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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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スノードラゴン討伐1

 オクタヴィアに伸びパンチされて、うたた寝から解放された僕は、書庫に向かい、久しぶりに『異世界召喚物語』を手に取った。

 あっ! 一冊抜けてる。姉さんまで例の一冊を禁書扱いにするのか……

 それにしても、見事に再現されている。頁の隅の小さな染みまで完璧だ。

 なんだか懐かしい。

 この本に触れていた頃の昔の記憶がよみがえってくる。

「あッ」

 突然、スノボーを注文していたことを思い出した。

 僕は部屋を飛び出すとアンジェラさんのところに向かった。

「いえ、届いてませんけど?」

 サエキさんと顔を見合わせた。そこへエミリーがやって来て言った。

「お姉さんが持って行かれましたよ。術式がどうとか言ってましたけど」

 さては姉さん、持ち去ったまま忘れてるな。

 どの道、雪が降らないと始まらないから、まあ、いいか。

 僕は書庫に籠もり、持ち込んだ椅子に座って読書の続きを始める。

 コタツに入っていたせいか、肌寒くなってしまったので、据え付けの、魔石暖房器に魔力を注いだ。


 僕は空を飛んでいた。雲で覆われた冬の寒空だ。

 僕はそこで見た。

 凍える人々を。長い人の列を。

 山の向こうはもう雪が積もり始めている。

「難民か? この時期に?」

 人々は一路西を目指している。

 渓谷の細い山道に人が溢れていた。女子供、老人が吹雪のなかをひたすら歩いている。先頭は近衛騎士団だ。あの旗は見たことがある。

 僕はさらに高い位置から彼らを見下ろす。

 見たことのある山裾だった。

「ルブラン山脈を越えてこようというのか!」

 こんな時期に…… 無茶をする。

 僕はさらに長蛇の列の後方に目を向ける。

 殿(しんがり)は先頭同様、騎馬隊が務めている。誰も彼も疲弊しきった顔をしていた。

 万能薬の支給はどうなってる? さすがに強壮剤として飲むには高価すぎるか?

 僕はさらに後方を見渡す。

 強力な魔力の塊がこれ見よがしに飛び込んでくる。

「ドラゴンだ!」

 真っ白で巨大な塊が二日ほど後方の位置に鎮座していた。

 どこから来たのか? このドラゴンは明らかに寒冷地に住むドラゴンだ。我が国の上空を北の果てから越えて来たとも思えないし、南の砂漠を越えて来たとも思えない。

 唯一の可能性はルブラン山脈から以東に走る万年雪を頂く高山地帯だ。

 スプレコーンの東、ルブラン山脈の向こうは王領だ。かつてのこの地と同様、少数の民族がいるだけの緩衝地帯である。

 さらに東、『栄光の大樹』の本拠地ナスカの町の南にある未開の地を警戒するため、確か第二近衛師団の駐屯地があるはずなのだが。

 僕はさらに彼の地を散策した。

「そんな!」

 一瞬見間違いだと思った。

 でも、見つけてしまった。

 もう一匹を北側の領境に。

 第二師団はまだ気付いている様子がない。

 山岳地帯の一匹に注意が向いているせいだ。

 幸いどちらもまだ接触していないが、時間の問題だ。特に山岳側のドラゴンはあと数日で間違いなく接触する。

 行列の殿は今、前哨戦として狩り場を追われた魔物たちと戦闘を繰り広げている。

「急げ、山を越えればスプレコーンだ! ヴァレンティーナ様がいらっしゃる。みな頑張るんだ」

 難民を護衛する騎士が必死に発破を掛ける。

 その騎士の後ろから今夜の糧を得ようと餓狼の一団が襲いかかる。

 騎士団は盾を構え、必死に防戦する。

 突然、頭上から千年大蛇が現れた。騎士に飛びかかった餓狼が一呑みにされた。木に巻き付いた大蛇が首をもたげて周囲を牽制する。

 が、次の瞬間、蛇の頭が長い槍のようなものに串刺しにされて木に縫い付けられた。

 騎士たちの頭上にいたのはレベル五十越えの足長大蜘蛛である。

 冬には活動を止めていたはずの連中が、ドラゴンの気配に当てられ目覚めたのか、雪を遮るこの渓谷に巣くい始めていた。

 難民の通過がもう少し遅れていたら、どうなっていたことか。

 騎士団はゆっくり後ずさる。

 大きな獲物を得た足長大蜘蛛は満足したのか、闇のなかに姿を消した。

 


 僕は飛び起きた! 

