エルーダ迷宮迷走中(水竜編)6
寝ぼけていたらしい。
それでご主人にばれるのを恐れて、静かになったところで「起きてるよ」とパフォーマンスぶったのである。
よりにもよって、狸寝入りしているでかい蛇の口の真ん前に飛び降りるとは間抜けである。
みんなの冷ややかな視線が集まる。
どうしてお前の一族がアイシャさんの実家で代々珍重されてきたのだろうか? 長寿のハイエルフにとってドジで世話が焼けるだけの生き物が子供のように可愛いからかも知れないが。
ご主人様は怒ってるぞ。
ご主人に身体を洗って貰おうと擦り寄るが「そのまま反省してろ」と言われてしょげ返って戻って来た。
泥だらけの身体を気持ち悪そうにしている。寝てたお前が悪い。どうせなら最後まで黙って寝てりゃよかったんだ。
泥人形がひたひた付いてくる。汚れているからリュックにも入れない。今にも泣きそうな顔をして、こっちを見上げる。
「ああ、もう! こっち来い」
「若様!」
嬉しそうにピタピタ跳ねてやって来る。
「しょうがない奴だな」
僕は足を止めて、水魔法で泥をきれいに洗い落としてやった。
ぶるぶるさせた後、肩に載せると、温風で全身を乾かしてやる。
本人はグルーミングしながら心地良さそうにしている。
「クッキーあげる」
オクタヴィアはリュックに潜り込むとクッキー缶を取り出した。
「今はいいよ。後でな」
きな粉マフィン風味のクッキーはそうとう甘そうである。
猫はリュックのなかに引っ込んだ。そして改めて首をスポンと出した。
「毛繕いだから、寝てないから」
そう断りを入れると、頭を引っ込めてリュックのなかでごそごそ始めた。
僕はみんなの後を追いかけた。
最後の一戦もあっさり終えて、しばらく進むと森のなかに苔生した岩壁が見えてきた。
洞穴の先に下へ降りる階段を発見した。
予定より早い到着だった。
地上に出ると、さすがに外の空気が冷たかった。
僕たちは早足で食堂に向かった。
「どうぞ」
料理の待ち時間にオクタヴィアにクッキー缶を差し出された。
助けてやったのになんの罰ゲームだ?
みんながにやにやしながらこちらを見る。
断るのも可愛そうなので、まだ耐えられそうな紅茶きな粉味を選んだ。
猫は気を利かせて、みんなにも振る舞まった。よし、偉いぞ。オクタヴィア。
気持ちなのでいらないとも言えず、全員がきな粉ボロボロマフィンブレンドクッキーを試食する羽目になった。
全員がしかめっ面になる。どうだ、参ったか。今度は僕が笑う番だ。
「お代わりどうぞ」
「……」
きらきらした目が僕を見つめる。
食堂を出ると、解体屋に寄って戦果の確認をしに向かう。
商品価値のある物、依頼要件を満たすレベルの物は四十枚近くあった。
高級品だけあって欠損のある物も買い取り対象だった。元々でかい鰐なので多少の傷があっても受け取って貰えるらしい。
もっと早く教えてくれればいいのに。
だが、値段は約十分の一に買い叩かれる。それでも銀貨五十枚はいい値段だ。
『依頼レベル、C。依頼品、セベクの皮。数、一以上。期日、水前月末日まで。場所、エルーダ迷宮洞窟。報酬依頼料、金貨五枚から/枚、全額後払い。依頼報告先、冒険者ギルドエルーダ出張所』
どうやら本日も金貨二百枚越えになる予定だ。帰りに伝票を取りに来ることにする。
一方、ヒュドロスの水の魔石はあれだけの図体にもかかわらず、中サイズだった。たまたま外れたか、元から魔力がないのか、頭を吹き飛ばしたのが不味かったのか。取りあえず魔石の方は不発だった。
金貨二百枚を五人で分けると一人頭四十枚。
新年第一弾としては、もう少し欲しいところである。
ということで、地下二十五階にチャレンジすることになった。
「遂に『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』最終ステージだ!」
