高速馬車で行く、ミコーレ砂漠の旅7
「そんなに早い段階で気付いていたのか?」
「うちの連中は皆、優秀でね。この段階でガッサン、君のジレンマのことは大体察することができたわけだ。後はリオナとオクタヴィアに寝たふりをさせて別行動を取ってもらって、人質救出と応援の投入タイミングを計って貰うことにしたんだよ。あとは君の知っての通りだ」
「根本的な質問なんだけど、どうやって増援と連絡を取っていたんだい? 君らは当たり前のように話すけど俺にはさっぱりだ」
「しゃべる猫は兎も角、獣人族のなかには耳や鼻のいい奴がいるのさ。人族の何百倍もね」
ガッサンは驚きながら幌の先にいる御者の影を見つめた。
氷柱はすっかり溶けてしまっていた。
僕は氷柱を再生させて、ブリザードをかまして幌のなかを一気に冷やした。
「ところでガッサン、君は何者だい? 魔法学校のぽっと出じゃないよね?」
「召喚魔法然り」
「魔法結界然り」
「魔法術式の短縮を理解できたこと然りだ」
みんなが突っ込んだ。
「一度発動した障壁に追加を施すのって結構大変なんだよね。発動を止めれば別だけど」
「短縮術式には魔法学校では習わない新しい記号が必要なんだよね。君はそれを知っていた」
「君は一体何者なのかな?」
「僕に直接聞くのかい?」
「君の国の皇太子殿下は苦手でね」
ガッサンは笑った。
「俺の名はガッサン・ヒクマト。親父の名はヒクマト…… へサーム・ヒクマト。ミコーレ三傑のひとり、ヒクマト将軍だ。卒業したのは本当だが、魔法は幼い頃からやってる」
「『ミコーレの突撃将軍』?」
ロメオ君が口をぽかんと開けた。
「それって…… 国軍の将の娘を誘拐した一大事件じゃないか!」
将軍の娘を殺した責任を僕に押しつけて、国威発揚でもする気だったんじゃないのか?
「同い年の君たちを巻き込んでいいものかうちの親父も迷ったんだ。でも皇太子殿下は利権の絡まぬ、部外者の君たちに頼む方が背中から刺されずに済むからと言ってね。帰りの途中だから拾ってこいと」
「またか……」
また踊らされたのか。
アールハイト王国王家第一王女にして『銀花の紋章団』団長、マリアベーラ様。いくら団長だからって、部下の使い方ってもんがあるでしょうに!
「酷い、酷すぎる! 報復だ。もう報復しかない。サンドワームを引き連れて首都に侵攻してやる!」
「ああ、そうそう伝言があった」
「ん?」
「多分怒るだろうからって」
「何?」
「ミコーレの開拓中の町の土地を半分」
「いらねーよ!」
昔々、あるところにボナ卿という愚かな領主がおりまして、ある日突然、城が倒壊したという伝説がございます。殿下はご存じでしょうか? 善良な民を弄ぶとどういうことになるか。ミコーレの城はさぞかし壊し甲斐があることでしょうね……
「くそーっ、覚えてろよ! 美人だからってなんでも許されると思うなよーッ!」
デボア卿に若干のシンパシーを感じながら、僕たちは首都に向かった。
無事、ガッサンの努力の結晶がミコーレに届けられたのはそれから三日後のことであった。
ミコーレの王宮に強引に通された。
門番にガッサンが名前を聞かれ「そうだ」と答えたが最後、あれよあれよという間に、王宮の貴賓室に連れ込まれた。
そして僕とガッサンだけが別室に案内された。
そこには正直余り会いたくないふたりがいた。
「久しぶりだな、弟君」
ジョルジュ皇太子殿下が相変わらず気さくに声を掛けてきた。
「ガッサンもよくやってくれた」
ガッサンは完全にビビっている。
「何か言いたそうね」
マリアベーラ様も着ている服がミコーレ風になっただけで、色気は相変わらずだ。
「こういうやり方は好きになれません。もうちょっとやり様はなかったんですか?」
「ことがことなだけにな、双子の石版を使って気楽にやり取りするわけにはいかなかったんだ。どこに敵がいるやも知れない状況だったからな」
「敵に知られない程度に文通するので手一杯だったのよ。ヴァレンティーナも私たちも、お互い手探り状態でことを進めるしかなかったのよ。情報の時差はどうしようもなかったの。ごめんなさいね」
