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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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少年Tの家出事件3

 僕たちの知る西方の未開の地はたぶん手前にそびえる山脈の向こう側にある。

「ヴィオネッティーの駐屯予定地はあの山の向こうだ」

 来た方角を考えるとそういうことになる。僕たちは駐屯予定地も、その遙か先にあるはずの西の山脈も越えてきてしまったのである。

「恐ろしく速い流れだな。一時間でここまで流されるなんて想像できるか?」

「でも、これで西方探索の往復に時間を割かなくて済むようになりますね」

「早めに降下しないとどこまで飛ばされるか分からないよ」

「今回の半分ぐらいでいいですよね?」

「火竜に遭った段階で手遅れじゃないかな」

「じゃあ、三分の一ぐらいかな」

「取りあえず戻ろう。着の身着のまま、手ぶらで来ちゃたからな」

「そうですね」

 僕たちは火竜の肉も回収しないまま、船を出した。

 安全圏に出るまでは狩りどころではない。この森の生態を僕たちはまだ分かっていないのだ。

 山脈越えで一日。その先何日かかることか。

 嫌な反応を大量に見つけた。

 火竜の巣だ。

 大きく北に迂回する。

「気が抜けないな」

「安全な場所があればいいんですけど」

「西部遠征の難しさだな。まず火竜の襲撃に備えるところから始めなければならない」


 日が暮れたにもかかわらず、僕たちは山越えを敢行した。もちろん奴らが鳥目だということを期待してだが。

 空の上では身を隠せないし、地上ではどんな敵に襲われるか分からない。

 せめて、もうひとりいてくれればテトへの負担が減るのだが。

 僕はテトを先に休ませた。

 真っ暗闇のなか、本来なら猫族のテトに任せたいところなのだが、やはりテトには明るい間、安全な状況で頑張って貰いたい。

 昔なら兎も角、『竜の目』がある今なら僕にもなんとかできるはずだ。

 まず星を確認する。空のなかでただ一つ動かない北天の星を探す。それ以外の星を目安に飛ぶと気付いたときにはあらぬ方角を飛んでいることになる。空の星々に比べれば、まだ地上に瞬く命の光の方が安定していて当てになる。

 真っ暗な世界が広がる。

 どんな敵がいるか分からない以上、地上を照らすわけにもいかず、ただ闇のなかを進むのみ。

 月でも出ていれば大分違うのだが、今は黒い雲に隠れて姿も見えない。

 息を止め、索敵を最大限に働かせながら、峠を越える。

 このときばかりは明かりを付ける。岩肌に沿ってひたすら上昇し、折り返しからは水平飛行。

 星を探す。山に隠れて見えない。そのまま進路を進む。星が見えたところで方向を修正。

 地上で目安になりそうな反応を探す。周囲より大きめの反応を見つめる。

「よし、このまま直進だ」

 一息ついた。

 火竜の巣の位置をメモに記録する。星の位置、大体の時間。風向き。大きな反応。兎に角記録する。何が参考になるか分からない。

 それにしても火竜の巣は想像以上に大きいし、広範囲に広がっている。

 実家に伝えなければならない。まずあれを叩かなければ、とんでもないことになる。東のワイバーンの巣なんて可愛いものだ。

 幸い彼らの注意は山の反対側に向いているようなので、今のところは問題ないが、人が押し寄せたらどうなることか。この緑の樹海が火の海になるような気がしてならない。

 地上では夜行性の獣たちが狩りをしている。光の集団が移動すると小さな光が一つ消える。そんな光景が木々の間から見え隠れする。

 空の上は静かに時が流れる。

 テトが隣で寝言を言う。

 思わずビクッとなる。

「脅かすなよ」

 あー、ビビった。

 散漫になる集中力を必死に引き止める。

 あと何時間耐えれば夜が明けるのか。

 ただひたすら暗闇を行く。空に星、地上に命の輝きを見ながらどこまでも進む。

 大きめの命の輝きはセンティコアだ。迷宮でなら特大魔石が出る水牛だが、ここではただでかい牛だ。奴がいるということは近くに川があるということだ。奴らの反応を繋ぐと大まかな川の流れが読める。僕はメモに追記していく。

