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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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銀色世界と籠る人々3

 女性陣が風呂に入っている間に、僕はリオナを寝かせて薬の確認をしに地下に下りた。

 既に外はどっぷりと日が沈み、綿雪がちらついている。

 正規の材料で作った万能薬は既に完成していた。当然といえば当然だ。寝かせる必要がそもそもないのだから。他の瓶はまだ『なんちゃって万能薬』のままだ。

「入るぞ」

 姉さんの声だ。

「どうぞ」

「道場の地下に研究施設を作ったんじゃないのか?」

「別に物騒な発明してるわけじゃないからね。ここで間に合ってる」

「やられたか?」

 稽古のことだ。

「いつも通り完敗だった」

「そうか」

 姉さんが薬瓶のラベルを覗き込む。

「今更、何してるんだ?」

「霊水と金枝を手に入れたもんだから。オリジナルのレシピ通り作ったり、いろいろ比べてるんだ」

「万能薬で充分だろう?」

 姉さんが呆れている。

 検証はしないと。それくらい普通だろ?

「前に聞きそびれたが、その宝箱…… 鍵がないと無理か?」

「爺さんはそう言ってた。どんな鍵師も開けたがらないだろうって」

「実物、見せて貰っていいか?」


 霊水は保管庫の一番奥に壺ごと置いてある。

「これが……」

 姉さんはまじまじと見つめる。

「金枝はリオナの部屋に植えてあるよ」

「植えてある?」

 リオナが寝ているところ悪いが部屋に入らせて貰う。

 リオナの寝床があるツリーハウスの手前、部屋の中央に一本の木が生えている。

「神樹……」

 まさかこんな近くに生えているとは誰も思うまい。

 宿り木は神樹の枝に丸い房のようにぶら下がって生えていた。

「売る気はないの?」

「誰が買い取ってくれるわけ? 厄介ごとが増えるだけでしょ」

「それもそうだな」

 リオナの部屋を出て再び地下に。

「また、薬を調べて欲しいんだ。普段作ってる薬とどれくらい違うのか」

 僕は、正規の材料で普通に作った薬と、自分の手法を加えた薬、霊水と金枝のどちらかだけを加えて自分の手法で作った薬の瓶を並べた。

「違いが出ると思うか?」

「材料の節約ぐらいにしかならない気もするけど。可能性はゼロじゃないだろ?」

「トップシークレットもいいところね」

「姉さんもいるなら材料取りに行く?」

「いいえ、結構。必要ならここに貰いに来るわ」

 僕たちは地上に出た。

 地上ではオクタヴィアとヘモジが仲良く小さなコタツで寝ていた。

「随分おかしなことになってるわね」

「普通に迷宮探索してるだけなんだけどね」

「母さんも餅販売に味を占めて、いろいろやってるみたいよ」

 聞けば醤油だけでなく味噌蔵まで建てたそうだ。大きな麹室(こうじむろ)まで建てて本格的にやる気らしい。

 今度『楽園』に行ったら、発酵関係の書籍を探してみるか。

 母が急に羽振りがよくなったのは、餅が売れているせいだけではない。例の財宝を換金した兄たちが母さんに投資しているせいだ。

 結局、裏金作っても使い道ないんだもんな。兄さんたちにも困ったもんだ。

 僕は勇者伝来の発酵レシピが食べられればそれでいいんだけど。

「あれ? そういやロザリアは帰ってきた?」

「帰ってきましたよ。随分お疲れのようで、もう自室でお休みになってます」

 暖炉のテーブルでエミリーがひとり残業していた。

「エミリーはまだ寝ないの?」

「帳簿を付けたら休みます」

 普段はフィデリオが寝ている間にやっていたらしいが、今日はフィデリオが動き回っていたので、時間が取れなかったらしい。

「あ、そうだ。定期便の代金はどのように計上致しましょうか?」

「あれは、リオナとアイシャさんの財布から出すから気にしなくていいよ」

「スルメは?」

「あれは僕の財布から。スルメは定期便じゃないからね」

「なんだ、違うのか?」

 姉さんがお茶を入れて持ってきた。エミリーに出してやる。

「試しに買っただけだよ」

「今度来たら定期便に加えておいてくれ。誰かしら食べるだろう」

 食いたいのはあんただろ!