「誘拐事件だなんて知りませんでしたよ」
「こちらが動いていることを悟られるわけには行かなかったんだ。人質がいたからな。本当に申し訳なかった」
ふたりの低姿勢のせいで僕は簡単に牙を抜かれてしまう。
「双子の石版、姉妹で一個ずつ持った方がいいんじゃないですか?」
「あれは冒険者ギルドの専売よ。王族とは言え、売っては貰えないわ」
「どうだい、この国は? 君の国とは随分違うだろう?」
「サンドワームだけはなんとかした方がいいですよ」
ふたりは笑った。
「君はこの国の本質が見えているようだね」
「そんな大層なものは見えません」
「広大な大地もあいつらが支配する限り、我らの物にはならんと言うことだ。我らに残された世界は魔除けによって作られた僅かな空間と岩盤の上だけだ」
「だからか」
「何がだね?」
「町が縦方向に伸びているのが気になったもので」
「この町を支える岩盤はこれ以上広くはならんのでな」
僕はふたりを見た。
「今回の事件は僕のせいでもあるんですよね?」
ふたりは戸惑った顔をした。
「ガッサンの妹がつらい思いをしたのも、元はと言えば僕がしくじったからですよね。あのとき、無血開城できていれば、彼らの遺恨もここまで酷くなっていなかったかもしれない。おふたりの結婚だって……」
「ラヴァルの件はわたしたちがあなたをけしかけたせいよ。あなたのせいじゃないわ」
「元はと言えば、我ら大公家が彼らの造反を許したからだ。デボアを増長させたのは私たちだ。君じゃない!」
「償います。やらせてください」
「え?」
「大地をサンドワームから切り取ります!」
「付き合う必要はないよ。これは僕が言い出したことだし、みんなは先に帰って」
「なんでそうなるんですか!」
ロザリアが口にソースを付けたまま怒った。
貴賓室で何食ってた、お前ら?
ロザリアが僕の向こう脛を蹴る。
「痛ッ」
「馬鹿」
「馬鹿なのです」
「そなたが悪い」
「ごめん。あのふたり苦手なんだよ」
「好きの間違いなのです」
リオナの言葉にロメオ君が笑った。
「そうとも言うかな」
「でどうするの?」
完全にスルーされた。
「まずサンドワームをこの一帯から追い出す。それから壁を作る。多分ミコーレの岩盤を支える地層があるはずだからそんなに深くないはずだ。その壁でミコーレをグルリと囲んで、魔除けの術式を施す」
「魔力がいくらあっても足りんな」
「ゼロから土魔法で壁を作るならそうだけど、元々ある砂を固めるだけなら、大分節約できるんじゃないかな」
「地面全部を固めるわけじゃないですしね」
「楽しそうなのです」
「確かに面白いかもしれん」
「魔力全開にできる機会なんてあまりないからね」
「それもそうね。最近暴れてない気がするわ」
この間の一件はもう眼中にないのか?
大勢のギャラリーが城壁から眺めていた。その見ている前で、僕とアイシャさんは地面に衝撃波を放った。アイシャさんがボナの町の城壁を吹き飛ばしたときに使った風の上級魔法だ。
驚いたサンドワームが次々、地表に飛び出してくる。
サンドワームの群れが怒り狂って暴れている。
そこへロメオ君とロザリアの魔法が炸裂する。
風と光の矢だ。
ふたりは発動速度重視で無数の弾幕を浴びせまくる。まさに全開である。
サンドワームの一群が無数の弾幕を全身に浴びて消し飛んでいく。
ふたりは一段落すると万能薬を舐めた。
リオナが地中の敵の位置を克明に知らせてくれる。
ヘモジを召喚して参戦させる。
ヘモジはサンドワームが地表から出てきたところをハンマーでぶっ叩く。
野生の勘か、位置を知らせずとも的確に出鼻を挫いていく。
掘り起こしは僕が担当して、アイシャさんには攻撃に回ってもらう。
そしてほぼ正面の敵を一掃したとき、遠くに砂のしぶきが上がった。
明らかに魔力の反応が上がった。
桁違いの大物だ!
「来るぞ!」
タイミングを合わせて僕は地面に衝撃波を叩き込んだ。




