指名依頼と魔法少年3
「エルネストッ!」
鋭く磨かれた爪が僕の襟首を掴む。
「文句は宰相殿に言ってください。僕に決定権はありませんから」
実際、姉さんの驚く顔を見たがったのは宰相殿だ。僕じゃない。
「何が宰相殿だ。あれほど余計なことはするなと言っただろ!」
「僕は依頼を果たしただけだ。事情を説明しなかったのは姉さんの落ち度で、イデデデ……」
ほっぺたを思いっきりつねられた。
少年が姉弟喧嘩を見てきょとんとしていた。
年の頃は僕とさして変わらないが、純朴な少年だ。とても権力闘争の真っ只中にいていい少年ではない。
「おふたりはご姉弟でしたか?」
「計画の話は聞いてるわよね?」
「はい、母から。それにしてもさっきの魔法は凄かったですね」
別次元の住人のようだ。
計画がうまく進行していると思っているらしい。
「中級魔法だからね。学校を卒業しても使える人は一握りだよ」
「あのステッキもう一度見せて貰っていいですか?」
僕は懐から二本のステッキを取りだした。
「こっちが練習で使った物。こっちが本番で使った物だよ」
少年は物珍しそうにステッキを見比べている。
「見分けつきませんね」
「分からなくて当たり前だ。魔法使いは『解析』の魔法を使って見分ける。商人には商人特有のスキルがある。因みにこいつは『認識』スキル持ちだ」
「え?」
少年が固まった。
『認識』スキル持ちイコール覗き屋という認識は止めて欲しい。
「こっちを護身用に腰にでも差して持っているといいよ。残り十五発撃てるからね」
「いいんですか?」
「入学祝いのプレゼントだ」
これから死地に向かうんだから護身用の道具はあった方がいい。
「補充は魔石で…… 魔石って知ってる?」
「知ってます。薪の代わりにする石のことですよね。他にも畑に埋めると植物の成長がよくなるとか」
「畑? そうなの?」
「はい。うちは伝統農法なので土の石を定期的に畑に撒くんです。こう見えて僕も迷宮に潜るんですよ」
知らなかった。土の魔石っていらない子じゃなかったんだ。
「どこの迷宮に行ってるのかしら? この辺りだとパンテオン?」
「はい。霊廟です。初心者用の迷宮なので僕も真ん中ぐらいまでは潜れるんです。農家のみんなと年に数回、土の魔石を取りに訪れるんです」
初心者の迷宮って…… そう言うレベルなの? 農夫でも行けちゃうの?
「土モグラがいい感じなんですよね。余り襲ってこないのに十回に一回は石を落としてくれるんですよ」
魔石(小)が十回に一回…… それって確率いいの?
「どれくらい持ち帰るの?」
「泊まり込みで大体二十個ですね」
恐らく宿には泊まらないのだろうな。泊まる金があったら魔石三つは買えるからな。当然ポータルも使わないんだろう。
なんだか初心を思い出すな……
太陽が中天に差し掛かる頃、ようやくアポリニアーニに動きがあった。
馬車は隣りのアポリアーニの領地に差し掛かっていた。
川に架かった橋の中央に小さな検問所があった。
姉さんが窓から顔を出して対応する。
「なるほど」
「何?」
「なんでもない」
検問では問題を起こすつもりはないようだ。
一方で「待ってました」と言わんばかりに胡散臭い一団が手前の黒い森に集結し始めていた。
正規兵かな?
「馬車をその先で止めろ」
姉さんが御者に馬車を止めさせた。
そして細工し始めた。
「忘れてた。この馬車、魔法の塔が借り受けていたんだった」
なるほど。車輿に魔法騎士団の紋章を貼り付けたか。この紋章のある馬車を襲えばどういうことになるか。
果たして田舎貴族にこの紋章の意味が分かるかどうか。
僕たちは敵の待つ森に向かった。
馬車はゆっくりと森の入り口に差し掛かった。
日の当たらない街道には凍った雪が残っていた。車輪が轍に嵌まり馬が引きづらそうにしている。
一方で日の当たる場所はぬかるみが多く、気を付けないと車輪が泥に嵌まりそうである。
最初の弓矢が御者の頭を貫いた。
御者は声も上げずに馬車の後方に崩れ落ちた。
「ああっ!」
少年が惨劇を目にして声を上げた。
「大丈夫か?」
僕は御者台の方に声を掛ける。
「ナーナ」
御者用の小窓から小さな顔が覗いた。
「気を付けろよ。ヘモジ」
「ナーナ」
飛んでいったのは姉さんが作ったただの泥人形だ。
検問では姉さんが係りの者にチャームを掛けてやり過ごしていたのだ。
「何あれ! 子供?」
そりゃ、驚くわな。
太った御者のなかから小っこいのが出てきたんだから。
「さて、芝居の第二幕だ」
僕は御者台に乗り移り、接近してくる敵兵を火の玉で打ち抜いた。
「はっ、魔法防御か!」
魔力を増して火の玉を放り込んでやった。
火が付いてのたうち回り始めた。周りが雪だからすぐ消えるだろう。
「ヘモジ、馬車はいいから思い切り暴れてきていいぞ。悪い奴らをやっつけろ!」
「ナーナナー」
ヘモジが巨大化した。
「ポーズはいいから……」
「ナ?」
ヘモジに大量の矢が放たれた。だがヘモジのミョルニルがすべてを打ち払った。
パスカル少年は口をぽかんと開けて見上げている。余りに素直な反応に僕も姉さんもほくそ笑んだ。
僕は頭を出した兵士を御者台の上から仕留めていった。
接近を試みる兵士が結界にぶち当たって倒れた。運の悪い者はそれだけで脳震盪を起こして気絶する。
ぶつかってくれれば接近に気付くから、こちらもやりやすい。
『結界砕き』を使われる前に仕留めていく。面倒なのは苦手な火の魔法以外使えないことだ。それもこれもパスカル少年に間違えて貰うためだが。
姉さんは死角からの攻撃にだけ対応するだけで、こちらにすっかり任せきりである。
「ナーナ」
ヘモジが森の先を指差した。どうやら援軍が来たらしい。
ヘモジは大木を一本根こそぎ引き抜くと、接近する援軍目掛けて放り投げた。
大木は集団の目の前に落ちた。
街道は塞がれ援軍は散らされ、迂回しなければならなくなったが、そこには積雪が残っていた。嫌がる馬をけしかけ前進を強行するが、ヘモジの威嚇に怯えた馬は乗り手を振り落とし次々逃げ出した。
しばらく見るも無惨な戦闘が繰り広げられた。
森は一瞬で荒れ果て、街道は投擲された大木の山で一杯、周囲には無数の陥没が残った。
「……」
パスカル少年は言葉もなく扉の小窓にかじり付いていた。
余り窓に寄らないでくれるかな。僕は君にわざと間違われるように暴れているんだからね。
『遠目ではよく似てる』から、きっとうまくいってくれるさ。
「さてトドメだ」
僕は馬車の御者台に座ると馬車を走らせた。
「ヘモジ、もういいよ」
「ナーナ」
ヘモジが引き返してくる。そして馬車にのしかかるように巨漢をダイブさせた。
空中でポンと小さくなると僕の腕のなかに飛び込んできた。
「ナーナナー」
小さくなってもポージングは忘れない。
こっちは心臓が止まりそうだったぞ。
「怪我なかったか?」
「ナーナ」
擬人化したら傷も消えたそうだ。
僕は追っ手に向かって爆炎を放り込んだ。




