エルーダ迷宮暴走中(インターバル)17
「ふーん、じゃあ、やっぱり四メルテぐらいなんだ」
解体屋の軒先で、顔見知りの職人とケルベロスについて話していた。
「尻尾入れると五メルテは越えるけどな。尻尾は売り物にならないんだ」
「そうなの?」
「竜の尻尾だって言うけどな、柔らかすぎて防具には向かないんだ。不味くて肉にもならんしな。そうだな…… 一匹丸ごと全部で百だな」
「そんなもんなんだ」
「不満か?」
「ギルドランク、簡単に上がんないかなと思ってさ」
「十五のガキが焦ってどうする」
「ですよね」
「ていうか、Dランクがなんでケルベロスの話をしてるんだって話だがな」
そう言って笑った。
「明日持ってきますよ」
「了解だ。セベクは二十八枚。依頼に回せそうなのは二十五枚だ。どうする?」
「じゃあ、それで」
「毎度あり」
領収書を渡され、僕はそれをギルドの搬入窓口に持ち込む。締めて金貨百三十七枚だ。
セベクで苦労して百三十七枚なら、ケルベロスで金貨百枚も悪くない。て言うか普通に美味しいだろ。
ただ四十階のケルベロスってボスっぽいんだよな。一度に大量に持ち込んだら足がつきそうなんだよね。
いっそ『銀団』に卸すかな。あっちなら文句言わなさそうだもんな。
ついでにマリアさんに聞いてみるかな。
僕は事務所のなかに足を運んだ。
僕の顔を見ると不思議そうな顔をしていた。
「お仲間は今日はいないの?」
「彼女たちはバカンスで。今日は僕だけです」
当たり障りのない話をした。セベクをひとりで三十匹倒したことにまた驚かれた。僕はケルベロスについて尋ねた。単なる予習ということで聞いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
「あんな奴とやるのは一生で一度きりで充分よ」と切り出され、「一匹だけなの?」という問いに「あんなの複数いたら死人の山ができるわよ」とも言われた。
やっぱり一匹だけらしかった。僕が倒したのとは別物なのだろうか?
取りあえず、明日余った分は『銀団』に卸そう。
それにしても、マリアさんまでケルベロスを警戒しているところを見ると、九本首のヒドラレベルと考えていいのかも知れない。一度、下見した方がいいのか?
五フロアーも先の話だけど、取りあえずは知りたいことは分かった。
明日のために今日のところは引き上げよう。
家に戻るとアンジェラさんとエミリーと必要な会話だけして、さっさと風呂に入った。
「退屈……」
こんなに静かだったかな、みんなのいない暮らしというのは。子供たちが湯船に飛び込んできたのはついこの間だ。
今日のところはさっさと食事を済ませて、本でも読んで眠るとするかな。
アンジェラさんもエミリーもこんな日に限って多弁だった。こんな日だからか?
食材の調達をしながらした世間話の内容や、春に向けて模様替えをしたいとか、何をしておきたいだとか、例の調達した生地でこっそり寝間着やドレスを作っているだとか。
寂しさは伝染する。
あと何日したら帰ってくるのだろう? 一体どこまで行ったのだろうか?
自分が遠出しているときには感じなかったことが、立場が入れ替わったというだけでヒシヒシと感じられる。
自分はどれほど、みんなに心配をかけていたのか。行き先も言わず、忽然と三日間も。
アンジェラさんにちょうどいいからみんなが帰ってくるまで休みにするかと言ったら、やることは一緒だと言って断られた。確かに人間休みの日でも腹は減るものだ。
僕はどっさり本を抱えて居間に降りてきて、読書を楽しむことにした。
エミリーがお茶をついでくれた。
「エミリーも書庫使ってる? 遠慮しなくていいからね。鍵は開いているから」
「はい、利用させて頂いてます」
最近書庫の隅っこに裁縫や料理の本が並ぶようになった。思わず給料足りてるのかなと思ってしまうのだが。
その夜は結局、本の内容も頭に入らず、早めに床に就いた。
目が覚めると、ちっこい顔がスーピー眠っていた。
「ヘモジ?」
なっ?
