エルーダ迷宮迷走中(ワイバーン編)22
その夜、僕は書庫に籠もりスプレコーン近傍の地図を見ていた。地形は若干現代のものとは違う、古地図と呼ばれるものだ。我が家で一番地形を把握しやすい地図だ。
呆れることなかれ、秘密基地の候補地を探しているのだ。
さすがにない物はない。海はないのだ。海に繋がる川も大きな船を浮かべるには無理がある。
「候補地はやっぱり西にそびえるミカミ連山と南東国境付近ということになるな」
やはり西だろうか。東は未開の地が近いし、ワイバーンの巣もある。
ここから北西、エルーダ村の南東に位置するアルガスとの国境、ミカミ連山には、普段使っている振り子列車の発着ホームがある。
万年雪があるからな。標高が高すぎる気がするけど、でも転移結晶の跳躍距離を考えるとこの辺りが限界だ。
問題は駅のホームの上に何があるかだ。
姉さんも闇雲に穴を掘ったわけじゃないだろうから、位置確認のために一度は地上に出ているはずなんだ。
素直に聞くか? でもなんでと問われたらどうするか? 景色を見たいという答えが通じる相手ではない。秘密基地のはずが候補地選びの段階で秘密ではなくなってしまう。
かと言って、空から行って出入り口を見つけるというのは不可能だ。
取りあえず現場に行ってみよう。どうせ明日は狩りの日だ。
案ずるより産むが易し、かも知れないし。
いや、やっぱり駄目だ。姉さんがセキュリティーを施してないわけがない。仮に出口があったとしても只では済まないだろう。
ここは、言い訳を考えた方がよさそうだ。
翌朝、いつもの面子でエルーダ詣でである。が、その前にゲートから跳んだ先の、振り子列車のホームから地上へ出ることになった。
姉さんを連れてくることに成功したのである。
「出入り口は閉じたんだ。今は換気用のダクトがあるだけでね。どこだったかな?」
姉さんが幼い頃の記憶を頼りに出口を探す。
「あった、これだ」
進行方向を見て、左手の一番先のつるつるの壁のパネルの一枚を指差した。
聞いてよかった。意外な方角にあった。
僕が外側のパネルを剥がすと、姉さんは易々と穴を掘り始めた。
慣れたもんだな。
壁は五メルテ程掘っただけで外界に出た。
「今のわたしなら二十メルテは掘るな。これじゃ、ドラゴンの襲撃に耐えられない」
何を想定してるんだよ!
「凄いのです」
景色を見たリオナが感嘆した。
雪化粧の山々が見渡す限り続いていた。
こんなに高い場所に駅があったのか。エルーダの村と同じ標高だと言っていたけど、随分高く感じる。
只こちらからは山しか見えない。スプレコーンもエルーダもこの峰の反対側だ。
「ここからスノボーは無理があるんじゃないかしらね」
「斜面が急すぎるかな?」
スノボー人口の増加を理由にスプレコーンにもコースが必要だと進言した。
「子供たちにもせっつかれているから、冬が終る前に候補地を探したい」と言いつつ、この場所はどうなんだとさりげなく尋ねてみたら、「目で見るのが一番だ」と姉さんを連れ出すことに成功したのだ。
そして地上への出口を開けさせることに成功したのであった。
「一度、フライングボードで下りてみるよ。とんでもない崖とかあるかも知れないし」
「そうだな。この距離なら転移結晶が使えるだろうし、候補地としては優良だな。これだけ傾斜地があれば滑れそうなルートも見つかるだろう」
周囲を見回し、候補になりそうな場所を探す。緩やかな傾斜、雪崩の危険性の有無。
山の裾野の方だったらいけるかもしれない。
僕は振り返った。
「入り口はどうする?」
「取りあえず土魔法で蓋すれば?」
やった。計画通り。
僕たちは入り口に蓋をするとホームに戻った。
でも、雪が深すぎるよな。それに山に囲まれすぎていて、景色が単調だよ。長くいるとなると飽きそうな気がするし。峰の反対側をぜひ確かめてみるべきだな。