 退屈凌ぎには何かするのが一番だ。

 精神を研ぎ澄まして、命の光の点を探る。

 小動物は取りあえず無視して、大きめのを調べていく。いい目印になるはずだ。

『吊るし首の木』を発見した。おまけのモグラの大群もだ。なるほど水が嫌いだというのは事実らしい。うまい具合に棲み分けがなされている。

 突然、動かなかった地上の光がワサワサと動き出した。

「なんだ?」

 大物でも現れたのかと周囲を警戒する。するとポタポタとフロントガラスに雨の滴が。

「雨だ」

 地上の動きから前線がどちらから来るのかがわかる。

 後方から追い掛けてくるようだ、というか追い越された。

 豪雨が船を襲う。大粒の雨が船体を打ち付ける。

 バババババ……

 テトが飛び起きた。

 片耳を変な方向に曲げて僕の顔を見つめる。

「雨だ」

 さすがに前が見えないのでこの場に待機だ。

「凄い……」

 テトが身を乗り出す。

「結界は?」

 言われて僕は魔石を見た。

「問題ない」

「どうして雨粒は防げないんですかね? 水魔法は防ぎますよね?」

「たぶん魔素が含まれてないからじゃないかな?」

「魔素って?」

「魔力の元かな」

「ふーん。だったら物理結界は?」

「たぶん、雨粒をカウントしてたら結界の魔力が簡単に空になるからじゃないかな。船の装甲で防げる程度の力は逃してるのかも…… 待てよ」

 突然、雨音が止んだ。フロントに当たる雨もなくなった。

「?」

 テトが不思議そうに外を覗き込む。

「僕が結界を張った」

「魔力平気?」

「豪雨相手にどれくらい持つか、試したことないからな。ごめんな、起こしちまって」

「もう平気。お茶入れてくる」

 船は雨を受けなくなったが、その外側は滝壺の下にいるかのような降りっぷりだ。

 この雨じゃ、火竜も飛び立てまい。

 小休止と行こう。

 テトがポットに茶葉を入れて戻って来た。トレイにはふたり分のカップ。

 食品庫のなかは空だったが、お茶っ葉の瓶だけは操縦室の棚に置きっ放しになっていたので助かった。食事は出がけに食べたケーキが最後だ。火竜の襲来を考えていたら、食事する間がなかった。

 僕は魔法でポットに水を注ぐと、そのまま沸騰させた。

 少し蒸らすためにポットを台の上に置く。

「やみますかね?」

「腹が減る前にはやんで欲しいね」

 カップにお茶を注ぐと白い湯気が立ち込めた。

「急に冷えたな」

 僕は部屋の空気を魔法で一気に暖めると火の魔石を作動させた。

 僕たちは無言で紅茶を啜った。

 フロントガラスが曇りだしたので、僕は魔法で水気を集めてポットに絞り出す仕草をした。現にそうしてガラスの曇りを取った。

 その光景を見てテトが静かに笑った。

 曇り取り用のヒーターを作動させたばかりだったのに、僕が魔法を使ったからだ。せっかちな僕を笑ったのだ。


 それから雨は小一時間降り続いた。

 雨が小粒になると僕たちはようやく船を動かした。

 テトは僕の記録したメモと自分のメモの情報を統合して一枚の地図に仕上げていった。

 僕は高度を上げられるだけ上げた。

 雨雲が抜けて月の明かりが大地を照らしていた。

 星もまた澄み渡る空に以前より強く輝きだした。

 僕は船を加速する。

 見晴らしのいい空にもはや障害物はない。

 日の出まであと数時間。

 テトは読書をして暇を潰そうとしていたが、すぐにまた眠りに落ちた。


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