少年Tの家出事件5
タラップの扉を開けると、白んだ空が目に飛び込んでくる。もうすぐ日の出である。
西部遠征の責任者である叔父、グレゴリオがいてくれて助かった。面通しがすんなり叶った。
「叔父さん、助かったよ」
「こんな所で何してる?」
僕たちは着の身着のままの状態で流されたことを話した。
そして長い飛行の足跡を証明するために書きためたメモを見せながら、数日間の冒険譚を語って聞かせた。
テトの作った地図の写しの作成がすぐに開始された。
船で夜通し二日ちょっと。航路から逆算して、ここから微かに見える山の稜線までの大体の距離が割り出された。
さらに火竜の巣の具体的な位置も地形から割り出すことに成功する。
魔物の棲息分布や河川の流れ、退屈のなせる技だったが、我ながら立派な地図ができあがったものだと感心した。手柄のほとんどはテトのものだが。
この地図だけでテトはしばらく遊んで暮らせるだけの報酬があってもいいくらいの出来だった。
ほぼ白紙の地図に、僕たちが飛んできたルート状に帯ができ上がった。火竜の巣が見つかったことが何より大きい成果だった。もちろん他の尾根にもいる可能性はあるのだが。
そして、別の地図が用意され、僕たちが飛ばされた気流の流れが記された。スプレコーンの北東国境の『神様の腰掛け』辺りから、火竜の巣のある尾根の先まで。
さすがの叔父も言葉を失っている。
領土拡張がなった暁には朗報となるだろうが、今は検証することもままならない。
新品の飛空艇を投入することはできないのだ。
内心、僕は装備を整え、みんなでもう一度チャレンジする気でいたのだが、こればかりは全員の同意がなければ実現は不可能だ。いつになるかは未定と言ったところか。
数日ぶりに人間らしい食事にありつくことができた。軍の食事だけど、取りあえず味が付いてる。
お礼として格納庫の肉を供出すると、思い切り喜ばれた。
補給物資は順調に運ばれてきていたが、この時期、天候次第では途切れる危険性があったのだ。飛空艇の受け渡しや運用は来月からなので、この大量の肉はそれまでの繋ぎとして大いに役立つらしかった。
要するに万が一に備えてセーブした配給の量だけでは満足できなかったというわけだ。この辺りには食えそうな獲物もいないしね。
僕たちは用件が済むと飛び立った。
リバタニアには昼頃着く予定であった。
実家で親父にも同じ話をしなければいけない。
ついでに帰還する予定だった人員を、少し前倒しして船で送り届けることになった。
格納庫に乗せた。あくまでキャビンはプライベート空間なので入室はご遠慮願った。
それでも充分、人生初の空の旅を堪能できるはずである。
肉がおみやげ分だけしかなくなって、テトは少し残念そうだった。
森を抜け、山間部の回廊を越え、半日ほど飛ぶと、ヴィオネッティーの主都リバタリアが見えてくる。
残念ながら予定を一時間ほど過ぎていた。向かい風が強くて到着が遅くなってしまったのだ。
僕たちは前回同様、城壁にぶつからないように大門の手前の広場に船を停泊させた。
帰還した兵士たちによって、僕たちの説明が門番になされ、やがて、僕たちはこの町の新造船用のドックに降り立つことを許された。
ドックは西側城壁に隣接した位置に増設されていた。降り立つとそこは既に西側城壁の上である。つまり同じ高さに三隻分の停泊スペースを造ってしまったのである。修理用の工房ドッグや、物資の搬入、搬出用のドッグが下のフロアーにあると言うからなおさら驚きだ。
「格好いい……」
僕たちは嬉々として景色を見渡した。
あの姉にしてこの母ありである。スケールが半端ない。
僕とテトはそこから実家に向かうことになった。
門番から知らせを受けた兄が玄関でまず出迎えた。
「とんだ目にあったな」
「こんにちは、兄さん」
「知らせをやったから親父ももうすぐ帰ってくる。母さんも庭にいるからすぐ来るよ。取りあえず食事にでもしようか」
見慣れた食堂に通された。
テトは貴族の屋敷など初めてだったので、カチコチに固まっていた。母さんが顔を出すまで緊張しきりだった。母さんとは顔見知りだし、かわいがって貰った記憶もあるので、顔を見たら落ち着きを取り戻した。
「来るのが分かってれば、開発中の発酵食品で料理を出してあげられたんだけど。在り来たりでごめんなさいね」
今は在り来たりが有り難い。
「悪いんだけど、僕たちがここにいること、家の方に伝えてくれないかな」
「あら、またなんで?」
僕たちの長い説明が始まった。食事をとっくに済ませている兄はワイン片手に聞き入っていた。父さんが来たときには既に僕たちは駐屯地に辿り着いていた。
母さんは話を端折って時間を巻き戻し、気流に巻き込まれたところから話して聞かせた。
その間に僕たちは食事を口に運ぶ。
駐屯予定地で叔父と話したことを説明し、メモ書きと地図を広げた。
親父が唸った。火竜の存在が計画の最大の妨げになると判断したようだ。
兄はもう山ごと削る気でいる。
結果的に家出中の身なので、母も引き止めることはなかったが、おやつの差し入れをしてくれた。
僕たちはドックに上がる城壁の階段を上り、船に乗り込むと、東に向けて再び舵を切った。
日が沈む前にユニコーンの森に入った。
やはり向かい風で予定時間から一時間ほど遅れていた。
「大丈夫か?」
町に近づくほど塞ぎ込んでいくかと思いきや、結構明るかった。
「うん。もう大丈夫。もう吹っ切れたから」
「吹っ切れた?」
「だって、こんな冒険ができたんだよ。すごく楽しかった」
大変だったろうに……
「普通の人はこんな体験できないよ。空飛ぶだけだって凄いことなんだもん」
晴れ晴れした顔を見せるテトを見つめながら、内心、長老を呼びつけて、なんとかさせる気でいた。幼子の給料を当てにして働かない親なんて大家として許せん。最悪テトをうちで引き取り、独立させることも考えていた。
見慣れた景色が眼下に広がる。『神様の腰掛け』が見えてくる。
ここで高度を上げたら、なんて冗談を言ってふたりで笑った。
やがて真っ青な城壁が見えてきた。
南側から回り込んでドックを目指す。
ドックに近づくと扉が開いた。
開いた先にはリオナを始め、大勢の人たちが押しかけていた。
スタッフが手旗信号で船を誘導する。
途中から、牽引ワイヤーを掛けてみんなが引っ張り始める。
停止位置まで来るとフックで船を固定された。
「着いたな」
「着きましたね……」
僕たちは背もたれにもたれ掛かって大きく背伸びする。思い切り脱力した。
ドンドンドンドン! と階下がうるさい。
「ハッチ、ロックしてたんだっけ?」
「二段ロックしちゃいました」
「それじゃ開かないな」
僕たちは立ち上がった。今回の唯一の成果である地図を持って、階下に降りる。
「今開けるよ」
僕はハッチの安全装置を外し、ロックを捻った。
勢いよく、扉が開いて、リオナが飛び込んできた。
抱き留めようとしたら、別の何かが突っ込んできた。
ヘモジだ。
リオナの頭を蹴飛ばし、飛び付いてきた。
ヘモジが顔面に貼り付き、リオナに頭突きを食らった。
「イタタタ」
リオナが頭を抱えながら、半べそをかく。僕はヘモジを引き剥がして抱き抱える。
「ごめん、迷子になっちゃって」
その場にいた全員の目が点になった。




