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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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年の瀬王女暗殺未遂事件7

 しばらく行くと、何とも物騒な裏道に入った。薄暗い、饐えた臭いのする生活に疲れた通りだった。

 兄さんは地図を片手に、目的の場所に向かった。

 住人たちが建物のなかからこちらを警戒している。

 やがて一件の建物に着いた。と同時に扉が開いた。

 見た顔だった。

「久しぶりだな。エルネスト」

 いきなりでかい手でアイアンクローだ。

「イテテテ。止めろ、馬鹿兄貴。ガントレットが痛いよ」

「ハハハハッ。元気で何よりだ」

 打撃攻撃用の特製ガントレットは痛いんだよ、まったくもう! 

 まさかエルマン兄さんがいるとは思わなかった。ますます見た目が親父に似てきた。人の形をした熊だ。

 部屋に入ると暗部のみんなも揃っていた。

「どうやらお互い無事に国境を越えられたようだな」

 エルマン兄さんは敵側から発給された手形で難なく入国し、暗部の人たちも一般人に紛れて正面から入国したそうだ。苦労したのは僕たちだけだ。

 作戦の決行のタイミングを合わせることになった。

 エルマン兄さんは既に領主と話が付いたらしく、領主がスプレコーン襲撃のスポンサーであることを確認していた。さらに『サーペント・デローロ』を動かしたいからと、依頼書を作るよう促し、それにも成功している。

 エルマン兄さんはこれを持って『サーペント・デローロ』のアジトに向かい、援軍を引き連れてスプレコーンに襲撃を掛ける手はずになっていた。

「奴の証言から正体がバレると大変なことになりますぜ」、「何せ王女を一人殺しかけたんだ。あちらもそう簡単には諦めてくれませんぜ」、「実行犯がいつまで忠義を示してくれることやら」とやんわり脅しを掛けた成果であった。

「早々に口封じをしなければいけませんぜ。兵隊を借りられるのであれば、いっそのこと王女もついでにわたしが葬って来やしょう」とでも言えば、領主は大喜びしたことだろう。

 依頼書は確固とした証拠として、アールハイト王国の近衛騎士団に運ばれる。

 一方、そうとは知らずに先導された一行はゲートを乗り継ぎながら向かった先で襲撃の証拠として処理されることになる。

 実行部隊の侵入という確固たる裏付けのある書類を元に、優位に国同士の裏取引が始まる。そういう寸法だったのだが。

 エルマン兄さんは証拠の書類を既に別の者に預けて近衛師団に届けさせていた。

 自分の仕事は終ったとばかりに『サーペント・デローロ』への強襲を行なう気満々であった。

 テーブルにはインクの匂いがまだ新しい、精巧に作られた偽の書類が転がっていた。封蝋用のオルジェ領主の偽スタンプも揃っている。

「暗殺者なんざ、どの道死ぬことになってる。遅いか早いかの違いだ」

 エルマン兄さんが張り切るほど、こっちのボルテージが下がっていくのはなんでだろ?

 作戦はエルマン兄さんが依頼書を持ってアジトに入城し、内側から騒ぎを起こすらしい。

 相手が相手なので手加減はできないらしい。首を刎ねられたくなかったら、こちらも本気で掛からなければいけないらしい。

 内側で騒動が起きたら、外側から急襲。あとは暗部による殲滅戦らしい。

「お前の仕事だが。結界張ってろ。仲間が来たらなかに入れて治療だ。お前魔法使えるんだからできるだろ?」

 僕は黙って薬を提出した。

「こっちが『完全回復薬』、こっちが『万能薬』。もしもの時にどうぞ」

 暗部の人たちも目を丸くしていた。

 聞いてないのか? 僕が薬を作れるって。いや、言ってなかったか?

 すぐさま大瓶から小瓶に小分けされ、その場の全員に配られた。

「お前家に帰るか?」

「ひどい!」

 用なしかよ!

「冗談だ」

 そう言って硬いガントレットで僕の頭を叩いた。

 痛いって言ってるだろ! 

