帰還と滑り台
家に帰ると、みんなが出迎えてくれた。
「お帰りなさいなのです」
「お帰りー」
「お帰り、若様!」
「お帰りなさい」
しばしの沈黙…… 子供たちが僕の手をじっと見つめる。
「若様、肉……」
「肉?」
「肉…… お土産」
子供たちがなんでいるのかなぁと思ったら、そういうことか。
「あるわけないだろ、騎士団のお手伝いなんだから」
僕を嬉しそうに出迎えた子供たちがコタツに戻っていった。
おい、こら、リオナ、なんでお前まで戻る?
「期待は裏切られたのです」
「お前ら、少しは心配しろよ」
「何言ってるですか? ドラゴン風情にエルリンは負けないのです」
子供たちが頷いた。
残された大人たちは呆れるしかなかった。
アンジェラさんと目があった。
「お帰り、怪我はなかったかい?」
「ただいま、問題ありません。食事お願いできます? 騎士団の食事は口に合わなくて」
僕は食堂の椅子に座った。
「口が肥えすぎるのも問題じゃな」と先に席に着いているアイシャさんが笑った。
「おかえり……」
オクタヴィアがテーブルの上で伸びていた。
「どうしたの?」
「また長風呂でのぼせおった」
小さな氷を頭に置いてやった。
それから僕はことの顛末を全員に話すはめになり、船が全損したことに気落ちした子供たちを励ますため、自然と今夜も焼き肉パーティーということになってしまった。
雪はまだ止まず、降り積もる。
姉さんたちが戻って来たと報を聞いたのは、翌日になってからだった。
「『ビアンコ商会』の造船事業が本格的に動き出すって。会長に届けた現物が効いたらしい。一ヶ月で一隻建造できるだけの人員を配置するって、棟梁が」
ロメオ君が嬉しそうに工房の情報を教えてくれた。
ロメオ君って結構オタクだよね。
「うちの船何番目になりそう?」
「取りあえず建造中の三隻を今月中に仕上げるってさ。来月にヴァレンティーナ様の船と同時に開始するって。図面があるから前回ほど時間は掛からないって言ってた。人員も増えるしね。完成は早くて二ヶ月後だって」
「二隻一緒だろ?」
「同じ部品を使うから二隻同時の方が効率いいみたい。第一世代の部品はもう量産が始まってるよ。今回六つも肺が手に入ったからね。二隻に肺を四つ使っても二個余る。一番艇の一個も加えると三つか。ボロ儲けだってさ」
「そりゃよかった。売る相手だけは間違わないようにして欲しいけどね」
「その辺もしっかり取決めたみたいだよ」
「そっか。取りあえず二ヶ月待ちか。テトたちには悪いけど我慢して貰おう」
「その暇はないようだよ」
「何?」
「面白いことになってるよ」
僕はロメオ君に案内されて獣人の村を訪れた。すると絶句する光景がそこにあった。
それは雪で造った巨大な滑り台であった。雪のなかに大きな溝が掘ってあって、そこをソリが猛烈な勢いで滑り降りるのだ。溝は丸い断面になっていて、きついカーブなどは飛び出さないように壁がグルリと全周囲を覆っている箇所もあった。
この町は元々傾斜が付いていて、我が家と領主館のある東側が一番高くなっている。傾斜は水道や下水を運用するためのものだが、森のなかでは中央広場まで滑り降りる巨大な滑り台になっていた。町の一辺の約半分の距離である。とんでもない長さである。
そこを獣人、人族問わず子供たちがソリに乗って遊んでいるのだった。
入り組んだコースはときに地面の下を通り、ときに家々の屋根の上を跨いでいたりした。
「長老の許可は下りてるわけ?」
「獣人たちには毎年のことらしいですよ。規模はだいぶ違うみたいだけど」
子供たちは遊びに夢中というわけか。
「ロメオ君滑ってみた?」
「一回だけ。気持ち悪くなっちゃったよ」
「若様発見!」
「発見!」
村の子供たちに見つかってしまった。そして強制連行されてしまった。
「乗って、乗って」
子供たちが僕にソリに乗れと言う。
僕は止むを得ず、巨大滑り台を滑ることになった。
「気を付けて、先に行ってるから」
ロ、ロメオ君! 見捨てるのか?
