閑話 オクタヴィアの一日
オクタヴィアの朝は早い。早すぎて誰も起きていないから、小さな口で大きいな欠伸をして、もう一寝入り。くしゃみを一回。コタツに潜る。
「ナーナ」
ヘモジがオクタヴィアの背中を揺する。
ご主人が階段を下りてくる足音が。
「早起き失敗」
急いで毛繕い。間に合わないから食堂に。ヘモジと一緒に席に着く。
「お早う」
若様がやさしく目の前まで料理の皿を運んでくれる。
「ナーナ」
ヘモジと一緒にチーズパンを半分こ。
「お早う」
ご主人がオクタヴィアの背中を一度だけ撫でて自分の席に。
最近おざなりだ。
エミリーがご飯を運んできてくれる。
「きょうはベーコンエッグとサラダよ」
ご主人は最近野菜スティックに嵌まっている。ヘモジも嵌まっている。
なんであんなのが美味しいんだろう?
半熟は顔に付くから食べにくい。
「みんなは?」
「リオナちゃんとロザリアさんはアルガスに買い物に行くそうです」
「妾はいつも通りのんびりさせて貰おう。書庫後で借りるぞ」
「どうぞご自由に」
いつもの休日。
「あー、何しようかなぁ」
若様が悩むのもいつも通り。
「あ、そうだ。姉さんからオクタヴィアにこれ」
みんなの視線が集まる。
なんだろう?
羊皮紙に書かれていたのは何かの地図だった。
紙と違うの?
「なんじゃ、これは?」
「お宝だってさ」
「あやつ、また何か企んでおるのか?」
「オクタヴィア相手にそれはないんじゃない」
「地図じゃな」
「どこの地図だろうね……」
若様が地図を裏返したりして調べている。
「あ……」
手が止まった。
「これ、火蜥蜴の洞窟だわ」
火蜥蜴の洞窟?
「火蜥蜴が出るのか?」
「無茶苦茶暑い洞窟なんだよ。それに」
「それに?」
「ナーナ」
みんなが若様に注目する。
「最深部にドラゴンの巣があるんだよね。フェイクだけど」
みんな一瞬の沈黙。
「しょうがない、一緒について行ってやるか」
若様がご一緒してくれる。
「ナーナ」
「面白そうじゃな」
「ドラゴンはやりませんよ!」
「ま、いいから、いいから」
ご主人もヘモジも乗り気だ。
みんな頭変だ。
オクタヴィアはランナウェー。
「こら、オクタヴィア、お前が逃げてどうする」
捕まった。
「耐熱装備がいるな。特に」
下を見た。視線の先にはオクタヴィアとヘモジがいた。
「ちっこい装備なんて売ってるわけないよな」
「わたしが作った長靴と手袋ならありますよ」
エミリーが持ってきた。
「おおっ!」
「ええと、お裁縫の練習で作ったもんなんですけど」
「でかした」
「ナーナー」
「これに術式を施せばなんとかなるじゃろう」
エミリーの馬鹿! ドラゴンなのに!
「そうだ、オクタヴィアちゃん。クッキー缶出してね。新しいクッキー焼けてるから」
はうっ、前言撤回! エミリーはできる子です。
ポータルを潜って、ナスカの町に。そこから別の転移結晶でやって来たのは火蜥蜴の洞窟?
「あっつい! あっつい!」
チビだから床からの熱をもろに受ける。おまけに黒いから熱の吸収がぁ。それに尻尾が床に触ると。
「あっつい! 火傷、火傷!」
若様がオクタヴィアの首根っこをつまみ上げて肩に載せてくれた。
「はーっ、焼き猫、なるとこ」
ご主人はケタケタ笑っている。自分の飼い猫なのに!
若様の方が百倍やさしい。
「ナーナッ!」
ヘモジがハンマーを投げた。
ドスン! と洞窟が揺れた。
あらー。
「火蜥蜴がぺっちゃんこ」
「ヘモジ、やり過ぎると洞窟が崩れるぞ」
怒られた。
「ナーナ」
『やり方変えるって』?
「涼しい」
若様の周りには涼しい空気が流れている。肩の上にいるととってもひんやり。
「ナァーーナァ!」
ヘモジがハンマーをブーメランのように投げた。低空飛行したハンマーが火蜥蜴を吹き飛ばしていく。
「はへー」
でも全部は死ななかった。
『あいつら面の皮厚い。手加減大変』
ヘモジもいらない子になった。
「ナーナ」
『洞窟ごと壊せば簡単!』
負け惜しみ。
「ナナナ!」
「違う! オクタヴィアだって、役に立つ!」
こっちに気付いていない蜥蜴に接近する。
「あち、あちッ」
焼けた小石を拾って、蜥蜴に投げる!