「取りあえず安全地帯を作ってくれればいい。兄貴もいっしょだからな。兄貴は門をぶち破ったらそれ以上、手を出すなよ。破壊力でかすぎるんだから。俺たちに任せて大船に乗った気でいてくれ」

 敵は隠遁スキル全開の暗殺者集団だ。素人の出る幕じゃないか。国境警備の兵すら見えなかったんだもんな。

 エルマン兄さんは書類を封してから、馬で行くので僕たちは先行することになった。

 作戦開始は夜明けと共にだ。



 敵のアジトは町を出て二時間ほど行った先の森のなかにあった。

 見るからに堅剛な城だった。古さから言って廃墟を改修したもののようだ。

 町の城壁とは比べるべくもないが、見張りは立っているし、気付かれずにというのは虫がよすぎるようだ。

 兄さんが馬でやって来て正門から堂々となかに入っていった。

 暗部が散り散りになって姿を消した。すぐに探知スキルに反応しなくなった。

「そろそろかな」

 兄さんが立ち上がる。

 城の塔が轟音を立てて吹き飛んだ。よく見ると居館の壁が崩れ落ちていた。

「ど派手な合図だな」

 アンドレア兄さんも呼応して城壁に一撃を加えた。

「おや?」

 結構強力な魔法結界が張ってあったらしい。さすが大手暗殺者集団。資金は潤沢か。

「困ったな、あれを破壊するとなるとやり過ぎるかも知れない」

 怖いことをおっしゃる。

「じゃあ、僕がやるよ。門だけでいいかな?」

「結界をなくせばいい。後はやろう」

 僕はライフルを構えて魔弾をぶち込んだ。

 最初の一発は弾かれた。

「ほんとだ、結構いい障壁張ってる」

 確かに硬かった。

 二発目で打ち抜いた。城門が吹き飛んだ。成功である。

 兄さんが間髪入れずに、残りの城壁をぶち壊した。

 城壁がまるでなかったかのような景色が広がった。僕たちは道に沿って入城した。

 迂闊なことをして味方の足を引っ張らないように結界だけ張って中庭に出た。僕の目に見えているのは非戦闘員だけである。

 結界に何かが触れた。

「入れてくれ」

 僕は彼を入れた。

「首領格は大将が全員葬りました。後は時間の問題です。このまま待機していてください」

「大将」というのはエルマン兄さんのことだ。「若」と言えば、僕ではなくアンドレア兄さんのことで、僕は未だに「坊ちゃん」である。姉さんは因みに「お嬢」と呼ばれている。

 その大将が居館から出てきて、僕たちを手招きする。

 伝令の人はいつの間にか消えていた。

「兄さん後どれくらい?」

 アンドレア兄さんに尋ねた。

 僕の探知スキルでは隠れたプロの殺し屋を見つけることはできない。見えているのは戦っている連中だけだ。

 ほんと家で助かったのは奇跡だな。オクタヴィアが普通じゃなくてよかったよ。それとも爺さんやアイシャさんなら気付いたのかな?

「おーし、ここは完全に制圧した。金目になりそうな、じゃなかった、怪しい書類を押収してくれ。俺は残党を片付ける」

 一部籠城している場所があるようだ。

 僕たちは瓦礫を跨ぎながら、館に入り、上から調べることにした。大体大事なものは手元に置きたがるのが心情だ。地下は最後である。

 まずは一番偉い人の部屋からだ。

 床の中央に、高そうなこの部屋のカーテンを敷いて、その上に目的の物をぶちまけた。

 高価な置物から、絵画、アンティークな彫刻品。壊れないように梱包しながら一まとめにしていく。

 書斎机の引き出しもそのまま放り込んだ。

 他の部屋も見て回ったが意外に金目の物が少ない。地下金庫がありそうかな?

 そう思い始めたとき、なんとなく違和感を感じた。

 廊下に出て、部屋を見て、もう一度廊下を見る。

「明らかに廊下の方が長い」

 隠し部屋である。兄さんと部屋中の壁を探った。こればかりは索敵も役に立たない。耳を澄ませても何も返ってはこない。面倒なので壁に穴を開けていった。

 僕の名剣『ライモンドの黒剣』をこんなことに使う羽目になろうとは…… スポスパ切れるのは嬉しいけどね。

 暖炉のある壁の向こうに空洞を発見した。

 僕はマントルピースの周辺を探った。

 兄さんが抜けない火かき棒を発見した。なるほど、二本あるのは不自然だ。

 こじっているとカチリと音が鳴った。

 化粧柱に隠されていた壁の隙間が開いた。白壁一面が扉になっていた。


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