西方遠征4
子供たちには菓子とジュースが振る舞われた。
「誕生日、行けなくてごめんなさいね」
僕じゃなくリオナに言った。
「みんなもうすぐ遠征に出るものだから、準備で忙しくてね」
「先発隊はもう出たの?」
「いいえ、ほんとは今日、あなたの船で空から確認してから投入する予定だったのよ」
「だったら、砦に行ってから、戻ってくればいいよ」
ピノが言った。
「西の未開拓地は遠いぞ」
「コンテナ降ろせば行けるよ」
テトも乗り気だ。
「今日中には帰れないぞ」
「お泊まりしたことないから楽しい」
チコも楽しそうだ。
オクタヴィアがこっそりクッキー缶に食べかけのお菓子を入れようとしていた。でも全員に気付かれていて、全員が唾を飲み込んでいた。
クッキーじゃないんだからクリームが容器に付くぞ。
「早っ!」
ピオトが呟いた。僕と目が合った。
「何?」
僕の皿の上にあった菓子がない。リオナだ…… お前なぁ。お姉ちゃんとしての威厳はないのか? 今はそれどころじゃないか?
「頬張りすぎだ」
チッタとチコに羨ましそうに見られている。
「もうすぐお昼なんだから、食べ過ぎちゃ駄目よ」
母さんにもやんわり怒られた。
「そうだ、昼はどうすんの?」
今からだと空の上ということになる。
「今用意させてるから、空の上で食べましょ」
それから、味噌と醤油の話になった。リオナはソースのレシピを披露し、子供たちの涎を誘った。
母さんの話を聞く限り、我が家のご先祖様のなかにこの手のことに命をかけていた人がいたらしい。かなり詳しい記録が残っていたようだ。
僕が『照り焼き』ソースに必要な『みりん』のレシピが餅米と麹と言っただけで、蒸留酒が必要だと言い当てた。異世界のものと比べるべくもないが、この世界の素材をいろいろ試していた記録も残っているらしい。当人の死と共に潰えた偉業も、かつてない我が家の資金難に際し掘り起こされ、世間に日の目を見ようとしていた。
「出航準備整いました!」
食堂の扉が開いて、冷たい空気と共に連絡が来た。
新たに乗り込んだのは両親だけだった。運用する人間は立ち会わないのかと言ったら、スタッフの運行訓練は購入する船体と同じ、第一世代の二番艇でやるという話だった。この船は遊びが過ぎて汎用型の参考にはならないらしい。
搭乗して早々ふたりは精力的に船内を探索した。
その間にこちらは操縦室で出発の最終チェックを済ませる。
ここまで来るのに使った魔石はロメオ君が番号を振って、保管用の袋にしまった。そして新しい石と交換する。後で消費した魔力を測定するためだ。
航行ルートを記録した地図を抱えたチッタが操縦室に入ってきたので、地図を受け取りロッカーに納める。西部の未開拓地を空白にしたヴィオネッティー領の新しい地図を代わりに渡す。
「準備完了!」
テトが手で外に合図する。外では棟梁が手を振っている。
方向舵が凍って動かないとか、勘弁して欲しいからな。チェックは入念にだ。
僕とチッタは部屋を出る。
チッタは指定席に戻り地図を広げ、僕は棟梁が乗り込むのをタラップで待つ。
「おー、寒っ!」
棟梁が震えながら乗り込んできた。
「よし、テト出発だ!」
『了解』
船がゆっくり持ち上がる。
今までにない軋みと衝撃があった。
補給物資のせいで完全に重量オーバーだ。
コンテナの『浮遊魔法陣』が作動すると船は何事もなかったように持ち上がった。
「効果覿面だな」
棟梁が外套を脱ぎながら笑った。
『これ以上無理』
テトの通信に今度は苦笑いだ。
「テト、バラストを抜け。駄目なら予備の魔法陣を動かせ。余力はあるはずだ」
的確なアドバイスをすると、僕に「酒は?」と聞いてくる。
僕は足元の樽を指差した。
熟成十四年もののリオナより年季の入った酒だ。
船は充分な高度を取り戻した。それと同時に横移動を開始した。
「思ったより広いのね」
