指名依頼と魔法少年2
翌日、試験会場に現れたのは僕ではなかった。
会場にいる何人かが驚いていた。驚いていたのはまず母親。替え玉を所望した張本人。そして姉さん、依頼を受けた胴元。そしてもうひとり。なぜか本妻のカッサンドラ・ザクレス。
それを見て笑っているのが、僕と宰相ロッジ卿という構図だ。
僕はすました顔でロッジ卿の付き人のような格好をしている。
少年の名はパスカル。彼は持ち込んだステッキを姉さんに鑑定して貰っている。
驚いていた姉さんも、試験官の役をこなすべくステッキを鑑定する。するとようやくこちらの意図をくんでくれたようだ。
頷くとステッキをパスカルに返した。
本来こうするのが筋であり、僕を雇う必要などなかったのだ。計画変更は織り込み済みとしれっとしている宰相殿には頭が下がる。案外、僕を採用したときからこうなると分かっていたのかも知れない。
「僕と似てます?」
「遠目ではよく似てる」
ロッジ卿がしれっと言った。
出汁にされる少年も気の毒に。
少年は緊張の面持ちでステッキを構える。
練習ではうまくいってる。問題ないはずだ。
少年はモゴモゴ適当に呪文を唱える。
「えいッ!」
教会の裏庭だった。第三者を寄せ付けないための警備を敷きながらの試験だった。
想像を絶する大爆発が起きた。
魔法を放った少年も呆然としている。
それもそのはず。練習で彼に渡したのは『火の玉』のステッキ。今彼が使ったのは『爆炎』が発動するステッキだ。
メルセゲルの町まで買いに行って正解だった。
「うまくいった」
宰相が僕に火を消すように合図した。
僕は燃えている庭の火を水流で消し止めた。勢い付けて流し込んだせいで少年が驚いてステッキを落とした。
僕は落としたステッキを拾うふりをして何の変哲もないステッキとすり替えた。
すり替えた物は『楽園』に送り返した。これで検査をされても僕の身体から証拠の物が見つかることはない。
「お見事! みごと大器の片鱗を見せて頂きました」
ロッジ卿が父親の手を取る。
「緊張して少々やり過ぎたようだが、まあいいだろう。魔力は申し分ない。合格を認めましょう」
姉さんも口裏を合わせる。
「そのステッキを見せなさい!」
なぜ母親だけでなく、本妻が慌てているのか?
僕は少年に心配しないで見せるように呟いた。
少年は碌に会ったこともない本妻にステッキを手渡した。
「……」
魔力が若干付与されるだけのなんの変哲もないただのステッキだ。
課題は『発現させること』なので、威力は問題ではない。今回は『絶対卒業するに違いない』と思わせる必要があっただけだ。
本妻はただのステッキをかじり付くように見ていた。
「わたしの目をお疑いですか?」
『ヴァンデルフの魔女』が怒気を孕んだ声で威嚇する。
とてもじゃないがただの貴婦人が太刀打ちできるものではない。本妻はすごすごと引き下がった。
動揺を隠せないのは母親も一緒だった。こちらはもうすっかり青ざめている。
依頼してきたのはそっちだろうに?
