銀色世界と籠る人々6
「エルリンにはこれなのです!」
リオナが何かを出そうとしたとき、玄関の扉が叩かれた。
扉を開けると館からの使いの少女が青い顔をして立っていた。
「大変です」とだけ言って、あとはゴニョゴニョと言葉を濁した。どうやら僕たちに聞かれては不味いことのようで、仕方なさそうにヴァレンティーナ様が要件を聞きに行く。
「こっちに来ればいいのに」
ヴァレンティーナ様が呟いた。そして、振り返ると「ダンディーっぽい親父が来たわよ」とリオナに向かって言った。
「姫様ッ!」
使いの者が慌てる。
「ダンディー親父、来たですか?」
「ひとり?」
姉さんが尋ねた。
「そうらしいわね。悪いけどリオナを借りるわよ」
「気にしなくていいわよ。こっちは適当にやってるから」
アンジェラさんが答えた。
「ダンディー親父ね……」
僕もなんとなく誰が来たのか分かった。これでゾンビのこともなんとなく察しが付いた。
「プレゼントはお預けだな」
「仕方ないのです」
「行くわよ、リオナ」
心配そうな顔を僕に向ける。
「大丈夫。こないだぶん殴っておいたから」
リオナが笑った。
「行ってくるのです」
ヴァレンティーナ様と姉さんに挟まれてリオナが出て行った。
「誰? ダンディー親父って?」
ロザリアが尋ねた。
「リオナの親父だよ」
「偉い人なの? 使いの人が青ざめてたけど」
「まあね」
「そんな人を殴ったの?」
「一発しか入れられなかった」
「へー、強いのね。さすがリオナのパパね。それで、主賓の欠けたわたしたちはどうすればいいのかしら?」
ロザリアがヘモジを見て言った。
「親子の対面に水を差す輩をとっ捕まえに行こうかね」
「ヘモジ、ゾンビ鼠どこで見つけたんだい?」
ロメオ君が尋ねた。
「ナーナ、ナーナナーナ」
方角を指した。館のある方向だ。
「なぜこの町にゾンビ鼠が侵入できたのか?」
「町中で死んだ鼠を使役した」
「一匹だけだった?」
ヘモジは頷いた。
「ゾンビ鼠を使役する相手に心当たりは?」
「死霊使い」
ロザリアとロメオ君とアイシャさんが口を揃えて言った。
「あの親父、何か恨みでも買ったかな?」
全周囲を探査した。それらしい反応はない。
死霊使いといっても何もしなきゃ、ただ魔力の高い人だからな。探知障害の装備をしてたらまず分からないだろう。
「秘密結社なんかにたまにいるわね。死体を操る魔法使い」
秘密結社だとか暗殺集団はもう結構。
「警戒した方がいいな。死体を操るにはまず死体を作るところから始めるだろうからな。狙い目は館の使用人か…… あるいは館に出入りしている……」
「行ってくる」
ナガレが席を立った。さすがに心配になったか。
姉さんとヴァレンティーナ様がそばにいる間は大丈夫…… 待てよ。ヴァレンティーナ様狙いの線もあるんだよな。ヴァレンティーナ様を手駒にできれば、王の暗殺は容易い。
「さっきの使用人、妙に青ざめておらなんだか?」
アイシャさんが唇に手を当てた。
「寒かったんじゃないの?」
ロザリアが答えた。ロメオ君が頷く。
「急ぎの知らせを持って来たんだよな…… 走ってきたんじゃないのか? ここから館まで走ってきたら、頬が上気していてもおかしくないぞ。第一息も切らしてなかった」
全員が立ち上がった。
「バルコニーへ」
ロザリアが言った。
僕たちは彼女が何を言いたいのか、察すると全員で上に向かった。
「どうやって本体を見つけ出す?」
「わたしがやります」
「手があるのか?」
「教会にはあります。余り使いたくありませんが」
僕たちはバルコニーに出た。
「リオナたちはどこだ?」
館までの道程を追う。
「見つけた!」
ゲートを開いた。全員が飛び込んだ。
最後に僕も。
ゲートの先には四人の足跡があった。
みんながその足跡を追う。
「リオナ、聞こえるか。使用人に気を付けろ!」
僕たちが合流すると、三人の手で使用人が雪の上に押さえつけられていた。
「そのまま!」
ロザリアが呪文を唱えた。
一瞬、少女の身体が青く光った。
