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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第二章 カレイドスコープ
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牢獄と楽園4

 現実に帰還した僕に出迎えはなかった。

 姉さんもエンリエッタさんもリオナもいなかった。

 勝手に魔法が解除されただけだった。誰かが扉を開けて、笑顔で迎えてくれると期待していたのに、甘かった。

 それにしても早速実践が必要になろうとは……

 明かり一つない地下室は真っ暗でおどろおどろしかった。まさに一寸先は闇、自分の姿すら確認できず、身動きをするのも憚られた。

 僕は掌を上にし、光の呪文を唱えた。掌のなかにまぶしい光が現れた。

 明かりが辺りを照らし出す。

 駄目だ、安定しない。

 それはまるで炎の光のように揺らめき、明滅していた。異空間と違って、現実の魔素は薄い。より集中しなければ顕現もおぼつかない。自分の身体のなかの魔力を注ぐことで必要量の帳尻を合わせる。魔力を消費するとはこういうことかとこのとき実感として始めて理解した。

 おおおおおおっ! 成功した! 

 光は安定して輝いている。

 魔法使えたぞーッ。 あっ! 消えた。

 いかん、いかん。集中、集中。

 改めて光を起こして、周囲を照らす。

 むき出しの土壁が以前同様、部屋の周囲を覆っていた。

 来たときのままだな。

 横穴を出ると、足触りが変わった。すぐに光を向けて確認すると廊下の床にはすでにフローリングが張られていた。壁面も確認すると、モルタルで化粧も済んでいた。

 用途の決まっていなかった部屋には既に立派な木の扉があって、なかには調整途中の鎧や剣が転がっていた。

 訓練で痛んだものはある程度自前で直すのだろう。

「僕のいた場所以外は完成してるのかな?」

 訓練場の扉を横目に見ながら、僕は階上を目指した。



 エントランスホールは暗かった。二階の雲母ガラスの窓から月の明かりが差し込むのみであった。

 少し強めに光を起こして吹き抜けのフロアをまんべんなく照らした。

「今は何時だ?」

 夜更けのようであり、夜明け前のようでもあった。

 窓から月の位置は見えなかった。

 窓を開けようにも仕掛けが作動して大騒ぎになりそうだし、どうやって時間を確認したものか。こんなとき女しかいない家というのは不便だ。尋ねようにも夜中に訪問というのは結構気が引けるものだ。

 唯一気が許せるだろう姉さんの部屋が一番厄介だというのも困りものだ。というか間違いなくあそこは鬼門だ。

 僕は井戸のある中庭に出ることにした。

 まずは扉を丹念に探り、警報がかかっていないか調べた。僕なりに覚え立ての魔法知識を駆使して、わずかな魔力の放出も見逃さないように調べ、問題なしと判断した。判断してはみたものの、姉さんの仕掛けに気づけるとも思えなかった。

 自信は全然なかったのだが、あきらめてノブを回した。騒ぎが起きて誰かしら出てきてくれればよし、全員出てきたらごめんなさいだ。

「さっさと自分の部屋に行って床に就いていればよかったのです。わかっています。でもいつ起きればいいのか悩んでいては結局眠れないものでしょう? それにしばらく身体も洗っていなかったから拭っておきたかったのです。臭いに敏感な獣人様もいることですし、幻滅されたらと思うと、考えただけでも居たたまれなかったのです。となれば多少の強行も許されましょう?」

 僕の頭のなかはすでに言い訳の量産体制に入った。

 でもいくら言い訳しても、どう考えても僕のわがままに変わりはなかった。

 躊躇していたら扉が勝手に開いた。

 ノブを回したからなのだが。結局、扉には仕掛けも鍵もかけられておらず、辺りは静寂のままだった。

 早速空を見上げて月を探したが、頭上の星空のなかにそれはなかった。

 暮れたばかりか? 明け方か? 西の空の方が若干明るいか? とすれば明け方か…… あと一時か、二時か? 結局細かいところまではわからなかった。

「どういう結界を張ったのか聞いときゃよかったな」

 今の自分なら、魔法で屋根に登れそうなのだが、間違いなく結界に引っかかる。どんなえげつない罠が仕掛けてあるのか、聞くまでは触れるべきではない。中庭の扉が無防備なのは見上げる空間に施してある結界が強固だという証だ。姉印のお墨付きが付いた障壁にちょっかい出すのは自殺行為だ。