「がんばってねー」
こら、チビども。ソリを押すな!
「あ!」
ソリが動き始めた。やばい。僕はソリに付いている手すりを握った。
坂を滑り加速し始めた。
溝は森の木々の間を右に左にとカーブする。その度に、ソリは振り子のように左右に振り回される。
やがて大きなカーブが見えてきて村のど真ん中を通過することに。
高架ができていて町並みが下に見えた。
どんだけ手が込んでるんだよ。振動で身体が揺れる。
もうちょっと溝のなかを平らにした方がいいぞ。しゃべれば舌を噛みそうだ。
やがて、減速してほっとしたのも束の間、急降下してまた加速する。
森のなかに突入すると、積雪に口を開けたトンネルがあった。勢いのまま飛び込むと、円筒のなかを二回ほど螺旋状に回転することになる。そして明るい場所に出たかと思うと、その先には大きなスパイラルが待っていた。
遠心力に振られるまま、ほぼ横向きになりながら坂を下っていく。そして突然溝が……
「ああああああああああああッ!」
空高く舞い上がる。村を流れる清流を飛び越えた。
一瞬、時間が止まった。
ソリは計算された斜面にほぼ衝撃なく落ちた。
大きな傾斜のある壁に乗り上げ速度を落としながら、ゴール地点のブレーキゾーンの雪原に滑り込んだ。
「死ぬ…… ドラゴンより怖い……」
僕はしばらくソリの上で伸びていた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
子供たちに覗き込まれた。みんなニットの帽子が可愛い。でも……
「ハードすぎる」
恐るべし、子供たちである。否、これを造った獣人たちか……
「怪我だけはするなよ」
僕はよろけながら、一言残して立ち去った。
家に戻るとロメオ君が笑って出迎えた。
「酷いよ、ロメオ君」
「この町の子供たちの儀式だと思って諦めるんですね」
ロザリアに笑われた。
「乗ってないのもうエルリンだけなのです」
リオナにも失笑を買った。
「みんなも乗ったのか?」
「リオナと三回ぐらい」
ロザリアが答えた。
僕はエミリーを見た。
「わたしは一回で懲りました」
だよね。ロザリアたちがおかしいんだ。
「それで、あの震動はなんとかならないのか? そのうちソリが空中分解するぞ」
「そう思うなら改造して欲しいのです」
「なんで僕が……」
「村の子供たちを守る義務があるのです」
「だったら滑り台禁止」
あー、まだ頭のなかが揺れてる。
「そんなことしたら、暴動が起きるのです!」
魔法で一掃してくれるわ……
「あの…… お願いします。子供たちの、冬の唯一の楽しみなんです」
サエキさん……
サエキさんに頼まれたんじゃ仕方ないな。
結局、この日は狩りに行く予定を潰して、ソリの改造をする羽目になった。
で、やったことといえば、専用のつなぎを用意することだけだった。
お尻と背中の部分に衝撃吸収用の綿パッドを詰め込んだものだ。転んだときにも役に立つ。シンプルだし、今すぐできて、安上がりだということで採用になった。
ソリを改造していくとどんどん複雑に、でかくなっていくのですぐに却下になった。子供が引きずれる重さでというのが最低条件だったからだ。
防御結界も試してみたが、獣人の子供には酷な結果になってしまった。
理想は振り子列車のあの客車なのだが。そうなると面白みもなくなりそうなので考えないことにした。
その日のうちに噂は広がり、告知したわけでもないのに、翌日から子供たちは可愛いアップリケの付いた専用つなぎに身を包むことになった。
世のお母さんたちは頑張っているのだなと実感して笑った。やがて話は人族にも伝播して、町中おかしなつなぎを着た子供たちで溢れることになる。




