表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
265/1072

年の瀬王女暗殺未遂事件4

 アンドレア兄さんだったら恐らく、町中にはいないだろう。いたらすぐばれる。いろんな意味で目立つから。

 間違いなく守備隊の索敵範囲にはいないだろ。

 こちらから索敵範囲外まで探しに行かないといけない。

 でも馬車で来たわけじゃないだろうから、ゲートか、振り子列車だ。とっかかりはその辺からだろう。

 エルマン兄さんだったら…… どうでもいいか。

 隠れてても見つけて貰えないと、辛抱しきれなくなって自分から現れるから放置で。

 昔からかくれんぼは見つけて貰えない口だからな。でも、悪いのは鬼の方じゃない。エルマン兄さんの方だ。身体能力を生かしてとんでもない場所に隠れるんだから。見つけても捕まえに行けない場所にいるんだ。教会の鐘楼のてっぺんなんて可愛いもんだよ。移動する馬車の荷台の底だったり、絶壁の壁面とか、底とか。キャンプに行ったときなんか、A級モンスターのベヒモスの背中で寝てるんだから、馬鹿じゃないのかと本気で思った。

 だからアンドレア兄さんと探さないことに決めたのだ。

 ということで、アンドレア兄さんであると想定して行動する。万が一何かあると困るので、確認が取れるまで家には立ち寄らないことにする。壁の外に出るならスノボーが欲しかったんだが、今は言うまい。


 転移ゲートの番をしていた兵士に確認したところ、すぐに行き先が分かった。北門とは反対方向の森のなかに入っていったらしい。薪集め大会をした会場の先だ。

 新年早々森を歩く奴はいないから見つけるのは簡単だった。僕の索敵能力も成長してるからね。森のなかで小動物の微かな光のなかにほどよく人並みに光る光源を発見した。

 余り寒いところで待たせると申し訳ないので僕は急いだ。

 しばらくすると森のなかに見えてきた、丸い雪の塊が。

 かまくらだ……

 異世界の冬の風物詩。丸い雪室だ。

 なかでお餅とかお雑煮を食べるんだよな。コタツを持ち込むのが本式らしいけど、うちでそれやると親父が酒持ち込んで籠もっちゃうから禁止になったんだ。寝込んだ隙にエルマン兄さんがいつも生き埋めにしてたんだよな。

 僕はゆっくり近づいた。

「兄さん、いる?」

「ああ、入ってくるといい。温かいぞ」

 アンドレア兄さんの声だ。

 僕は小さな入り口からなかを覗いた。

「久しぶりだな、エルネスト。ちょうど焼けたところだ。食べるといい」

 簡易食料代わりのお餅を網で焼いていたようだ。僕は手袋を外して、兄さんが用意した木の枝の串で刺して網から餅を一つすくった。

 兄さんが小瓶を出して漬けて食えと言った。

「蜂蜜だ」

 小瓶の中身は蜂蜜だった。固まっている蜂蜜が熱でほどよく溶けて絡みつく。

「アチッ」

 けど甘くてコクがある。

「美味しい……」

 僕が目を丸くしたら嬉しそうに笑った。

「大変なことになったな」

 餅を冷ましながら兄さんが言った。

「なんで知ってるわけ? まだ情報開示されてないよ」

「別件だよ。もう別件じゃなくなったがな」

「父さんがいないのに、家にいなくていいの?」

「エルマンを残してきた」

「兄さん帰ってきてたの? いつも寒いから帰ってこないのに……」

「別件の依頼というやつを持ってきたのはあいつだ」

「なんの依頼? うちの領主が襲われたのと関係があるの?」

「あいつが受けた依頼は『ヴァレンティーナが暗殺されるだろうから、犯人を始末してくれ』というものだったらしい」

 それって……

「『暗殺されるだろうから』? 未然に防げじゃなくて? 過去形?」

「実際、わたしは間に合わなかったろ? エルマンに依頼が来た段階で手遅れだったんだ。助かってくれて本当によかったよ」

 兄さんは心の底からほっとしているようだった。

「エルマンの依頼主は、犯人側だよ。どうやら末端の口封じをしたいらしいね。エルマンが潜入捜査をしていて直接依頼されたようだ。エルマンは名うての暗殺者ということになってるらしいからな」

「兄さんが暗殺者?」

 僕は思わず吹き出した。

 隠れることは得意でも、隠れたことが大嫌いな兄さんが、暗殺者? バーサーカーの間違いじゃないのか?