ポコン! 見事命中。
全力で逃げるッ!
馬鹿な蜥蜴が大口開けて迫ってくる! 作戦成功!
オクタヴィア、陽動任務もお手のもの。
「こら、オクタヴィア。チョロチョロするなよ。狩りに来てるんじゃないんだぞ。引っ張ってくるな」
怒られた。
「ナーナ」
ヘモジが呆れる。
リュックのなかでふて寝してやる。
「ええと、地図ではこの辺なんだけど」
なんだかいい匂いがする。
リュックから鼻を出してみる。
「とってもいい匂い」
頭を出して周囲を見回す。
「……」
あの壁の後ろからだ。
リュックから出て床に飛び降りる。
冒険者たるもの、罠には常に注意が必要だ。
「痛っ!」
スネぶつけた。なんでこんなとこに段差が。
「えい!」
ゴゴゴゴッ…
「!」
蹴飛ばしたら、なんか発動した!
壁が開いて、なかから無数の火蜥蜴が…… 頬袋を膨らませてこちらを狙っていた。
ご主人に手足を括られて、リュックのなかに放り込まれた。
「ニャー、ニャー」
「うるさい、馬鹿猫。騒ぐと火口に放り込むぞ!」
あー、もう動けない。助けて、ヘモジ。
「ここだな」
若様が何か見つけた。
手足の紐をほどかねば。
こんなこともあろうかと、両手を組まされたときがんばって隙間を開けておいたのだ。
「なんでこんな所に部屋があるんじゃ?」
「これなんだ?」
カンカン、硬くて乾いた音がする。
「うー、にゃーッ」
縄抜け成功。
リュックから頭を出すと、なんか細長い木切れがたくさん木箱に収まっていた。
匂いは木切れからだ。
あれも香木?
「これは、まさか!」
若様が黒い石の表面をナイフで削り出した。
「間違いない。これは鰹節だッ!」
「?」
「ナ?」
「カツブシ?」
若様に言われるまま、リュックにカチカチの木切れを放り込んでいく。予備の頭陀袋も満タンになった。
荷物、いっぱいになった。
ドラゴンとの決闘はお預けだ。
ふっ、命拾いしたな。
家に戻ると若様の姉ちゃんがいた。
「ご苦労様」
頭陀袋のなかを見て言った。
「随分たくさんくすねてきたな」
「え?」
「くすねた?」
……
「あそこは火の妖精の作業場だ。水の妖精に会いたいばかりに魚をちょくちょく仕入れるのだが、いつも腐らせてしまってな。だから、わたしが鰹節にする方法を教えてやったんだ。以来ひたすら作り続ける始末でな。たまにくすねてやらんと、部屋がいっぱいになってしまうんだ」
妖精さんのものだったのか。お金置いてきた方がよかった?
「ナーナ!」
ヘモジも『盗むのはダメだ』て言ってる。
「で、本当の理由は?」
若様が言った。
「母さんに触発されてな。一月前にチャレンジしたんだが、途中で飽きた。あとは乾燥させるだけだったんで。そのまま放置しておいたんだ。頃合いだったんで取りに行って貰ったわけだ」
「なんであんな場所に?」
「台所でできないこともないんだが、蒸したり長期乾燥したりするからな。邪魔だろ? それに魔法で簡単に済ませたかったし。技術漏洩の問題もあるからな。カツオが暖かい海で取れる大きめの魚だとしか分からなかったから、似た魚をいろいろ試さないといけなかったし。それにしても、これから狩りか?」
「え?」
「違うのか?」
「洞窟に行って来たんだろ!」
「ナスカからゲートで直接行けただろ?」
全員が姉ちゃんを睨んだ。
「地図に書いてなかったか?」
鉋で真っ黒な表面を削る。
これが魚だったなんて信じられない。まるで木の表面を削ってるみたいだ。
「これで出汁を取るんだ」
「どんな料理ができるわけ?」
「……」
姉ちゃんは沈黙した。
削り節を貰った。
いい匂い。ヘモジに半分あげた。
その日の夜、若様がへんてこりんな料理を作った。
太いパスタが泳いでいるだけの透き通ったスープ。
へんてこりんな味がした。でも……
「うどん、美味しい。お代わりッ!」
リクエストにお応えして猫の話です。
エルネストがどうやってうどんを作ったのかは本編で(笑




