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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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年の瀬王女暗殺未遂事件2

 そして姉さんの部屋に駆け込んだ!

「大変だ! ヴァレンティーナ様が襲われた!」

 姉さんの部屋がトラップ部屋だということをすっかり忘れていた。

 扉を叩いても反応がないので、ドアノブを強引にひねった。

 雷撃がノブを握ってる僕を襲った。僕は廊下の手すりまで吹き飛ばされ、危うく、リオナの森を覆う雲母ガラスを突き破って一階まで落ちるところだった。

「イテテテ、殺す気かよ」

「姉に夜這いを掛けるとはいい度胸だな。エルネスト」

 姉さんが色気のないパジャマ姿で仁王立ちしている。

 今は姉さんの怒りの程なんてどうでもいい。

「ヴァレンティーナ様が襲われる夢を見た。多分また正夢だ!」

 僕の狼狽振りに真意を見て取った姉さんは急いで部屋に戻って着替えを始めた。

「何してる! お前も行くんだ。さっさと着替えて来い!」

 ドアの前でボーッとしている僕を一喝するとドアを閉めた。

 僕は我に返って自室に戻ると、準備を済ませて二階に降りた。

 二階には姉さんとリオナと母さんが待っていた。

「リオナも行く!」

 実の妹だからな、断る理由はない。

 母さんが「後は任せて、行きなさい」と送り出してくれた。

 僕たち三人は家を出て、屋敷に向かうところで、屋敷からの伝令とすれ違った。


 僕たちが領主館に到着したとき、館の外観は何ごともなかったように静まり帰っていた。

 僕は門番に「誰も屋敷から出さないで!」と言った。

 姉さんが僕の言葉に驚いて振り返った。

「犯人は使用人の衣装を着ていた。仲間がまだ紛れ込んでるかもしれない」

 門番は僕の言葉に疑問を抱きながらも、館から出たのは僕たちと一緒にいる伝令だけだと言った。その伝令もこうして戻って来た。

 僕たちは正面の庭を横切って館の扉を叩いた。


 館の内部は騒然としていた。

 使用人たちが動揺して暗い廊下に溢れ出していた。

「まだ犯人の仲間がいるかも知れない。全員部屋に戻っていなさい!」

 姉さんが使用人たちに声を掛けながら、人混みを掻き分ける。

 僕たちは姉さんの後に続いて、階上の領主の部屋に向かった。螺旋階段がこんなに長いと感じたことはなかった。

 姉さんは執務室辺りにできている人だかりを遠ざけた。

 執事のハンニバルが部屋から出てきたので、命令して、守衛たちに館の出入り口をすべて封鎖させた。

 一階正面玄関から守備隊がやって来た。先頭はサリーさんだ。

 まだ仲間がいるかも知れないと聞かされたサリーさんはすぐさま部下にすべての部屋の確認をさせた。

 サリーさんと合流してヴァレンティーナ様の部屋に入ると、彼女はいつもの部屋着に着替えて、ソファーの肘置きに身体を預けて憮然としていた。

 ちょっと残念な気がした。

 僕たちの顔を見ると、当事者の警護ふたりを残して、使用人たちを部屋の外に一旦閉め出した。

 リオナが何も言わずに泣きながらヴァレンティーナ様にすがり付いた。リオナとの関係を知らないふたりの事件当事者に気を使い「お姉ちゃん」とも呼べずにただ抱きついた。

 ヴァレンティーナ様は憮然としていた顔から一転して、優しい姉の顔に戻っていた。

「エルネスト、その銃を見せなさい」

 ヴァレンティーナ様が僕に命令した。

 僕はベルトのホルスターに掛かっている留め金を外して、短銃を抜いた。僕が手渡すと、いきなりクッションに銃口を当てて壁に向かって発砲した。

 警護のひとりが壁にめり込んだ弾丸を、何も言わずナイフで掘り出して、ヴァレンティーナ様に手渡した。

 ヴァレンティーナ様は明かりに二つの弾丸を見比べていた。一発は不届き者から回収した物だろう。

 銃から発砲された弾丸はすべて発砲した銃のナンバリングが記録される仕組みになっている。狩りでどっちの獲物だと争いになったときケリが付きやすくなる他、銃を使った犯罪で犯人特定の役に立つものである。

