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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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閑話 ユニコーンの庭

突然ですが、閑話です。

 わたしの名前は『露草の薫る日向』。略して『日向』。一歳になりました。

 兄の名前は『草風』です。略さない名前は覚えてないです。ごめんなさい。

 ユニコーン以外のお友達も、リオナとか、チッタとか、チコとか、パン屋の娘のタリーとか、最近この町に越してきた果樹園の子で…… 兎に角、獣人や人族の子がいっぱいいます。

 最近、若様の土地が大きくなりました。壁の向こうにまた壁ができたそうです。

 兄は言いました。

「今日、新しいユニコーン専用の門が開く。みんなで見学に行くことになっているから、朝の散歩が終っても解散しないように」と。

 朝の散歩の時間には珍しく、寒がりの若様もいました。

 兄も久しぶりに会えて嬉しそうでした。


 散歩から帰って、褒美の果物をかじりながら説明を聞いています。

「出入り口は獣人村の脇を進んだ先のあの大きな門だ。あの門は緊急事態以外、これからは開いたままになる。これからはあの壁の向こうも配達エリアだ」

 周りのみんながどよめいた。

「僕たちの仲間も増えてきているし、配達先が増えるのはいいことだよ」

 仲間のユニコーンも喜びました。

「注意事項はこれまでと同じ、仲良くすること」

「はーい」

「それと、堀に川が流れているので水を飲もうとして落ちないように。水飲み場は用意してあるのでそこを利用すること。果樹園があるけれど、勝手に食べないこと! 獣人の畑だからおいしそうでも絶対に駄目だ!」

「はーい」

「育てていい?」

「畑の人に聞いて許しが得られたらな」

 ほんとは兄さんも果樹を育てたいと思ってる。角が疼いているはずだ。

「では、これから開門します。並んでお進みください」

 わたしたちは獣人のみんなと一緒に隣りの土地に入った。

「ひ、広い!」

 城壁のなかなのに凄く広かった。

「走っていい?」

「町中は危ないから駄目だ!」

「えーっ」

「壁の手前に広場が見えるか?」

 若様が口を開いた。

「見えるーっ」

 端から端まで広場だった。

「あそこはユニコーン専用の庭だから、好きに駆け回って構わないぞ。春になったら牧草を植えるからな」

この町で唯一不満だったことは走り回れないことでした。

 わたしたちは堀に架かった大きな橋を渡ります。

「ユニコーンには狭いけど、勘弁してくれよ」

 若様がおかしなことを言った。

 そう言えば兄さんは若様を背中に乗せて疾走したことがあるんだった。ユニコーンのなかでもプライドの高い兄さんが一度でも背中に人族を乗せただなんて、考えただけでミラクルです。

