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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第二章 カレイドスコープ
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牢獄と楽園1

 翌日は慌ただしく始まった。

 エンリエッタさんたちが中庭で訓練をする横で、王宮の薬剤官たちが珍しい植物の種やら苗を植える作業をしていた。王都より山間部にあるこの街は若干寒く、この土地にあった薬草を植えるという。

 ここで育てた薬草をお金に換えて税金対策にするのだそうだ。

 王家といえども領主に払うべきものは払うのが円満の秘訣らしい。大抵領主側が遠慮するのだが、そこは折半でというのが暗黙の了解らしい。

 姉たちはとにかく僕たちのことが心配なようで、やれることはすべてやる気でいるようだった。

 敷地には結界を施し、地下には食料備蓄倉庫まで用意した。

 結界はドラゴンの襲撃にも耐えられるほど強固なものらしい。

 倉庫は腐敗防止用の魔法陣が刻まれていて、個室がすっぽり収まるほど大きかった。半分は薬剤の保存にも使う予定だそうだが、冬眠する熊じゃないんだから。

 要塞か何かと勘違いしているのではなかろうか?

 武器や魔石の備蓄を始めないことを祈ろう。

 執務室では王女様が王宮からの手紙をさばく傍ら、屋敷の権利関係やら領収書の整理やらを行っていた。僕たちが何もせずとも屋敷の維持管理にかかる費用を捻出できる仕組みを作っているらしい。庭の薬草畑もその一つだ。

「裏の空き地もほしいところね……」と食事中につぶやくのを聞いた。

 これ以上でかい家には住みたくないんですが……

 妹御はうちの姉さんとチョロチョロしているが…… よくわからん。ただ、あの姉さん相手に笑っているのだから侮れない。

 あの子の笑顔のための空間作りと思えば、何かしてあげたくなってしまうのだが。手を出さない方がよさそうだ。僕の仕事はおそらく姉さんたちが去ってから始まるのだろうから。



 朝食を済ませると姉さんが僕に付いてくるように言った。

 エントランスの二階へ上がる螺旋階段の後ろのデットスペースにその入口は隠されていた。 裏方部屋から降りる地下階段とは別に、新たに造られた地下室への入口である。まるで迷宮によくある隠し扉だ。

 姉さんは杖に明かりを灯した。僕は姉さんの後に続いて階段を降りた。

 そこは居間と中庭の下に造られた広い空間であった。建築途中で壁も床も魔法で掘り抜いたままになっている。

 姉さんはここにダンジョンでも造る気なのか?

「ここは雨天練習場にする予定だ。魔法障壁も張る予定だから魔法の練習にも使えるようになる」

 姉さんが照らす先にはさらに深い巨大な穴が開いていた。

 床下まで三階分の高さはあろうか。ここだけで屋敷の敷地半分ほどの床面積がある。

「うちの敷地越えてない?」

「大丈夫だ。今のところはな」

 どんだけ魔力、持て余してんだよ、姉さんは。

 廊下を挟んで練習場予定地の反対側に用途不明の部屋がいくつか用意されていた。

「鍛冶や革細工とか何かに目覚めたら使うといいわ」

 なんだかんだいっても姉さんも『異世界召喚物語』の影響を受けている。

「そしてここ。あんたの修行部屋よ」

 僕は何もないただの四角い横穴に入れられた。

「わたしも師匠からやらされたことだから、たぶん大丈夫でしょう」

 姉さんが言う師匠とは、現王宮筆頭魔導師ルノアール・アシャン老である。

 ユニークスキル『牢獄』を持つ天才魔導師で、姉さんが唯一頭の上がらない人物だ。

 姉さんが幼い頃、我が家に賓客としてよく遊びに来ていたらしく、彼女の才能をいち早く見出してくれた人物である。魔法を使えない一族にあって、今の姉さんがあるのはすべてこの人のおかげだと言って過言ではない。

 姉さんが暴走したときに手綱を握れる人がいるというのは王国にとっても幸いなことだろう。

 その師匠が姉さんにしたこと? 嫌な予感がするのはなぜだろう?