「あいつも急いで知らせに来たんだが、時既に遅しだ」

「犯人は死んだよ」

「実行犯は他のふたりと違って、依頼主の顔を知っていたようだからね。生きていてくれたら手間が省けたんだが」

「兄さんの仕事は空振りってこと?」

「いや、ヴァレンティーナの暗殺を企んだ奴を見逃す気はないよ。彼女はわたしにとっても大切な友人だからね」

「黒幕を見つけるんだね?」

 兄さんは頷いた。

「見つけるだけじゃなく、完膚なきまでに叩き潰す。二度と手を出したくなくなるほど徹底的にね。潰すべきときに潰しておかないと、際限なく現れるからな。後々面倒なことになる。だからエルマンにもう一度犯人側と接触させる。そこから黒幕まで案内して貰うつもりだ」

「ヴィオネッティーを動かすの?」

「暗部だけな。ケリはわたしとエルマンで付けるつもりだが…… 姫のために一緒にやるかい? エルネスト」

 僕は頷いた。

「では、まず彼女に伝令を頼みたい。実行犯はまだ生きていることにするんだ。ヴァレンティーナの手の内に捕らえられていると敵に思わせるんだ。エルマンは追加料金を要求しに交渉に当たることになるだろう。犯人の名はアードルフ・アクセリだ。取りあえず名前だけは吐いたことにするんだ」

「わかった」

 僕はかまくらを出て、ふと思った。

「エルマン兄さんって、なんのために潜入捜査してるの? て言うか、これって近衛の仕事なの?」

「あいつは近衛だが、やってることは軍の便利屋だよ。報酬もいいし、本人の嗜好にも合ってるらしい。任務の内容は話せないそうだが、今回の一件を片付ければ、結果的にエルマンの任務も遂行したことになるらしい」

「エルマン兄さんが策を弄するなんて想像も付かないな」

「わたしもだ」

 陽動が済んだら、連絡あるまで自宅待機だ。


 僕は館に戻って、用件を伝えるだけ伝えるとサッサとお暇した。家に戻り、戦闘装備を一式確認すると、風呂に入って、食事に有り付いた。

 リオナがいないだけで随分家のなかが寂しくなった気がする。

 おかげで僕は却って饒舌になり、兄さんたちとしばらく行動を共にする旨をアンジェラさんとアイシャさんに伝えた。


 翌日、待機状態では狩りにも行けず、やることもないので薬作りの下準備と剣の稽古に勤しんだ。

 稽古で火照った身体を東屋で冷ましていると、池の上の薄氷を割りながら一艘の舟が流れてきた。誰も乗っていないと思いきや、オクタヴィアが毛布にくるまり日向ぼっこをしていた。

 ロープは橋桁に縛ってあるから、流されたわけじゃなさそうだ。

「家で寝ていた方が暖かいだろうに」

 そのオクタヴィアが突然立ち上がって一点を見つめた。

「なんだ?」

 船の縁に身を乗り出して池のなかを見つめている。

 視線が段々僕の方に近づいてきて……

「危ない!」

 オクタヴィアが叫んだ。

 池のなかから何かが飛び出してきた。

 一瞬きらりと刃物が光った。

 僕は咄嗟に凍らせた。

 廊下にゴンゴンと大きな音を立てて、何かが転がった。

 すぐに人間だと分かった。

「オクタヴィア舟から上がれ!」

 オクタヴィアはロープを伝って舟から退避した。

 僕は池を一気に凍らせた。

「敵襲だッ!」

 周囲に聞こえるように大声で叫んだ。

 池のなかで、氷から出られずもがいている暗殺者が目に入った。

 思い切り氷を厚くしてやった。

 魔法を使って氷を溶かそうと試みる者もいたが、水のなかで火を使うのは難しい。しかも寒くて意識を集中できないはずだ。おまけに水中じゃ、無詠唱だ。余程の熟練者でもなきゃ、溺れる恐怖と戦いながら、魔法を使うのは難しい。

 池の水が破裂した!

 どうやら脱出できた者がいたようだ。だが、周りにいた同僚の命を巻き込んでいた。

 氷上で肩で息をしながら、変わった服を着た暗殺者がこちらを睨む。

 装備は短剣だけとはまさに隠密部隊って感じだ。

 こちらに斬りかかろうとしたとき、横から衝撃を受けて対岸に吹き飛んだ。アイシャさんだ。対岸には爺さんが剣をひっさげて、飛んできた男を見下ろしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