 そう、若様はユニコーンの足の速さを知っている。

 他の子たちは若様の言ったことに首を傾げていた。

 辿り着いた広場は確かに馬を基準に考えれば、これ以上ない広さだった。でもユニコーンの本気の走りだと僅かに数歩だ。

 言い過ぎました。

 兎に角、すぐです。

 わたしたちは柵を越えて、広場に入っていきました。

 足場は雪でぬかるんでいましたが、深くはありませんでした。

「水飲み場もある。至れり尽くせりだ」

 兄さんが感心していた。

 リオナが獣人の子供たちに注意喚起していた。

「この広場はユニコーンが走り回るところだから、危ないのです。みんなは入っちゃ駄目なのです」

 わたしたちは広さを体感するために走り回りました。

 思ったより広い…… 兄さんと同世代の仲間以外にはこの広さで充分でした。


 新しいエリアの半分を占める果樹園を見に行きました。

 まだ木もほとんど植わっていませんでした。

 木を植えやすいように地面を掘り返してあるだけでした。

 仲間の子がこっそり少しだけ植わっている木に力を分けていました。ウーヴァの木でした。

「冬を乗り越えられますように」

 このエリアは手付かずの森がまだ多く残されていました。いずれここも獣人たちの集落になるらしいです。

 堀の近くの集落が最近満杯になったと言っていました。今は隣りの集落の入居が始まっています。


「よーい。ドン!」

 急に騒がしくなりました。

 何事かと思ったら、広場の横を並行して走っている真っ直ぐな道で、獣人の子供たちが一列に並んで競争し始めました。

「いっちばーん!」

「二ばーん」

「嗚呼、スタートダッシュで負けたぁ」

「みんな足速すぎだよ」

 子供たちは一番端の壁を触って戻ってきて言った。

「今日のソリの一番滑りは貰ったぜ」

「まだ予選なんだからね」

 面白そうだった。

「リオナ、俺たちもやる」

「僕もやりたい」

 ユニコーンたちも興味津々だった。

「じゃあ、何か賭けるです。高い物とかは駄目なのですよ。子供は博打をしてはいけないのです」

「じゃあ、何賭ける?」

「じゃあ、明日の配達。負けたら譲る」

「やりたい人だけなのです! 幼い子もいるのです」

「分かってるって」

「年齢で分けるといい」

 リオナの召喚獣のナガレが言った。

「じゃあ、一歳未満でやりたい子いる?」

「幼い子の仕事を取るのはなしだぞ」

「勝った子にポポラの実をあげたらいいんじゃないか。年長者の負けた奴が」

「それはいい」

 兄さんが若様の意見に賛成した。

「じゃあ、一年未満の勝った子には二年未満の負けた奴が、二年の勝った子には三年の負けた奴がポポラの木の実を上げるってことで」

「俺たちが勝ったらどうなるんだ?」

「ポポラの実を失わないで済む」

 幼い子たちから笑いが起こった。

「俺たちにもなんかないのか?」

「分かった。今日だけな。祝いだと思って、全員に一個ずつやろう」

 若様が言った。

 みんなが無条件に喜んだ。

「それで何人ぐらいで併走できそうだ?」

「余り狭いのもどうかと思う。六体ぐらいがいいんじゃないか?」

「ならみんなの分とは別に、年長者の一等には僕から二つだそう。それ以外の年齢の一位には一個だ。五位と六位からは一個ずつ没収、一位と二位の相手に献上だ」

「つまり一等は二個、二等は一個か」

「五位と六位はお預けだ」

「無理に参加しなくていいぞ。足に自慢のある奴だけでいい」

 そう言われて黙っているユニコーンはいない。

「オスは馬鹿だから」

 メス以外は。

「わたしは出てみようかな。オス共を蹴散らしてやりたいし」

 女性陣もなかなか……

「負ければダイエットできるかもね」

「なんですって!」

 スタート地点とゴール地点に線が引かれた。ゴールの審判は目のいい獣人たちが務めることになりました。

 スタートの合図はリオナです。

 年少組が位置に付いた。わたしは兄ほど得意ではないので見学することにした。

「位置について」

 前脚の爪がラインに掛かっては駄目だ。

「よーい!」

「ドンッ!」

 一斉に六人の子供たちが駆け出しました。速い、速い!

 あっという間にゴールしました。年少は負けても失う物がないのでサバサバしていました。勝った子は嬉しそうに跳ねています。レースは三組行なわれました。

 急きょ獣人の子供たちが紐で輪っかを作って、一位の子に二つ、二位の子に一つ首に吊り下げました。

 そして一歳の組の番が来ました。こちらも三組走りましたが、最後の組がひとり足りなくなってしまいました。

 わたしが出る羽目になりました。

「がんばれ!」

 獣人の子供たちの羨望が痛い。頑張る気なんてなかったのに。でも、負ければポポラの実が……



「『日向』ちゃん、今日も出るの?」

「まだポポラの実が八個あるから、見学」

「出るときは応援するからね」

 最近、通りすがりの子供たちにまで声を掛けられる。

 いつの間にか十勝していました。

「王者の貫禄なのです。三階級制覇も夢ではないのです」

「そんなの興味ないよ。負けると取られるから。それが嫌なだけだもん」

「参加しなきゃいいのに」

 チッタが言った。チコが隣で頷いている。

「『勝ち逃げはずるい』て言うんだもん」

「だったら後ろから三番目でいいんじゃないかしら? 一位になる必要ないんじゃないの?」

「はっ!」

「…… まさか、気付かなかったとか?」

 わたしは耳を丸めた。

 次の試合でわたしは負けることにしました。


 その日は領主様と若様のお姉さんが来ていました。他にも普段見かけない大人たちが大勢遠巻きで見ていました。

「何あれ?」

 わたしが尋ねるとリオナが言いました。

「病気なのです。気にしなくていいのです」


 その日の競争は三着になりました。接戦だったので、下から三番目ぐらいを狙うのは難しかったです。

 なんとか入賞も、最下位も免れました。

 ほっとしました。

 領主様と若様のお姉さんが遠くで暴れていました。

 胴元がどうとか、赤字がどうとか騒いでいました。

「子供の遊びを賭けに使うなよ」

 若様が呆れていました。

 年長者の競争が続いています。

「『草風』頑張れ!」

 通り過ぎる兄さんに若様が声を掛けます。

 兄さんはすまし顔で通り過ぎます。でも尻尾は大きく揺れています。

 素直に喜べばいいのに。

 きっと今日も兄の勝利です。


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