 でも、夢のなかで発砲したものにナンバリングが施されているとはとても思えないけど。

 こんなことをする意味がない。ナンバリングが一致するかどうか以前の問題だ。

 案の定、二つの弾丸は一致せず、テーブルの上に転がされた。

「ナンバリングのない弾丸というのはどういうことかしらね?」

「正規品ではない銃を使ったということでは?」

 サリーさんが生真面目に答えた。

 ヴァレンティーナ様は考え込んでしまった。

 なるほど、ナンバリングではなく銃の方を確認したかったのか。僕が勝手に銃を自作したんじゃないかと思ったわけだ。確かにこの町でそんなことするのは僕ぐらいだけど……

「お前じゃないのか?」と、すがるような視線で僕を見つめる。

 当てが外れれば、これまた別の問題に発展する。気が気じゃないだろう。もうひとり得体の知れない侵入者がいたことになるのだ。それも今度は館の外からだ。当分枕を高くして眠れなくなるだろう。

「僕が撃ったもので間違いないですよ」

 僕は率直に答えた。

 夢のあらましと、ここまでやって来た経緯もすべて話した。

 ドラゴン襲撃による難民の流入を察知したときと同様、夢で見たと答えた。

 ヴァレンティーナ様の緊張がほぐれた様子だった。

 サリーさんも二度目なので納得してくれたが、守衛のふたりは初参加なので疑心暗鬼だった。

「証明できるんですか?」と口を挟んできた。

 僕は彼女がヴァレンティーナ様の前で盾を構え、もうひとりが首を刎ねたことを言ってのけた。

 全員が改めて、現場の寝室に足を踏み入れた。

 そこにはまだ、使用人の服を着た首なし死体が血の海に転がっていた。首は探せばどこかに転がってるだろう。

「助かった」

 ヴァレンティーナ様が改めて僕に礼を言った。と同時に、「普段から覗いてたんじゃないでしょうね?」と疑いの視線を向けられた。

 僕は全人格を賭けて否定した。

 今後意識してできるようになったら、やってみたい気もするが、そのときは多分、今回の犯人同様、僕の首は胴と分かれることになるだろう。

 事後処理は僕とリオナにはどうにもできないので、母さんが心配して待っているだろう家に戻ることにした。恐らくもうすぐ夜明けを知らせる鐘が鳴るだろう。

 

 家に戻り、領主が何ともなかったことを知らせると、目を覚ましていた全員が安堵した。

 結局全員目が冴えてしまったようで、そのまま日の出を拝むことになった。

 初夢はお流れになった。

 今夜に期待したいものだ。それともあれを初夢と言っていいのだろうか? 僕にとっては幸せな夢だったかも知れないが…… もっと落ち着いた穏やかな夢がいい。

 僕たちは許可された階段から城壁に上った。

 既に大勢の獣人たちが初日の出を拝む準備をしていた。

「早く来て正解だったな」

 鐘が鳴ってからでは場所取りができなかった可能性がある。僕たちの後にも獣人たちの列ができていた。よく見ると獣人だけでなく人族も大勢詰め掛けていた。

 鐘楼の鐘が鳴った。

 地平線が明るく色付き始め、全員の視線がこれから登る太陽に向けられた。そのときだった。

 森の暗闇に光が点滅したのだ。

 獣人たちがざわついた。

 誰かが言った。

「仲間だ……」

 獣人の男たちが一斉に階段を降り始めた。

「リオナも行くのです!」

 リオナも駆け出した。

「ちょッ! なんだよ!」

 階段を上ってくる連中とひしめき合い、強引に降りて行くところを、城壁の兵が「こっちを使え!」と、立ち入りを禁じていたロープを取り払った。

 側塔にある別の階段を使わせようというのだ。先行するひとりが出口の柵の鍵を開けに降りて行った。

 雪崩を打ったように群衆がその後に続いた。

 しばらくすると南門から群衆が溢れ出した。

 東門は朝と夕だけの開かずの門なので、集団は南門からやや大回りして目的の南東方向に駆け出していた。清らかな雪景色があっという間に群衆の足跡で汚された。

「ああッ?」

 最後尾から猛烈な勢いで飛んでくる物体があった。

 木々の間を巧みにすり抜けながら、目標にまっしぐらに突き進むリオナの姿であった。

 あいつ、僕のスノボーを持ち出しやがった!

 リオナはぐんぐん群衆を追い抜いて、光点のあった場所に差し掛かった。進路を突然変え、何かを包囲するように右旋回を始めた。大きなシュプールを描くのが見えた。

 銃声が二度鳴った。

 僕の血の気は一気に失せた。

 リオナが無事戻って来て、群衆と合流するのが見えた。

 群衆に歓声を持って迎え入れられる姿があった。

 何をしたのか分からないが、僕は取りあえずほっと胸を撫で下ろす。

 気付いたときには日がすっかり昇っていて、辺りは明るくなっていた。

 城壁の上に取り残された僕たちは小さく溜め息をついた。


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