僕は飛び起きた! みんなに何かあったのか!
「寒い……」
「朝?」
オクタヴィアとリオナが毛布の隙間から顔を出した。
「寒いのです」
「なんでいるんだ?」
「帰ってきたから」
オクタヴィアがまくった毛布に潜り込む。
「ナーナ」
「もうちょっと」
ふたりも布団を取り返して二度寝する。
僕は置き時計を見るともうリオナたちが起きる時間だった。
それを伝えるとリオナは嫌々身体を起こした。
僕も目が覚めてしまったので起きることにしたら、寝ぼすけ組のオクタヴィアとヘモジも付いてきた。
「早かったな」
「エルリンいないとつまんないのです」
「つまんない」
「ナーナ。ナナナナ」
ヘモジは召喚獣だからご主人といつも一緒だと力説した。
後で聞いたところによると、気流の存在が確認できたら、それで満足してしまったらしい。さしたる目的があったわけでもないから当然といえば、当然だ。
テトがいいタイミングで気流を抜けたのも功を奏したようだ。
それでも帰還は明け方になってしまったようだが。
ヘモジとオクタヴィアを肩に乗せて、リオナと一緒に広場まで付き合うことにした。
「あとで面白い話を聞かせてやるよ」
広場で別れ際にリオナに教えてやる。
「分かったのです」
妹ちゃんと一緒に配達に行く後ろ姿を見送ると、肩に乗っていたふたりが「いいことってなーに?」としきりに聞いてくる。
「ふたりには面白くないことだよ。迷宮のクエストの話だからな」
そう言うとふたりは急に興味を失ったようで、炊き出しの方に視線が移っていった。
「まだまだ寒いからな」
最近のユニコーンたちのリクエストはポポラの実より、コーンスープだったりする。おかげで獣人の子供たちは人数分のバケツを用意する羽目になった。桶屋からお礼を言われたときは、最初なんのことか分からなかった。
代金はリオナが持ったようだが、当然、領収書は僕の所に来る仕掛けになっている。ケルベロスが売れれば何も問題ないだろう。
コーンスープをユニコーンがバケツで飲む姿なんて想像だにしなかった。
「ポポラの実より安上がりで済むから、わしらには有り難いがの」
長老曰く、滝の裏の保管庫には、小麦と同じぐらい、コーンの袋が山積みになっているそうだ。他にもタマネギ、ジャガイモ、塩に牛乳。
『異世界召喚物語』の記述では、コーンスープにはクルトンという物を乗せることになっているのだそうだ。パンをサイコロ状に切って、カリカリに焼いたものらしいのだが、正直意味が分からない。確かにパンを付けて食べると美味しいのだけれど。
「なんだか急にパンを付けて食いたくなったな」
「さすがに人数分のパンは急には無理ですよ」
振り返るとほっぺたを真っ赤に染めたエミリーが立っていた。
「エミリー?」
朝市に買い出しに行った帰りだった。
「そりゃ、いい考えだ!」
炊き出しのおばちゃんたちがざわめきだした。
「一食、浮くわね」
「そうね。子供たちだけでも食わせれば、わたしたちは別になんでもいいんだもんね」
子供たちの朝食を浮かせる算段を始めた。
「ちょっと誰かパン屋に行って、頼んできなさいよ。この時間ならまだ釜の火を落としちゃいないはずだよ」
「ユニコーンてパン食べるのかしら?」
「そりゃ、雑食だもの、小麦が原料のパンぐらい食べられるわよ」
「そういうことは自宅で、勝手にやっとくれ。子供たちに変な期待を持たせるんじゃないよ」
責任者のおばちゃんが手を叩いて言った。それもそのはず、子供たちは今頃聞き耳を立てているに違いないからだ。
「期待はしないと思う。お肉入ってないから」
「ナーナ」
オクタヴィアの意見に奥さん連中は黙った。
「それもそうね…… お肉がないんじゃ、一日の力が出ないもんね」
さすが獣人。
「今夜はシチューにしようかしらね」
この日の夜、獣人村のどの家庭でもシチューの匂いがしていた。