 足元に本が落ちて、我に返る。

 ここは…… 

 眠っていたのか?

「夢か……」

 いや、この妙に実感のある感覚は、予言めいている。只の夢ならよし、現在進行形だったら……

 僕は急いで一階に降りた。

 全員が帰ってきていて、居間で夕食のときを待っていた。

「ちょっと、出かけてくる!」

 僕は外套だけを羽織って外に出た。

 全速力で領主館に向かった。


 館の正面ゲートでは出兵準備が慌ただしく行なわれていた。

「姉さん!」

「エルネスト!」

「東に行くのか?」

「なぜ知っている? 知らせは今来たばかりだぞ」

「ドラゴンが出たんだな?」

 姉さんの目が見開かれた。

「山岳地帯にな。あそこには第二師団の駐屯地がある。問題ない」

「北の領境にもだ」

 姉さんが僕の顔をまじまじと見つめた。

「さっき夢を見たんだ。ほんとかどうか分からないけど。難民が山岳地帯を抜けてこっちに向かってる。第二師団の旗も見えた。駐屯地で応戦の準備もしている。でも駐屯地の反対側からもう一匹来てるんだ、急いで知らせないと大変なことになる!」

「どんなドラゴンだ?」

「白いドラゴン。吹雪を吐き出してた」

「アイスドラゴンか、スノードラゴンか?」

 会ったこともないのに違いなんて分からない。そもそも二種類もいるなんて。

 姉さんが懐から『魔物図鑑』の付録のカードを取り出して、そのなかの二枚を差し出した。

「どっちだ?」

 僕は二枚目を指した。一枚目のドラゴンほどゴツゴツしてはいなかった気がする。

「間違いないか?」

「間違いない」と返した。

「よし!」

 何がよしなんだか分からないが、姉さんはこれから遠征に出る部隊長にスノードラゴンだと振りまいた。すると、緊張が一気に治まり、笑みさえ広がった。

「どういうこと?」

「同じドラゴンでもやりやすい敵と面倒な敵がいるのよ」

 わかりやすい解説によると、アイスドラゴンのブレスは瞬間凍結、即死級でスノードラゴンのブレスはそれに比べるとゆるいのだそうだ。

 さらにアイスドラゴンは身軽で空中戦が主だが、スノードラゴンは鈍重で戦闘は大概地上戦になるらしい。持久力になるとアドバンテージは逆転するが、騎士団にとっては御しやすい相手となるようだ。

 準備の終った部隊が次々、臨時の転移ゲートで駐屯地に飛んでいく。部隊の装備は寒冷地仕様の耐寒装備だ。武器はライフルに特殊弾頭仕様らしい。

「エルネスト!」

 振り向くとヴァレンティーナ様がいた。

「ヴァレンティーナ、あんたは出なくて済みそうだぞ」

 姉さんとふたり短い会話を交わすと、ヴァレンティーナ様は僕の肩を叩いた。

「探知スキルはときに予言めいた反応をすることがあるわ」

 あの夢は『魔力探知』スキルのおかげ?

「悪いがお前にはマギーと一緒に越境してくる連中の世話を頼みたい。お前の船の出航準備を棟梁にさせている。完成はしていないが、取りあえず飛ぶことはできるだろう。補給物資が多いのでな。使わせて貰うぞ」


 僕は大急ぎで家に戻った。

 下手をすれば戦闘もあり得るから、装備を固めてからいく。

 子供たちまで集まっていた。

 厨房では夕食を食べていない僕のために弁当が作られていた。

「ロメオ君まで……」

「魔法を使える人間は多い方がいいだろ?」

「助かるよ」

 僕の準備が整うとサエキさんの操る馬車で全員工房に急いだ。


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