「そうだ! どうしてマヨネーズ、分離させないで作れるのさ?」

「よく混ぜればいいだけだ」

「え? そうなの?」

「人力じゃ疲れるからな、魔法で兎に角攪拌するんだ」

「攪拌するのは風ですか?」

「否、水だ」

 どうやらエミリーはチャレンジする気らしい。どうやらマヨネーズの虜になったらしい。



 翌朝はいつになく騒がしくなった。

 姉さんたちは視察と称して、リオナとナガレといっしょに朝食を取り、ユニコーンの散歩に同行した。

 どうやら一日掛けてうちの敷地の探索をするらしい。

 アトラクションみたいなもんだから、きっと楽しめるだろう。

 考えてみれば、姉さん以外、余り立ち入ったことのない場所だ。

 第二陣が起きてきて、食卓を囲む。

「もう、酷い目にあっちゃったわよ」

 朝から愚痴を吐露したのはロザリアだった。

 なんでも女の子同士の買い物にアルガスの商店街まで行って、閉店まで付き合わされたらしい。パーティーは現地解散したらしいが、弟が付いてきて目障りだったらしい。

 あんな目にあってひとりでいるのが怖かったのかも知れないが、貴族の体もあって、使用人にも甘えられず、結局姉の腰巾着。分かる気もしないでもないが、付き合わされたロザリアには気の毒としか言いようがない。

「生まれて初めて、敗北した剣闘士みたいだったわ」

 弟をそう評した。言い得て妙である。

「今日はゆっくりさせてもらうわ」

 そう言ってパンを一かじりすると目を丸くする。

「美味しい!」

 バターではなく、マヨネーズを塗ったらしい。

 ロザリアの歓声にねぼすけ猫も起きてきた。

 そう言えば猫用の陶器の食器がいつの間にか我が家に……

「お母様から頂きました。ご自身で焼かれたとか」

 エミリーが察して教えてくれた。

 母さん、壺だけでも重いだろうに。

 歪んだ猫の絵がいい味を出している。

「おはよう、昨日は勝てたか?」

 アイシャさんも起きてきた。

「全敗しました」

「お主は本番じゃなきゃ力を発揮しないタイプじゃからな。あの連中に手を抜いては、勝てるものも勝てはせんじゃろ」

 手を抜いてる気はないんですけど。

「そうですかね」

「サボり癖が付いているということじゃ。ここがな」

 そう言って僕の頭を小突く。

「今日は大人しく食べてるな」

 オクタヴィアを見下ろして言った。

「うまい、うまい」

 オクタヴィアが目を細める。こちらは焼き魚をほぐした身に香り付けに醤油を一垂らししただけのものだ。香り一つでこうも食い付きが変わるとは。

「これは絶品じゃな」

 アイシャさんは野菜スティックをマヨネーズに付けて口に放り込んだ。

「そういや、母さんは? まだ寝てるのかな?」

「いえ、朝早く、皆さんと出かけましたよ」

「そうなの?」

「はい」

 珍しいこともあるもんだ。姉さんと一緒とは。

 しばらくして母さんが帰ってきた。ヘモジを抱えて。

「ナーナ」

「売り場を見てきたのよ。随分広くなったのね」

 増築で、ガラスの棟の売店も広くなったのだ。

「あれなら、醤油も味噌も置けるわね」

 そういうことですか。


 母さんは帰り支度を始め、みんなが戻ってくるのを待たずに帰っていった。帰りはうちの転移部屋からポータルへ一分もかからない旅だ。

 新設した蔵や室がどうしても気になるらしい。なんでも温度管理が大変なんだとか。

 それに味噌や醤油を使ったレシピがなければ売れないからと、家の蔵に眠っている文献を掘り起こすという。


 みんな私用でいなくなったので、僕は『ビアンコ商会』の造船ドックに顔を出した。

 あと一週間でロールアウトだというのに、待ちきれなくなってしまった。

「ほえーっ」

 以前と同じ船なのか?

 僕は零番艇を見上げた。

「一回り大きくなってない?」

 僕が呟くと「魔力を通すケーブルを装甲の内側に隠したんだよ」とロメオ君が声を掛けてきた。

「ロメオ君、いたの?」

「そろそろだと思ってさ」

 さすが同士である。


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