「『牢獄』を発動させるぞ」

 姉さんは僕を部屋に押し込むと呪文を唱えた。あっという間に周囲の気配が様変わりして、こぎれいな生活空間が現れた。壁一面に本棚が、床にはクッションで埋め尽くされたソファーやベッドが現れ、サイドテーブルには果物の入ったバスケットが置かれている。

 実家の姉さんの部屋に似ているが、姉さんの姿はすでにない。

「あんたが今いるのは『牢獄』で創られた特異な空間だ。そこでやることはだだ一つ、この呼び鈴を鳴らすことだ」

 目の前に鈴が現れて、それが部屋の扉に掛けられた。

 姉さんの声だけが空間にこだまする。

「あんたはここで魔力を使うことを覚えるのよ。わたしがそうしたようにね。今のままではその空間にある物には何一つ触れることはできない。身体を動かそうにもすべてが擦り抜けてしまうだろう」

 姉さんがなぜ、師匠の『牢獄』を使えるのか尋ねたいところだが、今はそれどころではなくなっていた。

「そこは魔力のみが干渉しうる引力たり得る空間だ。魔力を操らなければ、床に足を置くことさえかなわない。ものに触れることもできない。魔力を身に纏い世界に干渉しろ。できなければ死ぬだけだ。子供の頃教えたことを思い出せ。すべて師匠の受け売りだが、わたしはそのおかげで出てこれた。一月たって出てこなければ、お前に教えることはもはやないと思え」

 一方的な宣言に僕は虚を突かれた。

『魔弾』の使い方を教わりたかったのに、なぜこうなった? 姉さんの勘違い? それともこれが答えなのか?

「では健闘を祈る」

 姉さんが遠ざかって行くのがわかった。でもそれがなぜわかったのかはわからなかった。

 それにしてもとんでもないことになった。

 ここは『お仕置き部屋』だ。我が家にあったという一族の子弟御用達の閉鎖空間だ。『魔弾』使いの兄たちがどんなに騒いでも出してもらえなかったという部屋の再現だ。歳の離れた僕はお世話になったことはないが、なるほどこういう仕掛けになっていたのか。アシャン老が我が家に来ていたのは、傍若無人な暴徒のような兄弟たちを閉じ込める『お仕置き部屋』を管理するためだったのか。

 姉さんは才能故にたまたま『お仕置き部屋』の仕組みを解いてしまったのかもしれないな。国一番の魔導師のユニークスキルを。

 弟子にしたというより、目の届くところに置いておきたかったということだろうか。アシャン老の白髪もさぞや増えたことだろう。

 と、そんなことを考えている場合ではなかった。姉さんは一月と言ったが、それまでこの空間で生きていられる保証はない。時の止まった空間ならいざ知らず、このまま身動きが取れないまま、排泄垂れ流しはごめんである。

 世界に干渉する。

 魔法とは、意志の具現化による事象空間への干渉である。指で玉を弾くように、意志の力で火玉を弾くのである。

 ものに触れる。

 魔力を行使し物体に干渉する。魔力を捻出できない僕はどうすれば? 

 姉さんの言葉を思い出す。まだ姉も僕も幼かったあの頃の…… 

「『魔弾』のその先に魔法があるって言われてもわかんないよね」

 魔法講義の後に姉さんの愚痴を聞くのがあの頃の僕の役目だった。

「心の声を聞いてって言われても…… 心の声って何? 自分の考えとは違うの?」

 兄たちがあっさり諦めたものに、しつこく食い下がっていた姉。諦めるということが何より嫌いだった姉。持ち前の好奇心と探究心が姉さんの原動力だった。

 昔ならいざ知らず、今の姉さんが僕にもできると結論付けたのなら、それはできて当然のことなのだ。できなかったとしたら、僕の努力が姉さんの期待に満たなかったということだ。

 僕は意を決して動かない掌に力を込めた。

 動け。動け。動け。自分っ!

 どんなに力を込めても、どんなに思いを込めても動けなかった。動かなかった。

 はぁ…… 僕は溜め息をつ…… 

 ダメだこりゃ。溜め息も出やしない。


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