エルーダ迷宮暴走中(創世王クエスト編)20
「転移する」
僕は即決する。
きのうのミスは繰り返さない。
僕は遙か、踊り場の先に明かりを落とした。
僕が突然ゲートを開いたことにみんな一瞬戸惑った。
「疲れるから」
「これくらいの階段普通に降りなさいよ」
「じゃあ、ナガレが僕のリュック背負うか?」
「さあ、行くわよ」
ナガレがさっさとゲートに消えた。
「ナーナ、ナナナ」
「いや、ヘモジ、お前の気持ちだけで有り難いから。な。ほれ、先に行け」
お前じゃ、リュックに背負われちゃうからな。
「ナーナ」
ヘモジはみんなを追った。全員行ったことを確認すると僕も飛び込んだ。
階段の踊り場に出た。
振り返ると遠くに明かりが見える。
「まだ下があるみたいよ」
ロザリアが先を照らした。
「もう一度飛ぶか?」
「何か来る!」
ロメオ君が叫んだ。
ゴーストの群れが来た!
その数ざっと二十。
「任せて。『ヒーリングサークル』!」
ロザリアが光魔法で障壁を築いた。僕は自分の結界を狭め、ロザリアの障壁の内側に展開させる。
ゴーストは光の障壁に触れると次々四散していった。
どうせアイテムも落とさない奴らだから遠慮は無用。消えて貰って結構だ。
敵の襲撃はあっという間にけりが付いた。勇気ある撤退という詭弁を弄する輩はゴーストのなかにはいなかったようだ。
最下層に辿り着くと、なんともおかしな場所に出た。
作りかけの巨大な地下坑道。手彫りの洞窟を煉瓦で覆い隠し、漆喰で固めたアーチ状のドームがどこまでも続いていた。漆喰は剥がれ、煉瓦は露出し、所々それすらも落ちて地肌が剥き出しになっている。地面は石畳で、上から落ちた瓦礫や土が散乱していた。煉瓦を積み上げて造られた四角い主柱が天井の、同じく煉瓦造りのアーチ状の梁を支えている。
なのに明かりは松明だけ。これだけ広い空間を照らすには力不足であった。
僕たちは自前で明かりを灯した。
足音がやたらと反響する。ケルベロスやゴーストは兎も角、ゴーストを感覚を総動員して探知している現状では少々厄介な状況だった。
しばらく進むと異変が起こった。
青色の霧が立ちこめ、据え置き型の燭台が床に並んでいる場所に出た。
「誰かいるのです」
明かりを照らすと、部屋の中央に小さな影がうずくまっていた。
僕たちはゆっくりと近づいていく。
「何者だ!」
振り向き様、いきなり水魔法で攻撃された。
結界が防いだので問題ない。
「まだ邪魔をする気か! 悪霊共!」
そこに立っていたのはマントを羽織った子供だった。羊の角を持ち蛇の鱗を持った少年だった。
「悪霊じゃないのです」
「あんたこそ誰よ!」
「ナーナ」
「人に名を尋ねるときはまず自分から名乗りなさいよ!」
「わ、我こそは創世王である! お前たちこそ、何者だ? 不逞の輩は切り捨てるぞ!」
「創世王? この小っちゃいのが?」
ナガレが呆れた。
僕たちも呆然とした。戦う気満々で来たのに…… 子供?
「なんだと! 今なんて言った、女ッ! 我こそは創世王なるぞ。頭が高い!」
「頭が高いと言われてもね。あんたより低くはなれないのよ」
「うるさい! 生意気だぞ。それより早く名を名乗れ、ブス!」
「誰がブスですって! 殺すわよ、チビ!」
「冒険者だ」
僕とロメオ君が間に入った。
「僕たちは冒険者だ。敵じゃないよ。僕はエルネスト」
「僕はロメオ」
「こっちからアイシャさん、ロザリア、オクタヴィア、リオナ」
「あい分かった」
「ちょ! ちょっとまだ私の名前がまだでしょ!」
「どうせ覚えられないからいい」
「だったら初めから聞くな、チビッ」
「ブス!」
「うわっ!」
ナガレが創世王を羽交い締めにした。
「止めろ、暴力女」
「わたしはナガレよ。生意気な口をきくのはこの口なの?」
しばらくじゃれ合うふたりを眺めていると、やるべきことを思い出したのか、突然ナガレから離れて自分のことを話し始めた。
「ここには両親を探しに来たのだ」
「ここってどこよ?」
「そんなことも知らないでこんな所まで来たのか?」
「どこなのよ?」
「冥府の入り口だ。城の地下は冥府に通じていると言われておるのじゃ。生者の来るところではない!」
「あんたはどうなのよ?」
「我は創世王であるぞ!」
答えになってないよ。
「てことはさ、君のご両親は亡くなっているということ?」
ロメオ君が少年王に尋ねた。
少年王は何も言わずにうつむき、小さな拳を握りしめた。
ロメオ君は困った顔をして周りを見回した。
「それって、もしかして…… 君のご両親って羊の王様と蛇のお母さんだったりする?」
発言したロザリアの顔を少年はまん丸に見開いた目でじっと見つめた。
「知ってるの? パパとママを知ってるの!」
僕たち全員を見渡した。
「お母さんの名前ってヘケトさん?」
ロザリアの質問に少年王は泣き出した。わんわんと憚ることなく泣き出した挙げ句、ロザリアにすがり付いた。
「ナーナ……」
ヘモジが少年の背中を撫でる。
世界中を探したと言った。
誰も教えてくれなかったと言った。
大人たちは皆口々に両親は遠い異国で死んだに違いないと言った。
こんな地の果てまで探しに来たのだと、心細かっただろうにと、思わず目頭が熱くなる。
クエストだと分かっちゃいるけど、思わずもらい泣きしそうになった。
「一緒に地上に帰ろう。お母さんが待ってるよ」
ロザリアが少年の手を取り、ハッピーエンドで終わりかけたときだった。
『行かせるものか!』
突然しわがれた女の声が響いた。
洞窟の奥の明かりが消えていく。代わりに闇が広がり、血の臭いが辺りに充満する。
地面から王子を握り潰さんと鋭い爪の生えた大きな女の右手が現れた。
「試し切り!」
リオナが『風斬り』を放った。親のいない子供に誰より同情的なリオナが、相手が何かも分からぬうちに一撃を食らわした。
大きな手の指を切り落とした。
『ぎゃあああああああああああ!』
おぞましい叫び声が辺りに響いた。
闇のなかから別の手が出てきて、リオナを握りつぶそうと迫ってきた。
ロザリアが光の魔法を放った。新しい術式で構築された新型の光魔法。威力も速度も跳ね上がった光が未だ姿の見えぬ敵の手に突き刺さる。
絹を引き裂くような叫びが再び闇に響いた。
リオナを狙った手が、乾いた泥のようにボロボロと崩れだした。
闇のなかから苦痛に歪んだ巨大な顔が現れた。紫色の口が叫ぶ。
『許さぬぞ。我に抗う者よ。貴様たちの命、冥府の贄にしてくれるッ!』
傷ついた右手が中央にいた僕の頭上に振り降ろされた。
「うわっ!」
信じられない圧力だった。
女の巨人が僕の結界を押しつぶしながら地の底から現れた。
人の姿をしたその化け物の下半身は緑色の霧に包まれ、その影はどこまでも黒かった。
禍々しい妖艶な化け物であった。
『ヘル・シャドー レベル七十 メス』




