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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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指名依頼と魔法少年1

 いつも通りの朝だった。

 でもそれは姉さんが訪れるまでのことだった。

「『銀花の紋章団』の指名依頼よ」

「誰?」

「あんたよ」

 狩りに行くために訪れたロメオ君に欠席の断わりを入れる羽目になった。


 ギルドのエントランスホールの椅子に腰掛けると姉さんがお茶と書類を持ってきた。

「依頼は少年をひとり魔法学校に入学させることだ」

「何それ? 僕の仕事じゃないよ。そういう仕事は魔法のうまい奴がする仕事だろ? それこそ魔導士の仕事だろ? 魔法の塔でバイトでも雇った方が賢明だよ」

「その少年は魔法が使えないのだが」

「はあ?」

「明日、その少年はある魔法学校の入学試験を受ける。裏口入学という奴で既に学校側とは話が付いている」

「ち、ちょっと、どういうこと?」

「替え玉受験だ」

 しれっと言った。

「悪事には荷担したくないんだけど」

「もちろん、わたしもだ」

「じゃあ、なんで?」

「よくある話だ。貴族の家督争いの騒動に巻き込まれてね。当人も母親もレースに参加したくないのだそうだ。だが、父親の方が乗り気でね」

「それで魔法学校に入るのとどういう関係が?」

「魔法学校は全寮制だ。入学したら最後、次の休みまで一定期間帰れなくなる。その頃にはお家騒動は終っているという寸法だ。それと、魔法学校というのは貴族といえども無茶を言えない場所だからな。なんたって主催は魔法の塔、つまり王家だからな」

 学校とは話が付いてるんじゃなかったのか? 王家がゴーサイン出したってことだろ?

 何企んでいやがる。

「駆け込み寺に少年をひとり放り込む手伝いをしろと?」

「父親も息子に素養があると分かれば諦めるより仕方ない。何せ優秀な魔法使いは貴重だからな」

「入学には保護者の許可が要るだろ?」

「魔法の塔直々の推薦だ。父親も断われない」

「何をすれば?」

「明日入学試験をやる。公開の試験なので父親も見に来ることになっている。そこでどんなことをしても構わん。試験を突破させるのがお前の仕事だ」

「試験官はグルなんだよね?」

「当然事情は知っている。ある程度なら手を貸すだろう」

「試験会場に持ち込めるものは?」

「魔法発現に必要なものなら大概認められる。杖だったり魔導書だったり。試験官の事前チェックがいるがな。試験は四属性の発現だ。火でも水でもなんでもいい。出せれば合格だ」

「それだけ?」

「間口は広いが出口は狭い。大概はふるいに掛けられ脱落する。入学者二百人から卒業者が三十人出ればその年は豊作扱いされるだろう。お前には『こいつは絶対卒業するに違いない』と父親に思い込ませて欲しいわけだ」

「親なら替え玉だと分かるんじゃないの?」

「その父親には本妻が別にいて子供がいない。気を使って妾腹の子供にはなるべく会わずにいたらしい」

「うまくいくと思う?」

「背格好を鑑みて、お前が選ばれた。安心していい」

 僕は大きな溜め息をつく。それが了解の合図だ。

「報酬は金貨百枚。成功報酬は更に百だ」

「妾腹なのによくそんな大金があるもんだね」

「父親からの贈り物を処分したらしい」

 なんか引っかかるな。

「これから打ち合わせに行く」

 僕は急かす姉さんを待たせて、少し考え込んだ。姉さんの口ぶりだと父親は碌に子供の顔を知らない。だったら僕を選ぶ理由はないんだよ。僕に似た顔なんて世界中にいくらでもいる。

 僕は何をすればいいんだ?

