エルーダ迷宮迷走中(キマイラ編)19
氷で橋を架けようか。
そう考えていたら、まずいことになった。どこかの檻が作動したのだ。後方からキマイラが迫ってきていた。
「ちょっと、手摺りもないこんな狭いところで戦闘なんてごめんなんですからね!」
唯一落ちても死なないナガレが言った。
確かに人がふたり並んで歩くのがやっとの幅しかない高架での戦闘は避けたい。
氷で橋を作るにも即席は無理だ。距離が長すぎる。
「転移だ!」
その手があった。
「ロザリア、明かりの準備。ロメオ君、地図確認、ここから見える場所で都合のよさそうな場所を探して!」
「二階のあのバルコニーが脱出ルートに近いよ!」
橋を渡りきった先、奈落の先の壁からせり出している二階バルコニーを杖で指し示すロメオ君。
「転移する!」
僕はあちら側にゲートを作った。そしてこちら側を作ろうとしたときだった。
あちら側の景色が見えたのだ。バルコニーの先に檻が二つある。転移して罠が発動するか分からないが、注意が必要だ。
「檻がある。二つだ」
アイシャさん、リオナ、ナガレ、ロメオ君、ロザリアの順に続いて、ゲートに飛び込んだ。
オクタヴィアが僕の肩に乗る。
ゲートに飛び込んだらバルコニーにいた。
「大丈夫じゃ。罠は発動していない」
アイシャさんが言った。
バルコニーから下を覗くと瓦礫のなかで戦闘が繰り広げられていた。
「他のパーティー?」
「そのようじゃな」
「他より、まずこっちの敵だよ」
バルコニーから屋内を確認する。
「罠らしきものはなさそうだけど」
「このフロアーは感知系の発動手段が用いられているから、トリガーの発見が難しいんだよ」
ロメオ君が言った。
「もしかしてあれじゃない?」
ロザリアが見つけた。
それは入り口にかすかに掛かる蜘蛛の糸だった。天井の角にできた蜘蛛の巣から伸びる一筋の糸が入り口付近に掛かっている。
「まさか」
「やってみるです」
ロメオ君が火の玉で糸を切った。
ガッコン。
檻の扉のロックが解除される音がした。
ギイイイッ 重そうな扉が開いた。
ズンッ! ズンッ! なかからキマイラが出てきた。
「当たりだ」
リオナとナガレが構える。そして一匹が床に倒れた。
「ふう」
「やはり檻のなかにいる間は探知に引っかからないな」
「リオナも分からなかったのです」
「オクタヴィアも」
全員がまだ開かない檻を見つめる。
「なんで、さっきは分かったのじゃ?」
「え?」
そう言えば、なんでここに檻があることがわかったのだろう。
「ゲートをここに繋げたら、周囲の景色が見えたんだよ…… なかを覗いたらあったんだ」
「もしかすると、あの老人から何か受け継いだのかもしれんの」
アイシャさんが訝しんだ。
「スキルの確認はしたんじゃろ?」
「何もなかったよ。期待したけど、空振りだった」
「同列のスキルに干渉したのかも知れんな」
「凄いね。遠くの情報が手に取るように分かるなんて」
ロメオ君は耳で聞きながら、目で糸を探している。
「転移スキルのオプションみたいなものだな。転移先の安全を事前に確認できる」
「もしかして、視界に入らない場所でもできるんじゃない?」
僕は壁の向こうにゲートを作ってみようとしたがうまくいかなかった。
「そうそううまくはいかないか」
溜め息を吐いて、現実に戻る。
檻の入り口の方に回り込んでなかを覗く。
「あう、ドラゴンなのです」
『認識』スキルは作動しない。檻のなかにいる間はまだ何者でもないということか。
ロザリアは明かりを照らしながら糸を探す。部屋の向こうの更に先を照らす。
「この辺りにはないみたいね」
「檻は開かないみたいだよ。攻撃できない」
「やっぱり小さかったね」
「サラマンダーなのです」
「ブレス吐くかもよ。要注意だ」
「取りあえずあそこの宝箱を頼む」
それは天井の梁の先にあった。
「なんであんな所に……」
「行ってくるのです」
僕はリオナに鍵を渡す。
「気を付けろよ」
ロザリアが天井に光を灯した。リオナが壁に掛けてある材木やら樽やらを利用してひょいひょい壁を登って行った。
「あッ!」
リオナの声がした。
「どうした?」
「蜘蛛の糸あったです」
ガッコン、ギイイイイ。
キマイラドラゴンが目覚めた。
『認識』可能になった。
僕は短銃を放った。いきなり結界で弾かれた。
「物理結界ッ!」
僕は引き下がった。
そこへロメオ君の氷の一撃が。ドラゴンの顔が歪んだ。せまい檻のなかで獅子の頭が居場所を探してもがいている。が、ドラゴンの部位が外に出ないことには。
ドラゴンの頭の方はロメオ君の魔法で半分凍り付いている。そこにブリューナクが突き刺さる。
ようやく自由になった獅子はふり返るがそこには終焉が待っていた。銃弾が一斉に浴びせられた。
「やはり結界はドラゴンの頭が張っていたわけだ」そう帰結した。
ドラゴンの皮や肉は本物と遜色ないのだろうか? 悩むリオナに肉片を焼くロザリア。あやかるオクタヴィア。一噛みしてふたり揃って首を傾げる。どうやら本物とは違うようだ。
もし本物と遜色がなけりゃ今頃乱獲されてることだろう。
「宝箱発見」
ロメオ君が檻のなかにまた見つけた。
開けると金貨三十枚が出てきた。
十、二十と来て三十か……
「次見つけたら四十枚かな」
同じことを考える。魔石は大中一つずつ出た。
僕たちは部屋を出るとまた狭い通路を進む。
下にいたパーティーは地図を見る限り、正規のルートを進んでいるようだった。
もっとも罠が解除されていないことを考えると、出口から入って逆走していることになるが。
なんのために?
周囲を探ってみると、周りにいるのは全部、キマイラドラゴンだった。
「なるほど、魔石(大)を狙っているのか」と僕たちは理解した。
だが、おかしい、全ての敵が戦闘中なのである。
しばらく進むと原因が分かった。
なんと彼らはキマイラを罠に嵌めていたのだった。逆走していたのはそのためのようだった。
敵を誘い自分たちは罠を通り過ぎる。そして罠を発動させて、敵をはめるのである。
通路を土壁で通せんぼしている箇所がいくつかあった。
「いい迷惑だな。通行人の邪魔だ」
近くにいた冒険者に尋ねた。
「これ通っていいですか? 倒しておきますんで」
すると乱暴な答えが返ってきた。
「勝手なことすんなよ。ルートは一つじゃないだろ、そっち行けよ」
通路を塞いだ魔法使いが偉そうに言った。
こっちが女子供ばかりだと思って、明らかに舐めている。
「わかりました。勝手にさせて貰います」
「いいの?」
「勝手にするだけだよ」
僕たちは彼らの言う別ルート、つまり一番遠回りのコースを選んだ。
そして予定より一時間ほど超過して見晴らしのいい広間に出た。
そこは部屋の中央に二本の吊り橋が架かった大きな部屋だった。
僕たちはせっかく下りたルートを上りなおして今一番上の高架にいる。
「あれが出口かな?」
下にある吊り橋までもう一度下り、橋を渡った先でもう一度上がるのだ。そこに次の階層への階段がある。
「何するの?」
「ちょっと流れ弾をね」
僕は衝撃波を目の前に隠れているキマイラ目掛けて放った。




