海だ、獲物だ、大漁だ!1
「ちょっと、リオナ。勝手にどっか行かないでよ! 一応わたしはあんたの召喚獣なんだから、一緒にいないと体裁ってものがあるんだからね」
「勝手に召喚されてるのはナガレなのです。召喚獣は呼んでから来るものなのです」
まったくだ。自分の存在をなんとかしろよ、ナガレ。
ナガレは口を尖らせた。
見た目リオナよりお姉さんなのだが、中身はどちらかというと妹だ。
僕なりに解釈するならば、リオナがいなくて不安で、寂しかったのだ。
「午後から獲物を取りに行くわよ。お昼さっさと済ましちゃいなさいよ」
なんで召喚獣に命令されなきゃならんのだ?
「どこ行くですか?」
「川魚もいいんだけどね。やっぱり海の魚よ! マグロよ、マグロ」
へー、この世界でもマグロっているんだ。勇者が発見して命名した魚だったりして。噂じゃ、『マツザカ』とか『シモフリ』とか…… 『シモフリ』て言うのは赤身に白身のサシが入った……
『シモフリ』は牛だった。兎に角、大きな魚なので小骨を一々取る必要がないらしい。
『マツザカ』の他にも『タジマ』とか『コウベ』とか種類も豊富である。もちろん僕には見分けは付かない。ナガレの方が詳しいだろう。
異世界には魚料理に合うという、醤油という調味料がある。
なんと実家の保管庫にそれはあるのだ。が、製造方法を知ってるのは母さんと使用人頭だけなのだ。門外不出の味という奴だ。レシピも金庫のなかだし、母さんに頼んでみるか。魚料理が増えるとなると欲しくなるんだよな。
「ところでどこに行くんだ?」
「この辺りの海と言えばトゥーストゥルクでしょ?」
「駄目だ! あそこは今大変なんだ。奴隷制度が廃止になるとは言え、差別の残る場所に連れて行くわけにはいかない」
「!」
ナガレも気付いたようだ。
「だったら『紋章団』の転移結晶で『海猫亭』という場所に飛んでみたらどうだい? カンプの手前のワーレンドット辺りから飛べるはずだよ。結晶はギルドハウスで売ってるから購入して行くといい。リゾートにもいい場所だよ。まあ、この時期行くところじゃないけどね」
『海猫亭』というのはギルド所有の小島にある唯一の宿泊施設の名前らしい。小島はトゥーストゥルクの北の群島のなかの一つで、ギルドの海産物を取り扱う専用の港なのだそうだ。島の名は『シルバーアイランド』、そのまんまである。
帰属はトゥーストゥルクではなく、そのさらに北の雪の国ファーレーンだそうだ。交通費だけで赤字になる秘境らしく、この辺りは事実上の無法地帯らしい。港は入り江に囲まれた遠浅の港と、崖を浸食してできた巨大洞窟のなかの巨大ドックだそうだ。三本マストは無理だが、二本マストが二隻係留できるらしい。
アンジェラさんの言葉にだらりと暇そうにしていたロザリアとアイシャさんも反応した。
早速、離れのギルドハウスに向かい転移結晶を購入した。仲間内のリゾート地への転移結晶なので高くはなかった。全員が購入した。一個あれば充分なのだが、海の上では何が起こるかわからないからだそうだ。
「マグロはねえよ。今冬だべさ」
地元の漁師がそう言った。
そうなんだ……
「なんでお前が知らないんだよ」
僕はナガレを小突いた。
「迷宮生まれの迷宮育ちなんだから仕様がないでしょ。あそこは年中なんでもいたんだから」
どこまで本気で言ってるのやら。
「取りあえず、獲物取ってくるから。入れ物頂戴よ」
「入れ物って?」
「海にいるのは小魚ばかりじゃないのよ。あれよ、あれ」
ナガレが入れ物と言ったのは沖に浮かんでいる帆船だった。
「お客さん、馬鹿言っちゃいけませんよ。船ってのはそう簡単には動かせないんですよ。事前に予約でも取って頂かないと」
ギルドの水産部の責任者『海猫亭』の旦那さんが困った様子で言った。
「ギルドの船は余ってないの?」
「今一隻係留してますけど」
「借りるわよ」
「借りるって、水夫はどうするんですか? こんな時間に集まりませんよ」
「いらない、入れ物が欲しいだけ」
ナガレと『海猫亭』の旦那さんとの会話は噛み合わなかった。そりゃそうだろ、まさか目の前の小娘が水神、もとい水竜だなんて思いも寄らないだろうからな。
「分かった、器は僕が作る」
土で作りたかったのだが、狭い土地を勝手に掘っては申し訳ないので氷で作ることにした。寒いから溶けやしないだろう。
それより僕の防寒具はまだか?
雑貨屋に買い物に行った連中が行ったきり戻ってこない。
魔法があるから寒くはないが、船を作るとなると自分に掛けている魔法に気を回してはいられない。
止むを得ず僕は浅瀬の海岸で大きなおもちゃの船を作り始める。魚が入るように船倉は大きめで、人のいる甲板には防寒用に四角い小屋を一つ。船の先端にはナガレが引っ張るためのロープを係留するための穴を。
周りで様子を見ていた者たちは口をあんぐり開けて呆然と巨大な氷の船を眺めていた。
「こんなんでいいか?」
「錨がいるわ。船を留めておくための道具よ。あれよ」
遠浅の先に浮かんでいる小舟がちょうど錨を上げているところだった。
「氷だと浮いてしまうから駄目よ。水よりなるべく重いもので頼むわ」
足元の砂で大きな錨を作った。
「あの氷の船を留めておくのよ。まだまだ小さいわよ」
そうなのか? 恐ろしくでかい錨ができあがった。氷の船をでかくしたのは僕だけどな。
とてもじゃないが人間には扱えない。巻き揚げ器のような道具がいる。
「あ」
ヘモジがいた。
僕はヘモジを召喚した。
「ナーナナー」
しばらくぶりだな。
「ナー?」
さすがに現在地がどこなのか訝しんでいるようだった。
「うわっ、何このでかいの?」
「僕の召喚獣でヘモジだ」
「ヘモジ? これが?」
「トロールの英雄はもっと凄かった気がするけど」
「まだレベルがね」
「大器晩成型なのね」
じゃあ、お前はなんなんだ? 早熟か? レベル十で化けやがって。
ヘモジに錨を設置させた。鎖まではさすがに面倒なので綱で代用だ。
「おまたせー」
すっかり防寒具を着込んだリオナたちが戻って来た。
「釣りの道具を借りてきたです」
「僕の防寒具は?」
「……」
「クシュ」
アイシャさんのリュックのなかから暖かそうなニット帽をかぶった、はな垂れ猫が顔を出した。
僕は猫以下ですか。
ヘモジが船底を擦らないところまで船を押し出した。
「よし、もういいぞ」
「ヘモジも小さくなれればいいのです」
「ナーナー、ナナナナナー」
なんだって?
「レベル四十まで上がれば擬人化できるって」
ナガレが解説した。
「ほんとか? ちっこくなれるのか?」
「わたしに聞かれても。本人は四十だって言ってるだけだから」
「分かった、今度一緒にレベル上げしような、ヘモジ!」
「ナーナナー」
ヘモジは虚空に消えた。
「じゃ、今度はわたしの番ね。見てなさい。わたしの真の勇姿を」
そう言って買い与えた衣装だけ脱いで、薄着で海に飛び込んだ。
『輪っかを頂戴』
先を輪にした綱を海に投げ込んだ。すると巨大な水色のきれいな水竜が綱をくわえて船をひっぱり始めた。




