年の瀬王女暗殺未遂事件1
思った以上に時間が掛かってしまった。昼前から始めたことが、夕方まで掛かってようやくケリが付いた。
用意した餅米がようやくなくなったのだ。
女たちは道具を洗い始め、男連中がそれを家まで運んでくれた。
今日食べられなかった人は余程運がないとしか言いようがない。
「多すぎたわね」と母さんも反省している。
子供たちは二回戦に参加できて嬉しかったかも知れないが、作る方は大変だった。
姉さんがひとり、館の人たちの分のお餅を入れた器を膝に置き、ベンチ代わりに置いてある丸太に座ってボーッとしていた。
母さんにいいようにあしらわれて落ち込んでいるようだった。
僕は姉さんの横に座った。
「頭来るのよ!」
いきなりそう叫んだ。
「あれだけ騒いで一ルプリも借りてかないんだから。なんなのよ、もう!」
「最初から、分かってたでしょ?」
姉さんの目に涙が浮かんでいた。喧嘩に負けたからじゃない。必要とされなかったからだ。
「母さんも本気なんじゃない? このスプレコーンを守ろうとして。姉さんの足を引っ張りたくないんだよ」
「ヴィオネッティーが好き勝手やる度に、母さんのところにクレームが集まる仕組みになってんのよ。あんただって分かってるでしょ?」
「いいんじゃない。母さん好きでやってるんだし。元は中央の大貴族様のお姫様だって、今はヴィオネッティーの母なんだからさ。背負える間は背負う気なんだよ。大丈夫。投げ出したくなったら、あの性格だもん。誰かに押しつけてさっさと引退しちゃうって。それこそ姉さんの出番なんじゃない?」
「なんであなたはそう暢気なのよ!」
「だって、母さん、楽しそうだったから。姉さんといるときがいつも一番楽しそうだから。母さんの口癖はいつだって『お姉ちゃんどうしてる?』だよ」
姉さんがうつむいた。
「僕さ、もう稼がなくていいと思ってたんだ。もう充分、一生分稼いじゃったし。後は飛空艇乗り回して世界中旅して、もちろん、エルーダ迷宮は攻略するけどさ。今の生活が続けばそれでいいかなって思ってたんだ。でも違った……」
「?」
「まだまだ足りなかったんだね!」
「え?」
「僕は自分のことしか見てなかった。自分さえしっかりしてれば、今の生活が守られると思ってた。リオナやみんなを幸せにできるって。でも違うって分かったよ。スプレコーンを幸せな町にするには、ふざけた干渉を跳ね返せるだけの強靱さが必要なんだって! ヴァレンティーナ様はもっと大きなものを見てたんだって、今日初めて気付いたよ。この南部全体を見てるって、ミコーレを含めた大きな経済圏を模索してるんだって! もしかしたらもっと遠い世界を見てるのかも知れない」
「あ…… それ…… 思い込み…… 買いかぶりだから……」
「僕はもっと頑張らなきゃいけないんだ。若いんだから! 姉さん、来年はもっと稼ぐよ! 今年の二倍も三倍も頑張るよ! 僕の稼いだお金、思う存分使ってよ、この町のために! もっと魔物狩るし、発明もするからさ」
「いや…… それは自重して……」
「よーし! 来年の目標は、所得十倍計画だぁ! がんばるぞーッ!」
「それだけはやめろ!」
姉さんが抱きついてきた。
「じ、自重しろ……」
「じゃあ、五倍?」
来年の抱負は大幅に下方修正されて「二倍」に収まった。
いつも通りでいいからと諭されたが、納得いかない数字だった。こうなったら、現金ではない形で蓄財するしかない。希少金属やレアアイテム集めに走ることにする! 取りあえず今できることは迷宮攻略だ。より深く潜って効率的に稼ぐ方法を見つけるのだ。
その夜、双六を堪能した後、リオナの第二部屋で、母さんとリオナはいっしょに休んだ。元旦の朝日を拝むために早めの就寝だ。
父さんは道場に行って、爺さんと手合わせしたり、長老たちと一緒に月見酒を満喫したようだ。こちらは明日、ヴァレンティーナ様と一緒に王都に出向くまでぐうたら寝ているつもりらしい。