母さんがリオナの案内で上から降りてきた。ヘモジとオクタヴィアがまとわりついていた。
一方親父は……
「エルネストあれはなんだ?」
二階から顔を出した。どうやら旋回スリットが気になるらしい。
僕は自分のライフルを持って二階に上がり、実際に撃つ仕草をして見せた。
感心しきりだった。
煙幕・粘着弾用の窓は棟梁が塞いでいた。筒は備品ロッカーに放り込んだようだ。さすがに憚ったようだ。グレーゾーンだしね。
「橋はどうするの?」
ロメオ君が顔を出した。
橋が流された現場を見ていくかどうか、親父に尋ねたら、「見ていく」と言うので進路をゴリアテのやや南寄りに向けた。
「さあご飯にしましょう」
母さんがランチのバスケットにしては大きすぎる包みを開けた。
「タ、ターキーなのです……」
大皿に載った黄金色のターキーが威風堂々とした姿で現れた。
まさか…… 船に持ち込むとは……
母さんが子供たちの皿に嬉々として取り分けていく。
子供たちの尻尾も大きく揺れる。
リオナはバスケットにパンを詰め、ロザリアは備え付けのキッチンでスープを温め直した。
親父も棟梁も砦の一件が片づくまではと、酒を封印していた。領主が勤務中の兵士の前に酒の匂いをさせて出ていくわけにもいかないからだ。視線を酒樽に泳がせつつ、ふたり仲良くジュースをチビチビやっている。
後方の見張りはオクタヴィアとヘモジがしていた。操縦もテトからロメオ君に交替している。まず子供たちから先に食事だ。
操縦室に僕とロメオ君が残った。誘惑から逃げてきたのか、親父が入ってきた。
「もうすぐゴリアテです」
「空から見るとやはりでかいな」
地上にせり出している一枚岩のことだ。地上部分だけでも五階層分有る巨大な岩だ。
船はゴリアテの大岩の横を舐めるように通り過ぎた。
「お誕生日おめでとー」
キャビンの方ではリオナの誕生日を祝って昼食会が始まったようだ。
楽しそうな声が溢れるなか、船は壊れた橋の上に辿り着いた。
ゆっくりと高度を落としていく。
「おい、なんだ、あの橋は?」
親父が川岸を指差した。
「仮設で僕が造ったんだけど。でかすぎた」
「気を付けろ」と言ったのに、馬車の轍が何台も渡河した跡が残っていた。
「あのままじゃ、不味いのか?」
「計算して造ったわけじゃないからね。強度的に問題がなければ、あのままでもいいかもしれないけど。基礎工事してないから間違いなく沈むと思うよ」
親父は早急に対処することに決めて、船の進路をミカミ砦に向けさせた。
「狭いんじゃない?」
「ギリギリだな」
僕と棟梁は真下を覗き込んで言った。
コンテナを一度に降ろすには砦の中庭は狭かった。
そこで一つずつ降ろそうと考えたのだが、ここで不具合が見つかった。
それは、別々に降ろそうとするとバランスを大きく崩すことだった。
左右に付いたオプションは別々に降ろすことを前提にしていなかった。一つずつ降ろすとなると、左右にコンテナを配するのはいい設計思想とは言えなかった。おまけにコンテナを降下させるには底面の『浮遊魔法陣』をオフにする必要があった。
全高が高くなっても船底に配置すべきだったと、ふたりで猛省した。
傾いたとき打ち消すモーメントが働かなければ船は姿勢を取り戻すことはできない。飛空艇なので落ちはしないが、大きな問題点であった。
船底なら魔法陣が船首と船尾に配置してあるので傾きを修正をすることは可能だ。飛行中の空気抵抗も少ないしね。
棟梁はオプションのコンテナ装備を再考することに決めた。今回は試作実験だし、改善点が出たことはいいことだ。
親父もその辺は分かっているだろう。
「ワイヤーの長さは八メルテある。それでなんとかしよう」
船が傾くことを前提に降ろすことになった。
船内の大概のものは固定されているので、人が窓から落ちなきゃ問題ないだろう。