「では、ご子息はこのまま当方が預からせて頂きます。次の学期末には帰省できますのでご安心ください」
「ですが……」
自分の息子に魔力などないと高を括っていた領主もしどろもどろだった。
「ではザクレス卿」
宰相は領主と今後の話をするために城に戻ることになった。当然、本妻も後を追う。
「パスカル!」
母親が息子に抱きついた。
「なんてことを」
母親は唇を震わせている。
それもそのはず。これで息子は晴れて命を狙われる身になったからである。本妻の実家、アポリアーニ家に。
「母親の資金源ってほんとに父親の贈り物なんですかね?」
打ち合わせで僕は宰相に疑問をぶつけた。
「この領地にそんな余裕があるようには思えんな。もし裏金を作っているなら是非現場を押さえたいところだ」
相変わらずとぼけた人だ。
「どこから出たんでしょうか?」
「アポリアーニ家だろうな。それ以外ないだろ」
「アポリアーニ家?」
「本妻の実家だ」
そう言ってロッジ卿はチーズを噛んだ。
「ん! うまいな、これ」
「お気に入りでしたらお送りしますよ」
「では、いつも退屈している親父殿の分も頼むよ」
「相変わらずですか?」
「来たがっていたから書類を山ほど置いてきた」
僕たちは笑った。
「姉さんの話では家督争いに息子を参加させたくない母親の依頼ということでしたが、先ほどの話だと」
「黒幕は本妻のカサンドラ殿だな」
「母親と本妻は繋がっている? でもなんで? そもそもどういう状況なんですか?」
「聞いてないのかね?」
「依頼されたことだけやればいいと」
「相変わらず淡泊だな」
聞けば、元々の原因は西方の第三師団再編にまつわる騒動が発端だったらしい。この辺りの貴族も部隊再編のために一定数の派兵を求められていたのである。ザクレス領も例外ではなかった。が、領地を維持するのがやっとのこの地には派兵に回せる人員などなかったのである。
そこで当主自らが出立することになったのだが、当然そうなると問題になるのが万が一の時の後継ぎのことであった。子供のいない本妻は、養子を勧め、実家の血筋の者を養子にするよう促した。
領主はまだ若くはあったが、息子はパスカル少年のみで残りは全員女子だった。理屈から言って本来、パスカル少年を養子に迎えるのが筋なのだがそうはならなかった。
本妻の実家が隣りの領地を治めるアポリアーニ家だったからだ。
この辺りの領地はどこも小さく、食うのがやっとの生活であるらしかった。そのなかでも頭角を現わしてきたのがアポリアーニ家である。
ただこの家、評判がすこぶる悪かった。姻戚関係を盾にあちこちで相続問題を起こしていたのだ。
そのおかげで実質影響を与えられる領地が所領の五倍まで広がったが、その境界線は誰がなんと言おうと王家が定めたものだった。表だって奪うわけではないのでかろうじて見逃されてきたが、裏で姻戚関係を利用した独裁が敷かれている実体は、事ここに至って王家も看過できなくなってきたわけである。
「血がある程度濃くなるのは仕方がない。だが、苦情が絶えないというのは困りものだ」
独裁がよろしくないということだ。最近では他領の作付けにまで口を出しているらしい。
中央集権のなかに別の中央集権など許されるものではない。
要するに分を越えたのだ。
「奥方は本妻殿に家督争いのレースから降りるように促されたのだろうね。一連の計画を立てたのも本妻殿だろう。最有力候補を遠ざけている間に養子縁組を済ませてしまおうという腹だろう」
「ロッジ卿がいらしたということは…… 養子縁組を止めて、尚且つ、あの少年の安全を担保したい?」
「何も言わんよ。ただ、面倒ごとを長引かせるのは治政を司る身としては余りありがたくないという話だ」
「仕掛けて来ると思います?」
「でないとわたしが来た意味がない」
お互い顔を見合わす。
「レジーナには言わずにおこう。久しぶりに驚く顔が見れる」
なぜ本妻と母親がこうまで動揺しているのか?
僕が代役を演じなかったことで何が起こったのか?
一言で言うと信じてしまったのである。少年には魔法使いの素養が本当にあると。
血筋以外頼れるもののない脇腹の子供から、魔法という力に恵まれた将来有望な少年として格上げされたのである。
家督争いのレースから追い出すための仕掛けが、却って彼を大本命に押し上げてしまったのだ。
少年の荷物を用意した馬車に積み込むと、姉さんと僕は少年を挟んで馬車に乗り込んだ。
「パスカル!」
母親は今生の別れとでも言うかのように少年の名を連呼した。
「次の休みには帰れるから」
少年の方は捌けていた。不安や悲しみは置いといて、取りあえず旅を楽しむ気でいるようだった。
車輪は回り始めた。
景色が遠ざかると共に目の前の魔女から不穏な空気が沸き上がってくるのが分かった。