ロザリアやアイシャさん、アンジェラさんたちは明日の朝食、つまり新年最初の食事の準備を始めていた。
祝いの席から母さんのターキーを排除できたことはこの上なく、さい先のいい知らせであった。
僕もリオナたちに続いて先に休ませて貰った。
明朝、城壁に上がる通路が一部開放される。元旦の太陽を拝むのは獣人スタイル。混雑が予想される。
人族はその後、教会で『神様の休日』前の最後のミサを行なう。一年の感謝を捧げ、お休みの挨拶をするのである。正直この町のバラック教会では人員を収容しきれないだろう。急ぐ人たちは教区最大の教会があるアルガスに行くことになるだろう。
我が家では両親たちを見送った後に、町の教会に参拝する予定だ。神様が爆睡している横で祈りを適当に捧げてくる予定だ。本番は神様が起床した十日後の『新年の儀』なので、この辺は臨機応変にだ。神様も「お礼はもういいから寝かせて」とか思っていそうだからな。長引かせたら却って罰が当たりそうだ。
両親たちは王都で王様と一緒にミサに強制参加らしい。
十日後も、領主として地元の『新年の儀』に強制参加させられているので、親父でも罰当たりにはならずに済むらしい。
僕は素敵な初夢を期待しながら床に就いた。
異世界では『一富士二鷹三茄子』と言うらしい。意味は『鷹』だけ分かる。鳥の名前だ。確かスキルに『鷹の目』という遠くを見るスキルがあるんだが、その『ホーク』が『鷹』という意味らしいのだ。因みに鷹によく似た鳥はこの世界にはいない。「見た目はコカトリスに似ている」と勇者は言っている。異世界にもあんな巨大な鳥がいるのかと思うと驚きである。
明日、日が昇る前に丁度いいタイミングで起きなければならない。明日だけは特別に日の出前に鐘楼の鐘が鳴らされるそうで、聞き逃さないようにしないといけない。着替えもすぐできるように既に準備OKだ。
時計…… 一つ買おうかな…… 部品を全部ミスリルで作り直して…… いくら掛かるかな……
僕はいつの間にか心地よい眠りに落ちていた。
ん? ここは領主館の廊下?
薄暗い周囲を見渡した。
右手は姉さんの書庫と個室だ。姉さんは今夜、僕の家の方にいるから今は無人だ。向かいの部屋は見慣れたヴァレンティーナ様の執務室。
廊下の突き当たりはヴァレンティーナ様の寝室になっている。
何をやってるんだ?
ヴァレンティーナ様の部屋の鍵を開けてなかに侵入する人影があった。
どう見ても招かれざる客である。忍び足で侵入する段階で真面ではない。
暗くてよく見えないが、物腰からして男だ。まさか夜這いとか?
男はセキュリティーを軽々突破して寝室に入っていく。合い鍵を持っているのか?
男は懐中電灯を取り出し周囲の確認を始めた。ヴァレンティーナ様の顔を照らした。どうやら本人確認をしているようだ。おもむろに男は懐から先の尖った短刀を取り出した。そして鞘を抜くと、それをヴァレンティーナ様の豊満な胸目掛けて振り下ろすべく振り上げた。
咄嗟に体当たりを食らわした。
完全に虚を突かれた男は見事に吹き飛ばされて入り口の扉の横の書類棚に激突した。
静寂のなかで、致命的な大きな音を立てた。
僕は間髪入れずに短銃で、なぜ持っていたのか分からないが、男の膝に一撃を放った。
警護が詰めている部屋の扉が乱暴に開け放たれた。守備隊の衣装を着た見たことのない女性がふたり乱入してきて、ひとりが男とヴァレンティーナ様の間に割り込み盾を構え、もうひとりは迷いなく一直線に、何か魔法を発動しようとしていた男の首を切り捨てた。
僕は驚愕しているヴァレンティーナ様の横に立ち、彼女を抱き寄せようとするが、実体がなかった。
僕は別の意味で驚いていると、ヴァレンティーナ様の刺すような視線に気が付いた。
月夜に照らされた彼女のなんと美しいことか。
「貴様、何者だ!」
僕はベッドから飛び起きた。




