことがわかった。この森の隠遁する魔物の代名詞である闇蠍を見つけ出すための道具として売れたのである。言わずと知れたユニコーンの天敵だ。他にも千年大蛇と言う飛びきりの奴もいるけれど。
元来、獣人族は耳と鼻を当てにして闇蠍を駆除していたが、慣れた者にとっても危険な狩りであることに変わりはなかった。オズローの話では匂いのきつい草むらや花畑に潜まれると見失うことがあるという。
たった五秒でも隠れた敵を捕らえることができれば、それは大きなアドバンテージになるらしい。
あとはなんと言っても遊びの要素が大きかった。一過性のものだろうが、魔力と無縁の獣人が安全な場所で魔法を体験できる面白い機会になっていた。ランクが上がるといろいろ見えてきてしまうのだが、魔石の大きさを考慮して低く抑えたことが功を奏した格好だ。
これと『魔力探知』で『竜の目』を開眼できるのではないかと思ったが、ロメオ君たちを見る限りそうはなっていないようだった。アンデットが見る『生命探知』スキルと魔法によるものとは厳密には別のものなのだろうか?
個人的な優越感のためには、その方が嬉しいのだが、アイシャさん辺りが見えていてくれたらと思わないこともなかった。
「安すぎる」という長老からのアドバイスで値段を吊り上げたことで、事態の収拾はなった。
「ユニコーンも欲しいんだって」という知らせを受けて、また一騒動になってしまうのだが、その頃には僕たちの手を離れて、長老たちが新たな雇用の創出と引き替えに苦労する羽目になる。
魔法陣の管理は相変わらず、姉さん経由で魔法の塔のバイト任せだが、一部、魔法学校にいるパスカル君にも手伝いをお願いすることになった。魔法使いは本気で学ぶほどジリ貧になるというのが姉さんの持論なので、小遣い稼ぎに任せることにしたらしい。
ジリ貧の友達たちと一緒に楽しく稼がせて貰っていると手紙が来た。
僕はエルフ語の教材と面白そうな本を数冊選んで、「学業に影響しない程度に頑張って」と記した手紙を内職の材料に添えた。
一連のクエストも終わり、明日はおさらいに行くことになった。本末転倒だが、普通の状態の攻略を改めてすることになったのだ。攻略は三十四、三十五階層である。