「姉さんはどうするの?」
今日の獲物は地下二十八階、ワイバーンである。
フライングボードを持参する話もあったのだが、付け焼き刃でワイバーンと空中戦はどうかと言うことで、却下になった。
「ワイバーンね。得るものはないわね」
実際、得るものはない。脅威ばかりでいいことなんて何もない。ドラゴンの劣化版の地位は揺るがない。
野生の世界では巨大なロック鳥に完敗のワイバーンであるが、数の違いか、迷宮ではワイバーンの方が下層に登場してくる。迷宮のロック鳥は小さかったし、もしかすると僕たちが見た野生のあいつがでかかっただけなのかも知れない。
因みに、ロック鳥の肉は美味しい。リオナにはあっさりし過ぎて不評だったが、あれなら『唐揚げ』にしてもいいだろう。
「でもワイバーンの巣は覗くべきだな。じゃ、わたしは帰るから。スノボーのコースの実地検分が終ったら知らせろよ。入り口塞ぐからな」
「りょうかーい」
僕の代わりにリオナが答えた。
地下二十八階、ワイバーン占有フロアー。高い切り立った山肌に囲まれた山岳コースである。
小物の狼や鹿、牛やコロコロやらワイバーンの餌になりそうな獲物も登場する狩猟コースでもある。ギミックではないので、冒険者たちの多いフロアーでもある。ただし、空中戦に対応できる冒険者のみだが。
入り口の転移部屋から外を覗くと、見える範囲で三チームの冒険者が既に狩りをしていた。二チームが行動を共にし、一チームが単独行動をしている。
「ワイバーン舐められてるのです」
まったくだ。野生に比べて相当弱そうだ。野生のワイバーンと戦う気なら、全員で当たっても倒せない可能性が高い。
それとも優秀な雷使いがいるかだ。
「ここはわたしの独壇場ね。かかってらっしゃい! ブリューナクの錆びにしてやるわ」
ナガレが元気である。魔石の消費を考えると自重して欲しいね。うちのパーティーにも雷使える魔法使いが三人もいるんだから。
「最初の分岐はあの山の向こうだね」
姉さんの助言を聞き入れ、ワイバーンの巣に向かうことにした。
おそらく解錠レベルの高い宝箱でもあるのだろう。期待できる。
地図を見る限り、巣は全部で三つだ。
雲が若干多い晴れた空に一点の染みが。
「わたしがやるからね」
ブリューナクを構える。
染みが大きくなり姿が鮮明になると稲妻がほとばしった。
ワイバーンが勢いそのまま錐揉みをしながらこちらに落ちてくる。
ズズーン。僕たちの目の前の山肌に突っ込んだ。
「ちっちゃ!」
僕は思わず口にした。野生に比べたら子供以下だ。
今度遭遇したら『認識』でチェックしてみるか。まったく、これじゃ旋回竜と変わらないじゃないか。
先を急いだ。分岐を本流からそれると上りのきつい山道を行く。
峰に上がるとそこからは尾根伝いだった。
空を旋回するワイバーンを発見。
『ワイバーン、レベル三十、メス』
『ワイバーン、レベル三十二、オス』
「レベル三十?」
どうやら迷宮は手加減しているようだ。二十もレベルを下げてきている。野生のワイバーンは五十台だぞ。
それほど空中戦に対応できない冒険者が多いと言うことだろう。魔法の弓で迎撃するので手一杯と言ったところか。
そういう意味じゃ、このフロアーの三チームは何かしら武器を持っていると考えていいだろう。
「来るわよ」
「来なくていいよ」
どうせ坂を転がり落ちて魔石の回収もままならないんだから。風の魔石だし。レベル三十じゃ、中サイズが限界だろう。
ブリューナクを構えた突貫嬢ちゃんに言った。
「レベル三十台前半相手だぞ。ブリューナク禁止だ」
「大丈夫よ。魔石の回収はしないんでしょ。だったら使った分の魔力は回収できるわよ」
「ああ、なるほど」
魔力を吸収するわけね。どれだけ吸収できるのか知らんがものは試しだ。
僕たちはリオナの手にある召喚カードを覗き込んだ。




