指名依頼と魔法少年8
まずは図書館。図書館は職員室の上、五階から一五階までの十フロアー分が割り当てられていた。それぞれのフロアーの入場にはゲートがあり、学生証の提示が義務づけられていた。
本日は案内の先生たちと一緒なので顔パスだ。
「あのこちらは?」
僕だけ止められた。生徒になる予定もなく、卒業生でもない僕を通すことに係りの者が難色を示したようだ。
「そいつは魔法の塔に顔パスで通る奴だ。エルネスト通行証を提示しろ」
僕は魔法の塔で貰った通行証を取りだした。一生使わないと思っていたのに、意外なところで役に立った。
通行証を見て驚いた係りの女性は僕をすんなり通してくれた。
何を驚いたんだろ?
僕は首を傾げる。
「最上階行きの通行証を持ってる奴は魔法の塔のなかでも十人もいないからな」
「ただの身びいきじゃないの?」
「馬鹿言え、最上階まで登り切るためにどれだけ魔力を消費すると思ってるんだ」
あそこのエレベーターには魔力を吸収する仕掛けがあるからな。
「でもジーノさんだって」
「あいつは次官だぞ。普段呆けているが、魔法使いとしちゃ、特Aクラスの化け物だ」
姉さんの使いっ走りだと勘違いしかけていた。それもそうか、次官だもんな。爺ちゃんの次に凄い人なんだよな。
あの人、優秀なのは分かるけど、事務の雑用ばかりで全然威厳が感じられないんだよな。
「あ、そうだ。薬」
「あれは冗談だ。真に受けるな」
「そうなの?」
「在庫は山ほどある。『必要なら金を持ってこい』と言ってあるから気にしなくていい」
「殿下は?」
「あいつは二日もすれば忘れる。どうしてもと言うならわたしが差し入れするから、お前は安易に薬をばらまかないことだ。『ビアンコ商会』だって在庫を抱えていることを忘れるな。値崩れを起こしたら困るだろ?」
マギーさんたちには恨まれたくないもんな。
とても落ち着いた基調の内装だった。
何度もニスを塗り直された床や柱、本棚やテーブルがぴかぴかに光っていた。本の背表紙は何度も修繕されている。ランプスタンドはとてもふるい様式の物で『本の番人』の妖精が彫刻されていた。
年期が垣間見えた。
幼い子も多いのでテーブルも本棚の高さも低めに作られている。
「引き籠もりたくなる空間ですね」
「まったくだ。僕の書庫もこの基調に変えようかな」
僕とパスカル君が感動している横で、姉さんは案内役の老人と昔話に花を咲かせていた。相当古株の教師らしい。長い白髭が床に届きそうである。
僕は近くの本を取る。一年生が閲覧できるレベルの本だ。
「……」
子供の読み物だった。役に立たない、魔法使いが出てくるだけの童話だ。
それから、実験棟やら闘技場を見せて貰った。
生徒がいる場所はさすがに気まずいのでこっそり素通りする。
「ここが最終試験場だ」
姉さんが突然振り向いた。
「最終試験場?」
それは広大な敷地に高い防壁だけがある場所だった。周囲をグルリと見慣れた魔法障壁が取り囲んでいる。壁の手前に直径二メルテ程の大きな丸い装置が置かれていた。
「実際の城壁に使われている障壁展開用コアだ」
巨大な石に無数の魔石が配置され、各種障壁用の魔法陣が刻まれている核心部分だ。
「ここで何するわけ?」
「持ち時間十分で障壁を突破して、装置を止めるまでが試験だ。因みに装置を破壊するのもありだ」
「高いんじゃないの?」
「実際に障壁を発動させているコアと今見えているコアは別物だ。あくまで擬似的なシステムだが、その分あれには本物と寸分違わぬ術式を施してある。やってみるか?」
「え?」
「見てみたいです。エルネストさんが魔法を使うところ!」
ちょっと、パスカル君! 今まで散々、火の魔法を見せてあげただろ? ヘモジだって一応魔法だぞ!
僕は頷いた。
姉さんがチャンスをくれるのなら、卒業試験を受けてみるのもいいだろう。卒業証書なんてないけど。
「やらせてもらっていいですか?」
白髭の老人が頷いた。
「決まりだ。持ち時間は十分。それまでにコアを止めろ。動ける範囲は防壁の内側だけだ」
なぜか姉さんが嬉しそうである。
「ああ、それから防壁の防御力は、以前お前が壊した館の訓練所の防壁より脆いから気を付けろよ。破壊するのは障壁だけにしておけ」
ええ? それって手加減しなきゃいけないってこと?
却って難しくなった。
制御系は苦手だっていつも言ってるのに。とほほ。
パスカル君が食い入るように見ている。
「そうだ」
忘れてた。ヘモジを召喚した。
「ナーナナー」
「お前何を?」
「すぐ出してやるって約束したから」
僕はヘモジをパスカル少年に委ねると、開始線に進んだ。
「ヘモジはみんなと外で見てろよ」
「ナーナ」
パスカル少年と防壁の外に出て、術者の背中側に設置してある観覧席に移動した。
「さてと」
パスカル少年のために何か見せてやりたいんだが。何ができるだろう?
一生残る何か。
これからの厳しい学校生活を乗り越えられるような目標。指針。背中を押してあげられるような何か。
僕は開始の合図にも反応することなく考え込んだ。
記憶に残る何か。
パスカル君が目指す先にあるもの。魔法の強さ? 便利さ? 違うな。可能性? そう可能性だ!
僕にはパスカル君に見せてあげられるものがある!
でもどうする?
威力を半減しないで周囲にもダメージを与えない方法……
皆がじれ始めた頃、ようやく僕は氷の魔法を発動させた。
全身を冷気が覆った。
空気がきらきらと凍り始める。
僕は全力でイメージする。巨大な魔物を。僕が今まで戦ったなかで最強の敵だった魔物。
試験会場に入りきらないほど巨大な翼。
硬い外皮。
鋭い爪。
頑強な顎。
すべてをひるませる鋭い眼光。
放課後になったのか、僕の展開する魔力に惹かれるように通りすがりの在校生たちが寄ってくる。
みんな『魔力探知』はしっかり習得しているようだ。
感覚を研ぎ澄ませるほど周囲の状況も飛び込んでくる。
観覧席に人が集まってくる。遠くからイベントを見逃すまいと必死に駆けてくる少年少女の姿が見える。
僕は魔力を膨らませながら彼らの到着を待つ。
大丈夫まだ完成しないから。
土台の足場を造形する。倒れないようにしっかり太く鋭い爪を地面に食い込ませる。長い尻尾を風になびかせるように。鱗の一枚一枚を再現する。
覚えてる。
奴の一挙手一投足を。
どんな魔物より狡猾だった。
何度魔弾をぶち込んでも沈まなかった。
力強い翼。
空力を考慮した流線形の美しい姿。
それでいて無数の硬く鋭い角。
口元から漏れる凍えるブレス。
「アイスドラゴン?」
姉さんと一緒にいた案内役の老人が呟いた。
他の講師たちもやって来ていたが、アイスドラゴンだと分かったのは老人だけだった。
観覧席はいつの間にか一杯になり、ザワザワとさわがしくなる。
「あれがアイスドラゴン?」
「あれが実物大なの?」
「ドラゴンて…… あんなに大きいのか?」
「なんだか氷像なのに怖い……」
「あいつ何する気なんだ?」
ようやくドラゴンの全身ができあがった。




