西方遠征1
新章突入です。冬の季節、後半戦です。
誕生日のドタバタの翌日、工房からお呼びが掛かった。
待ちに待った新造船の完成である。
朝も早くからロメオ君やテトたち子供たちを呼んで、こぞって工房に向かう。と同時に「今日、飛空艇で遊びに行く」と実家に連絡する。
「なんだこれ?」
船体の横に貼り付いたコンテナをピノとピオトが覗き込む。
「輸送用コンテナ?」
「ヴィオネッティーにデモンストレーションに行くんだから、ついでにな」
棟梁が言った。
「第一世代にも付けられるの?」
「西の空の都合もあるだろうがな。当座はしのげるだろう?」
「コンテナの下部に『浮遊魔法陣』が仕掛けてあるよ」
ロメオ君が嬉しそうにはしゃぎながら戻って来た。
「第一世代にも取り付けられる理由はそれか」
「その分の魔力消費は我慢して貰わんといかんがな」
「例のあれは付いてないの?」
ロメオ君が棟梁に尋ねる。
「オプション装備にするにはまだ技術的に時間が掛かりそうでな。取りあえず通常装備として組み込んでおいた。船底と両サイドに一つずつだ。船底は投下用の窓だけだが、側面には銃の仕組みを応用した射出機が付いておる。魔石の付いたただの筒だがな」
遠隔操作で目標を狙う仕組みができなかったらしい。真っ直ぐ飛んでいくなら兎も角、放物線を描いて飛んでいくとなれば、命中させるのは難しい。結局、人の感覚に勝る物なしということで、本船に配備されるに留まったわけだ。
射出機は追々改造していくそうなので、降ろさず載せておくことにした。
一応実験船という名目もあることだし。弾の補充があるなら、遊んでみるのもいいだろう。
「なかに入っていい?」
ピノが待ち切れなさそうだ。
「全員乗船! 出航準備!」
「やった!」
子供たちがタラップを駆け上がる。
「どうした?」
昇降口の手前で渋滞になった。
「こら、入り口で止まるな!」
棟梁が促す。
皆、立ち尽くすのも当然であった。
そこにあったのはとても船内とは思えない、高級サロンの一室だった。高級木材をふんだんに使った豪華なキャビンである。
「ちょっとした腹いせじゃ。領収書を見て驚くがいいわ」
零番艇を無残に破壊してくれた第一師団への棟梁なりの意趣返しである。
「前に進め、後ろがつかえとる」
子供たちが不安そうにこちらを見つめている。
絨毯の上を土足で歩いていいのか戸惑っていたのだ。
「いつも通りにしろ。みんなの船だぞ」
あっという間に笑顔になって席の取り合いを始めた。
僕は一通り見渡すと操縦室に向かった。
テトとロメオ君が既に趣味の世界を堪能していた。
「見てよ、これ。複座だよ」
棟梁の意趣返しは半端なかった。
座席の一つはテト専用のサイズになっていた。
「見晴らしもよくなったね」
雲母ガラスの透明度も増してる気がした。商会ボロ儲けだな。
「太った分窓も大きくなったね」
太った言うな。
操縦室を出ると今度はピノとピオトが飛んできた。
「すっげーよ。後ろ来てよ」
船尾の床下に人ひとりが通れる小さな入り口が付いていた。
「なんだこれ?」
なかを覗き込むとそこには後方が視認できる小部屋があった。どうやら後方狙撃室のようだ。前回の船にもあった自由に旋回するスリットが付いていた。
後方狙撃室の上には別の扉があった。
「あらまー」
「こんなものまで付けたんだ」
オープンラウンジだった。
頭上に気球があるので圧迫感があるが、外の空気を吸うことができるちょっとしたスペースになっている。過去の反省から、飛行中でも外側からの修繕を可能にするため、船外通路が船の周りを一周していた。
同じ理由から船の最上部に見張り台が設けられ、そこからブランコを垂らして、ちょっとした修理を可能にした。
「そこまでして修理したくない。修理するときは地上に降りるから」
僕の思いとは裏腹に子供たちの目は輝いていた。
「ここで駆けっこすんなよ」
先に釘を刺しておく。
手摺りもあるからそうそう落ちやしないと思うが。
景色を楽しむにはいいかもな。
ラウンジに戻ると二階への螺旋階段を上がる。
頭上スレスレだった天井が若干高くなっていた。前回同様、自由に旋回するスリット窓が設けられている。砲弾の側面射出用の筒を設置する場所が新たに設けられていた。
一階が豪勢になって荷物が置けなくなった分、ここは物置スペースにもなっていた。天井高もそのせいだ。
そして特筆すべきは螺旋階段のその更に先だ。三、四階部分である。ここはもう気球があるはずの空間なのだが、ちょっとした居住区ができあがっていた。
寝室である。
左右の壁に三段ベッド、真ん中に上下己型に互い違いに壁を区切った四段ベッドが固定されていた。カーテンで仕切られた十人部屋だ。ちょっとのっぽなプライベート空間でもある。
数が足りないが、操縦室にも簡易ベッドが二段あるので問題ない。空いたベッドをヘモジと猫が一つ。ナガレが一つだ。
螺旋階段を登ると、階段の床面積と同じ広さの四階小部屋に行き当たる。伝声管と、窓、天井にハッチがあるだけの見張り用のせまい空間だった。折りたたみ式の椅子が壁に備え付けられている。
「準備完了。すべて異常なし」
いよいよだ。テトの隣にはロメオ君が座った。操縦はテトだ。ロメオ君は魔力供給担当らしい。なるほど、複座にするとそういうメリットもあるのか。
天井が開いた。暗い工房に光が降り注いだ。
澄んだ青い空だ。絶好の航行日和だ。
「リフトオフ!」
「離昇!」
ロープが外された。
窓の外では早くも酒盛りが始まった。
いいのか? 一時間後には一番艇のフライトもあるんじゃないのか?
「しまった、酒を忘れた」
恒例の付き添いで乗り込んだ棟梁が言った。
「リバタリアで補給しましょう」
「仕方ないの。あやつら、うまそうに飲みおって」
笑えるほど悔しがっていた。
「発進!」
船体が持ち上がった。
「凄い……」
体感できるほど船体の剛性が上がっているのが分かった。
「いつものコースから外に出る」
「了解」
領主館の鐘楼の鐘が鳴る。
「許可が出たな」
「浮上しながら西に回頭」
ミカミ連山の南を抜ける航路だ。
「テト、どんな感じだ?」
「風の抵抗で旋回が重いよ。機体が変な方に流れるし」
「コンテナのせいだな」
「流線形に加工すべきだね」
「魔力消費は?」
「問題ないよ。通常航行時は『浮遊魔法陣』はいつも通りの数しか動いてないからね」
「コンテナの『浮遊魔法陣』は動いとるか?」
「まだ動かしてないけど」
「町の上空を離れたら動かしてみてくれんか?」
「了解」
ロメオ君が全ソケットに魔石をセットし始めた。
町の上空を抜けたところで、供給魔力を石に替えて実験開始である。
「あ、船が安定した」
「うまくいったようだな」
「後は空気抵抗だけですね」
「それは今は無理だな。我慢して貰わんと」
航行が安定したところでふたりを解放して、船内探索に向かわせた。
「じゃあ、しばらく楽しませて貰おうかな」
僕はロメオ君の席に座って操縦桿を握った。




