メルセゲルの町の戦利品
家に帰ると部屋中に大量の生地が広げられていた。足の踏み場もないほど大量の生地が散らばっている。
「どうよ。これが戦利品よ」
ナガレが自慢げに胸を張る。
「これでマント作るです」
「そんな薄い生地で作ってどうするんですか。却下です」
リオナがロザリアに駄目出しされていた。
「やっぱりドレスですよ。このピンクなんてどうですか?」
「こっちの緑の方が保護色です」
どこでドレスを着る気だ?
「フォーマルを一着ぐらい持っていても罰はあたらんだろう」
アイシャさんが話し掛けてきた。
「それにしたって…… こんなに…… 買いすぎだよ」
「どれも滅多に手にはいらん高級生地じゃ。使わない生地は町の生地屋にでも引き取らせればいい。元は取れるじゃろ」
そう言って生地を胸元にあてがう。
「これから仕立屋呼んで服を作って貰うのよ。エミリーやサエキの分だってあるんだからね」
ナガレが大量に生地を抱え込んでいる。
「フィデリオにも頼む」
「小便小僧にはいらないわよ。もったいない!」
ひどい言いようだな。柔らか肌の赤ん坊にこそ肌触りのいい生地が必要なんだぞ。
僕たちは食堂に移動してリュックを下ろした
「僕らの土産はこれだ」
食堂のテーブルの上にチーズや羊の肉を並べた。
「今夜お出ししますね」
エミリーがそそくさと奥に持って行ってしまった。
チーズ重くないのかい?
それどころではないらしい。気もそぞろである。
こっちの土産には興味なしか! なんか寂しいね。
ヘモジとオクタヴィアもリュックを下ろして、僕に手渡した。
「みんなと一緒のとこに置いとく」
「ナーナ」
「はいよ」
なんだかこの家で僕が一番下っ端に思えてきた。
僕は台所側の階段を降りて、地下の装備保管室に向かい、空き棚に小さなリュックをふたつ飾った。
居間の階段から覗くと当分生地の品評会は終らなそうだったので、僕は別件に取りかかることにした。
地下を横断して保管庫に向かう。そして魔石の在庫状況を確認する。魔石(小)が属性を問わず木箱いっぱい溜まっている。結構換金してるんだけどな。
これを魔石(中)か(大)に換えておくか。
そうだ!
「そっちの貨幣ってなんだった?」
僕は階段から顔を出すとそばにいたナガレに尋ねた。
ナガレは急に話さなきゃいけない大事なことを思い出したかのように堰を切って話し始めた。
「そうよ! 話そうと思って忘れてたわ。なんでもっと早く聞かないのよ!」
「そっちから聞いてくれてもよかったんだが」
「だから忘れてたんだって。そんなことより聞きなさいよ。それがさ。メルセゲルの通貨っていうのがね、魔石だったのよ! びっくりしちゃたわよ。だってそうでしょ? 魔石って魔物が死んで変化したものなのよ」
「それだけ価値があるってことだろ?」
「なんで最小通貨だけコインなのかしらね?」
「ポポラの実を買うのに魔石百個とかと一々交換するのか? それよりレートとか分かるか?」
「何よ、それ?」
「換金率だよ。こっちでルプリに換えるのと向こうで換えるのとどっちがいいかって話」
「それはアイシャに聞かないとわかんないわよ。換金したの、アイシャだもん」
驚いたことにメルセゲルのレートはクヌムと逆に安かったらしい。この大量買いの一因でもあったらしいのだが。残念なことに魔石の交換屋は存在しなかったらしい。それに通貨も違うようで、見せて貰ったコインは丸かった。
メルセゲルの町の特産は高級生地の布と魔法陣と魔法の杖だった。杖はクヌムと同様魔石で補充が利くタイプだ。
さすがにうちの連中が欲しくなるような掘り出し物はなかったらしいが。
「そっちはどうだった?」と聞かれたので羊の原毛の話をした。チーズや肉の話も。でも、こちらの本題はやはり魔石の交換屋の話だ。
「嘘でしょ? それってすごくない?」
さすがにレートの悪さには残念がっていたが、みんな新たな可能性に狂喜していた。
アンジェラさんには「整理整頓にはもってこいね」と肩を叩かれた。
すいません。早々に整理します。
夕食後『楽園』に入った。
相変わらず騒いでいる女性陣に気圧されて、僕は自室に籠もった。
砂まみれになっているか気になってもいたし、用事がないわけでもなかった。
書斎のある部屋は取りあえず砂まみれにはなっていなかった。
相変わらず快適だ。
サイドテーブルには既にお茶が用意されていた。
僕はソファーに沈み込む前に本を探した。
まずは錬金術関係の上級本だ。
僕が作ってしまった『神薬』という薬に関する情報が知りたかった。
そもそも『なんちゃって万能薬』の製造方法はオリジナルなのか? 僕が偶然見つけたものだが、過去に類似の製造方法はなかったのだろうか? この国にはなくてもどこか別の魔法が発達した国とか過去にあったりしなかったのだろうか……
本棚を漁っても本は光らなかった。
製法がオリジナルだと分かって誇らしくはあったが、疑問は疑問のまま残った。
でも製造方法以外の情報を掴んだ。それは薬の効能に合致するアイテムが過去になかったかという疑問だ。
一冊の本が光った。薬の名は『甘露』。『天から降ってくる甘い雨』だそうだ。太平な世になると神が降らせるという。雨を浴びた者は苦痛を癒やされ、死者すら蘇ったという。
まあ、さすがに眉唾だと思うが、ある記述が目を引いた。それは『草木は咲き誇り、枯れ木も色鮮やかな蕾を付けた』のくだりだった。
そうか! 人に使うから問題なんだ。植物の肥料に混ぜれば……
ふつふつと好奇心が湧き上がる。
成長促進とか、病気になりにくくなるとか。
ぐふふ…… 帰ったら実験だ。
他にも迷宮のなかの町に関する情報を収拾する。
こちらは様々な情報が見つかった。伝記やら冒険記やら攻略情報やら、奥様の食材調達メモとかにも載ってた。
迷宮内の町というのはどうやら珍しいものではないらしい。
専ら冒険者を誘う餌だというのが主な主張だった。
町によっては深部に到達するほど、軒先に並ぶ商品の質が上がっていくというおいしい話もあった。
一方、『黄金都市』に迷い込んだ冒険者が「銀の方が価値がある」と店主を騙して金をせしめた話もあった。次の日訪れたら『黄金都市』が『銀色の都市』に変わり果てていたという寓話のような笑い話だ。
深く潜ればという話は興味のある話だが、余り欲をかくと足元をすくわれるということだろう。
気づいたら大分遅くなっていたのでお暇することにした。
すっかり夜が更けていた。
「駄目だな。油断すると入り浸ってしまう」
水差しで口を潤すと僕はベッドに潜り込んだ。
「しまった、羊毛のこと調べるんだった……」
まあいいか、明日にしよう