「今よ!」
ヴァレンティーナ様が少女の心臓を突き刺した。
「ぐぅあああああっ」
叫び声が上がったと思ったら、街道にローブ姿の怪しい影が飛び出してきて、そのまま悶え苦しみながら果てた。
「お見事」
ヴァレンティーナ様がロザリアを褒めた。
「殿下こそ。流石です」
咄嗟に連携したヴァレンティーナ様をロザリアは褒め返した。
ロザリアが使った魔法は憑依などで奪われた魂を取り戻すための回復魔法らしかった。本来善意の魔法なのだが、裏技があるようで、ヴァレンティーナ様はそれに乗っかったわけである。
本来、肉体の持ち主の魂に対して使う魔法を憑依した魂に使うと、憑依した魂が短時間ではあるがその肉体から出られなくなるらしい。その状況下でその身体が致命傷を負えば、遠くにいるはずの憑依者自身に被害が及ぶのである。本来絶対安全なはずの遠隔操作が仇になるのである。
「死んじゃったのです」
リオナが涙ぐむ。それもそうだ。凍ったように死んでいるのは僕たちと年も変わらぬ少女なのだ。でも彼女が死んだのは今ではない。そう思って心の傷を慰める。
「先月、見習いで入ったばかりだった……」
ヴァレンティーナ様が呟いた。
「誰が、どうして狙われたんです?」
「…… 陛下に聞くのが早かろう」
「陛下?」
事情を知らないみんなが顔を見合わせる。
「国王陛下ぁあ?」
全員が固まった。
「リオナの義理の父親なのです」
義理じゃないだろうに。誕生日のこの日にそれを言わせるのかよ。
ヴァレンティーナ様がリオナをそっと抱きしめる。
館に着くと、本人が大広間に亡霊のように立ち尽くしていた。
悪いのはあんたじゃないことは分かっている。でも、この怒りのやり場はどうすればいいんだ?
「すまなかったな、リオナ……」
「平気なのです。悪い奴はやっつけたのです」
僕と姉さんは部屋から出て行こうとした。
「犯人は必ずわしが裁く」
僕たちは黙って出て行った。
それから一時間ほどリオナは父親と語り合った。
何を語り合っていたのかは知らないけれど、泣いていたリオナが笑顔になって戻って来たので、許してやることにした。
タンスの件は、後宮の女官たちに気付かれたからだそうだ。
前妻後妻連中に隠し通せなくなって、苦肉の策だったわけである。適切な処理をされてしまう前に、なんとしても遺品を残すべく、誕生日にかこつけてリオナに送り届けたものらしい。
未練があったのは王の方だったわけだ。
何より、捨てた娘に会いに来る切っ掛けが欲しかったのだろう。
数日後、後宮の女官ひとりと後ろ盾になっていた貴族が不慮の事故死を遂げた。
彼女らの狙いは王の暗殺であった。
浮気してできた子供を王宮に残すためだったらしい。要は浮気した自分が放逐される前に、王を黙らせたかったのだ。
「プレゼント交換なのです」
リオナから僕に送られた物はなんといつぞやの置き時計だった。
「ありがとう、大事にするよ」
早々に内部の部品を錆びない材質に替えないとな。
「じゃあ、僕からはこれだ。誕生日おめでとう、リオナ」
取り出したるは肉用の特製ソースだ。
『照り焼きソース』と『デミグラスソース』。ついでにそのレシピだ。『楽園』から持ち出したものだから、材料に正直分からない物が含まれている。
「どうよ」
僕は胸を張った。
「ありがとうなのです! マーベラスなのです! ファンタスティックなのです! エルリンなのです!」
今までの付き合いで一番いい笑顔だった。
次の瞬間、口からは涎が…… 隣りにいる猫までも……
「呆れたわね。まさか、誕生日のプレゼントがソースだなんて」
そう言ってアンジェラさんはレシピを受け取った。
分からない材料はなんとか工夫して貰うとして。
「美味しいのです」
リオナは未だかつてない味を堪能していた。みんなも少しずつお相伴に与っては頬を落としそうになっていた。
オクタヴィアがまた妙な感動の仕方をしていた。
数日後。
「時計の領収書?」
僕の口座から引き落とされていた。