 中庭にはシーツやタオルの洗濯物がなびいていた。庭の手入れも終わったようで、庭園兼用の薬草畑の隅で、壁から壁に渡したロープにぶら下げられて揺れていた。

「取り込むの忘れたのかな?」

 そう思いながらも取り込むことはぜず、スルーすることにした。女物が混じっていたら大変まずいことになるからだ。

 それよりも僕は井戸の水で体を拭くことを優先した。

 僕は井戸水を釣瓶で汲んで桶に貯めた。

 タオルがないことに気付いて、触らぬと決めた側から干してあるタオルを一枚くすねた。

「ふぎゃ!」

 余りの冷たさに思わず奇声を上げた。タオルを桶の水に浸しただけで観念した。

 これで身体拭いたら絶対心臓止まるよ。

 僕は魔法の出番とばかりに水を温めようと火の魔法を使った。

 爆発した!

 ボンという音と共に桶のなかの水が噴出した。

 僕はもろにしぶきをかぶって濡れネズミになった。

 桶の破壊は免れたが、洗濯物が被害を受けた。飛ばされ地面に落ちた数枚が泥で台なしになった。

 エンリエッタさんに謝らなきゃ。

 汚れた洗濯物はシミになると困るので壁に立て掛けて干してあるタライに放り込んだ。水を汲み、タライに水を張ろうとしたとき、背中にちくりと刺さった。

「何者だ。両手を挙げてこちらを向け!」

 エンリエッタさんの声だ。

「すいません。洗濯物落としちゃって」

 振り返るとエンリエッタさんが持っていたのは木の枝だった。

「こんな夜更けに何やってるんですか、坊ちゃん」

 からかわれた。

「身体を拭こうと思ったんだけど、水が冷たかったものだから魔法で暖めたら爆発した」

「それはよかった。魔法が使えるようになったんですね」

「制御はご覧の通りです」

 苦笑いされて、部屋に戻るよう言われた。洗い物とタライはそのままに、風呂に入れと言われた。この家の一階には浴場があったのだが、僕が最後に見たときには姉さんが温泉掛け流しにするからと言って改装していたのだった。隣の空き部屋もつなげるとか言っていた気がする。

 脱衣所から浴室に入るとそこは蒸気で真っ白だった。確かに掛け流しになっていた。魔法で作ったのだろう石でできた取入れ口からはちろちろと温泉が湧き出ていた。見るからに熱そうなお湯だった。手をそっと湯船に突っ込むと飛び上がるほど熱かった。

 浴槽は二つに分かれていたが、熱さは変わらなかった。熱い湯と温めの湯に分けるのだろうが、時間が経ちすぎて均一になってしまっている。

 どうしようかと思っていたら「失礼します」と言ってエンリエッタさんが入ってきた。魔法で氷を桶に作りながら「温泉の温度が高すぎて却って不便になってしまって」と愚痴をこぼした。

「着替えを用意しておいたので、洗い物は籠に入れておいてください。では先に休ませて頂きます」だそうだ。僕の裸はスルーですか…… エンリエッタさんも軍人だ。男の裸は見慣れてるのかも知れないが、もうちょっとエロいシチュエーションにはならないものでしょうか? 

 己の貧相な体がつくづく嘆かわしい。

 氷を投入するとちょうどいい湯加減になった。湯船につかるとほっとして思わず親父臭い溜め息が出た。

「マイバイブルだと、ここで女の子が知らずに入ってきて、『きゃーっ』てなもんなんだけど。うちの女たちは鼻がきくからな。いきなり湯船ごと凍らされそうだ。くわばら、くわばら」

 湯船で水魔法を使って水遊びをしていたら、お湯の温度が上がってきた。投入する氷も尽きたけど、もう少し浸かっていたかった。そこで「さてどうするか」と考えた。水魔法で水を追加したり攪拌したり、隣の浴槽との境界の流れを塞き止めたり、操作するうちに温度を下げるいい手を思いついた。

「この手は使えるかも」

 姉さんたちのことだ、既に策は講じているかも知れないが、どうするのか尋ねてみよう。

 頃合いまで茹で上がったところで、僕は浴室を出ると自室に戻って眠りに就いた。


 必要な描写とはいえ、ここまで穴蔵生活が長くなるとは……

 まさか迷宮より窮屈な場所に押し込めることになるなんてね。

 誰だ「広々とした世界に移行します」なんていったやつは(笑

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