フェンリル1
翌朝、僕はリオナのボディープレスで目が覚めた。いくらドア越しに声をかけても起きなかったらしく、姉が無理矢理特攻させたらしかった。将来の妻というよりまだ妹だなと思った。自分でダイブしておいて顔を真っ赤にしている。
朝食の話題は僕の帰還ではなく、専ら熱すぎる風呂の湯の話であった。
正直寂しくなった。かまってもらえると思った自分がガキだったのか、「おかえり」としか言われなかったことに傷ついたのか、年上のお姉さんたちの素っ気なさに僕は不満を抱いた。
姉さんはストレートに水を混ぜる策を提案していた。温泉の意味がないと王女様に却下された。エンリエッタさんの「滝口を何段も作って温度を調節すればいい」という案も温度が高すぎて物理的に無理だとして却下された。
「掛け流しは止めて、冷めたらお湯を足すようにすれば問題ないんじゃ」
エンリエッタさんの部下のサリーさんが一番まともな発言をしたが一斉に却下された。
「私たちは汚れるのが仕事みたいなものよ。掛け流しは譲れないわ」
なんで朝飯時にこんな話で盛り上がっているのか理解に苦しむ。
僕は半分ふてくされて食事を摘んでいた。リオナもうるさそうに耳を畳んで食べている。とこちらと目が合った。彼女は苦笑いした。あら可愛い。朝の儀式のおかげで僕に対するぎこちなさがなくなったのか自然な笑顔が愛らしかった。大人しすぎると思ったけれど、どうやらいい関係が築けそうだ。
そう思うとふてくされていた自分が馬鹿みたいに思えてきて、嘘のようにどうでも良くなってしまった。
「温泉の配管の周りを冷水で冷やせばいいんじゃないの。ついでに土のなかを巡らせば暖房にもなるし。いっそ温室でも作ったら?」
僕はごちそうさまを言って自室に戻った。
僕の一言が火種になって、屋敷の大改造計画が立案されているとも知らずに、僕は鎧を着てこの街のギルドに向かう準備をしていた。
そろそろ所在地の変更を済ませないと死んだことにされかねないからな。既に半月以上経っている。急ぐに越したことはない。
あれ? 鎧がない。どこいった?
食卓はまるで指揮所のような騒ぎになっていた。
リオナがぐったりして階段を上がってきたので声をかけた。
「エルリンの鎧ですか?」
エルリンとは僕のことか?
どうやら彼女は僕をそう呼ぶことに決めたらしい。
「確か、お姉様が捨てましたよ。魔法陣を刻もうとしたら強度がなかったみたいで。新しいのを作ってるはずですけど。そういえばどうなっているのでしょう?」
僕に聞かれてもね。
「頼んだ店知ってる?」
「はい。御一緒しましたから」
僕とリオナは私服で出かけることにした。ギルド訪問は顔を出すだけにすることに決めた。
「あ、肝心の冷却用の水はどうすれば?」
自分の計画の不備に玄関先で気付いた。
井戸の水で冷やすというのは、井戸水が温まってしまって細菌が増える可能性を考えると却下だろう。流水に限るだろうが、街の上水から引くとなると水道料金がとんでもないことになりそうだ。
「ま、いっか」
姉さんたちがなんとかするだろ。
可愛らしい私服に着替えたリオナといっしょに僕は街へ繰り出した。