「言われたことだけしてればいいのよ」

 姉さんが僕を見つめる。

「考える人間は今回他にいるから」

「誰?」

「ロッジよ」

「宰相?」

 ハンロッジ・バナッテッラ卿。アールハイト王国の若き宰相殿だ。若いと言っても中年だが。

「王家絡みかー」

「愛する領主様のために頑張るんだな」

 くそ、最初から詰んでいやがる。

 僕は少し時間を貰って買い物に行くことにした。いろいろ備えておこうと思ったからだ。まず装備一式を『楽園』に放り込んでおく。万が一に備えて、最高機密の薬を小瓶に一つ。『神薬』だ。これがあれば取りあえずドラゴンが相手でも逃げられる。宰相が見ている前で飲む気はないけど、僕に依頼してきたということはそういうことだろう。


 午前中を買い物に充てて、午後から東の地ニケに飛んだ。そこから今回の舞台、ザクレス領に向かう。

 ニケに降り立った僕たちは駅馬車を捕まえた。

「なんで直接行かないの?」

「行きたくてもないんだ。ポータルが」

「そんな領地あるの?」

「ある方が少ない」

「そうなの?」

「この辺りは新興貴族の溜まり場だ。王家からポータル設置を許されるのはそれなりの功績を挙げないと許可されない」

「せめてゲートぐらい」

「お前はゲートを気軽に考えすぎだ。ゲートを置けば敵にも使われる。要害もない狭い領地がひしめきあっているこの辺りでは、急襲は致命傷になるんだ。南部と一緒にするな」

「アルガスって大都市だったんだな」

「交易の要衝だろうが」

「だから隣りの領地から駅馬車でたったの半日で行けるわけか」

 とても王家が気にする案件が潜んでいるとは思えないな。

 景色はどこまでも牧歌的だ。あるのは水車か風車か。雪に埋もれた大地は畑だろう。

 魔物除けの防壁一つない。

「魔物は?」

「道に迷った間抜けな狼ぐらいだな」


「見えてきたな」

 夕空に尖塔のシルエットが見えてきた。

「あれが魔法学校?」

 イメージより大分小さいな。町の教会みたいだ。

「編入試験だ。学校で行なうわけないだろ。試験官が現地に赴くんだ」

「そうなの? てことはここは少年の父親の領地?」

「お前には誰か常識を教える奴が必要だな」

「つまり姉さんの教育は常識に欠けていたと。いてっ」

 スネを蹴られた。

「取りあえず顔を隠せ。試験官とグルだと思われては困るからな」

「試験官だったの?」

「なんだ? お前のお守りだと思っていたのか? だったら報酬半分よこせ」

 スネを蹴り返してやった。


 町角で一足先に馬車を降りた。

 試験官殿は今夜は領主館に世話になるらしい。

 僕は試験会場の教会で一泊する手はずになっている。

 小さな町では教会が宿を貸してくれたりするので怪しまれることはない。多少のお布施は必要になるが。

 周囲に人はいない。犬が散歩してるくらいだ。

「夜分恐れ入ります」

 教会の扉を叩くと神父が扉を開いた。

 宿代わりの共同施設に通されるとそこには先客がいた。

「こんな所で何してるんですか!」

 ロッジ卿がひとりで質素な食事をしていた。パンとワインとプラムのジャムだ。

「遅かったな。レジーナも一緒かい?」

「すいません。準備に手間取ってしまって。姉さんなら領主館に向かいました」

 僕は神父に「これを」と言って、懐から切り分けたチーズを取り出した。『楽園』から引っ張り出したのだが。

 すぐにロッジ卿の分も含めて、皿に盛られて出てきた。

「味気ないと思ってたんだ。やはりワインにはチーズがないとな」

「いいんですか、ひとりでこんな場所にいて?」

「護衛は連れているよ」

 一瞬頭上に人影を感じた。驚いた。大分成長したつもりだったんだけど、上には上がまだいたか。宰相の護衛ともなると国のトップテンに入るような凄腕が付くんだろうな。

「安心して眠れそうです」

「明日の話をしておこうか?」

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