ロメオ君が見渡す限りの水平線を見つめながら大きく伸びをした。
「なんにもないな」
砂浜に打ち上げられた小舟が数隻あるだけで、海原には島一つ見当たらなかった。
リオナとオクタヴィアが駆けずり回りながら、砂浜の感触を楽しんでいた。
地下二十五階は水エリアのボスがいるフロアーである。
ボスの名は水竜。その名の通り竜である。
このフロアー、以前戦ったロック鳥の階層と同じで、敵は一匹しかいない。
出口に続く鍵を持っているわけではないので、今度は無理に探す必要はないが、代わりに延々と続く海原を進まなければならなかった。
出口はこの海原を真っ直ぐ行った先の孤島の対岸である。
水竜と出会ったら運が悪かったということで、大概の人は脱出してやり直すらしい。
ドラゴンの劣化版であるので戦えないこともないのだが、如何せん場所が最悪だ。
水竜相手に海原に浮いた小舟の上ではハンデが過ぎるというものだ。
幸い泳げない者はいない。が、装備をして、となるといささか不安である。
情報では風は常にこちらから出口方面に吹いているらしい。だから『帆を持参するとよい』とあった。
なのでギルドの販売コーナーで、挨拶回りのついでに購入しておいた。有り難いことに攻略アイテムは大抵ここに揃っている。前回の合い鍵然り。
僕たちは目的の船を探した。
砂浜に乗り上げた船が数隻あるなかで、マストが着いている船を探す。
海岸線に沿って少し歩いた岩場の先にそれらしき船を発見した。
「あった!」
「あったのです」
丸太を並べて海に落とすところを、面倒なのでみんなで凍らせて滑り台を作った。
押し出すと自重でズルズル水面に落ちていった。
「船が行っちゃうのです」
「止めて、止めて」
リオナとオクタヴィアが慌てる。
勢いが付きすぎて船が岸を離れてしまった。
水面を凍らせて船を押しとどめながら、氷の上を歩いて乗船した。
どうやら水漏れはなさそうだ。
船は全員が乗っても余裕がある大きさだった。水竜とやり合うなら最低限この大きさは必要だろう。小さな馬車一台ぐらいならなんとか積める大きさである。寄せる波で戦う前に転覆とか遠慮したいものである。
売っていた帆をマストに取り付けるとこちらもサイズがぴったり合った。
海岸にいても仕方がないので、海原に漕ぎ出すことにする。
帆を掲げ、風を受けた船は一路対岸を目指す。
順風満帆であった。
風を帆に受けて、最高速で海原を横断中である。
オクタヴィアは舳先で風に当たっていたが、落下防止のために紐で縛られていた。
皆思い思いにくつろぎ始めた。
「魚でも釣れればいいんだけど」
「ここの魚はギミックですからね」
ロメオ君と海面を見ながら、水中を泳ぐ陰を見つめる。
ロザリアとアイシャさんは読書で、リオナは望遠鏡片手に船長ごっこである。
資料によると、漕ぎ出してからの情報がほとんどなかった。
それは、もはやゴールに着くまでやることがないというのと同義だった。
にも関わらず、状況が動いたのは一時間ほどしたときだった。
周囲に小島がいくつも現れ始めたときである。
「何か来る! 全員注意しろ!」
水中から多数の何かが近づいてきていた。
僕は船ごと結界で囲った。全員戦闘態勢を取った。
「た、助けてくだせい」
水中から顔を出したのはサハギンたちであった。トライデントを持った半漁人たちである。
サハギンと言えば獰猛な海の殺戮者であるはずだが、見た目が何とも貧乏村の住人のようだった。
なんとなく感じてしまった。
このシチュエーション、ヘモジを獲得したときのクエストに似ていると。魔物がしゃべってきたら要注意である。
まさか、サハギンの召喚獣を手に入れるクエストに突入したのか?
「このままでは娘たちを生け贄に捧げねばなりません。どうか、この海の主を倒し、娘たちを救って下さいまし」
間違いない。クエスト発生である。




