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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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高速馬車で行く、ミコーレ砂漠の旅5

 身ぎれいだが醜悪な老人が壊れた教会の主らしい。

「妹を帰してくれ」

 ガッサンは叫んだ。

「そう焦るな。妹は無事に開放する。そんなことより、今を楽しんだらどうだ。目の前に我ら、ミコーレの宿敵、ふたりの将軍を葬ったヴァレンティーナの懐刀がいるのだぞ。ヴァレンティーナ…… 第二王女、マリアベーラ共々鬱陶しい王国の女狐め! いつもいつも我らの邪魔をしおって! 大公家の馬鹿どものように、わしは操られたりはせんぞ! 思い通りにはならん、なるものか! わしこそがこの国の最後の砦じゃ!」

 パラノイアか? いかれた爺さんである。

「エルネスト・ヴィオネッティー、貴様とその仲間にはこの場で死んでもらうぞ! わしの子飼いの将軍たちを殺してくれたな礼だ……」

 子飼い? 

 ああ、なるほど。失脚した大公の弟…… デボア卿だったかな?

 側廊の影から、腐った扉の向こうから、武器を持った男たちがゾロゾロと姿を現わした。

 あのー、よく考えてから行動して欲しいんですけど…… 将軍を倒した敵を相手に、装備一つ統一できないこの愚連隊はどうなの? 対抗勢力として。

 人質を盾にしないのは褒めてあげるけど。

「大公の弟も今じゃチンピラの頭か?」

「ほざけ! エルフッ!」

 窓の外に続々と増援が現れる。索敵に掛からなかったことを考えると恐らく転移ポータルがどこかにあるのだろう。出るわ、出るわ。ちょっと不味いかも……

「少しは考えてるみたいだね……」

 聖堂の天窓からリオナとオクタヴィアが顔を覗かせた。

 ひとりと一匹はにこりと笑った。

「ガッサン、そんなところにいると死ぬぞ」

 ものすごい音がしたかと思ったら聖堂の屋根が吹き飛んだ。

「伏せろ!」

 聖堂のなかは埃と瓦礫が降ってきて、話し合いどころではなくなった。

「何ごとだ!」

 敵が動揺している。

 空を巨大な何かが横切った。

 勢いが余ったようで旋回して戻ってくる。

 それはドラゴンの如き真っ赤な装甲の飛空艇。ヴァレンティーナ様の一番艇だった。空から稲妻が降ってくる。

 外にいた無頼漢たちの装備は対魔付与を施してあるようだった。が余り意味はなかった。

 姉さんの魔法を弾く気ならもっといい装備でなきゃ。七割ダメージ削減でも死ねるよ。

「なんだあれは……」

 デボア卿が空を見上げて固まった。

 なんだ、雷命中しなかったのか?

「止めろ! 止めてくれ! 俺の妹がいるんだ」

 ガッサンが僕につかみかかった。

「もう助けた」

 いつの間にか足元にオクタヴィアがいた。

「結界なくなった」

 敵がこちらに慌てて矢を放つ。

 すべてか見えない壁に弾かれて手前に落ちる。

 二撃目はなかった。

 アイシャさんとロメオ君の魔法でイチコロである。

 二匹の幻獣が壁の向こうに隠れている奴らを噛み殺す。

 柱の影から追い出された連中が出口付近の僕たちに挑んでくる。

 だが、近づく前に何かにぶち当たって床に倒れ込む。したたか頭をぶつけて数人が卒倒する。起き上がった者たちは運がなかった。

 僕はヘモジを召喚した。

 悲鳴が轟いた。突然、戦闘にでかいトロールが割り込んできたのだ。

「ヘモジ、リオナを守れ」

「ナ!」

 崩れかけている壁にハンマーをぶち込んで引導を渡し、リオナの元に向かった。

 リオナは教会の隣の物件の厩舎にいる。ガッサンの妹が閉じ込められていた場所だ。

 僕は厩舎に近づく数人の敵を、ヘモジの壊した壁の隙間から氷槍で葬った。

 ヘモジは厩舎の扉に手を掛けた奴らを横殴りにした。

「あれ、あの小さかったヘモジなの?」

 ロザリアが聞いてくる。

「まだレベル二十だけど、結構でかくなったでしょ」

「すっかり可愛げがなくなったの」

 アイシャさんが率直な感想を述べた。

「そうですか?」

 そこへサイクロプスが乱入した。

「あれは!」

 ガッサンが目を丸くする。

「親父さんも来たみたいだな」

 飛空艇からヴァレンティーナ様たちが降りてきた。

 戦況をなんとか支えていたやり手の精鋭がどんどん刈り取られていく。

「馬鹿な…… わしの兵が…… こうも易々と」

 突然こちらに振り返った老人の目はもはや人の目ではなかった。

「『ミューテーション』じゃ!」

 アイシャさんが咄嗟に剣を抜いた。

 次の瞬間、僕の張った障壁に食いついたのは巨大な人型をした狂犬だった。

「ブラックドッグ…… 『ヘルハウンド』」

 デボア卿のユニークスキルのようだ。

 両手からは鋭い爪が生えていた。着ていた小洒落た衣装は、マッチョになったせいで引き裂かれてぼろ切れになっていた。

 アイシャさんが犬男の胸を剣で突く。

 後ずさったところを二匹の幻獣が飛びかかるが、返り討ちに遭って消されてしまった。

 どうやら眼中にはないようだ。敵の狙いは一点。

 真っ赤な眼光がこちらを睨み付ける。

 僕は剣を構えた。

 ヘルハウンドは真っ直ぐこちらににじり寄る。

 間合いを詰めると蛮声を上げ、飛びかかってきた。

 結界ごと切り裂くべく、爪を振り下ろす!

 僕は構わず、敵を真っ二つにすべく剣を薙ぐ。

 敵は僕の剣を掴みにかかった。

 勝利を確信したかのように一瞬口元が緩むが、次の瞬間悲鳴を上げた。

 普通のなまくらだったら、その強靱な手掌で握り潰せたかも知れない。

 でも僕の剣は只の剣じゃない。

 掴みかかった指を勢いのまま、すべてはね飛ばした。

 経験則が仇になったみたいだな、大将。

 そこへリオナが乱入。

 いつもの低い位置からの突進、片腕を一瞬で切り落として、最後はゼロ距離から銃弾を撃ち込んだ。

 ヘルハウンドの変身は解かれて、ぼろ雑巾を身に纏った老人が床に転がった。

「ぐはっ!」

「殺すな! 生かして捕らえろ!」

 ヴァレンティーナ様がやって来た。

「もう死んでるんじゃないの?」

「麻痺弾使ったです。死んでないのです」

 老人は傷口を癒やされ、そのまま拘束された。

「ナナー」

 ヘモジも戻って来たので、ねぎらって消えて貰った。するとその後ろに、隠れるようにひとりの少女がいた。

「ナウラ!」

 ガッサンが駆け出す。

「兄妹の再会だな」

 ヴァレンティーナ様が腰に手を当てる。

 ガッサンと妹が抱き合うなか、父親も合流した。

「親子の再会なのです」

 リオナが全く同じポーズを決める。

「馬鹿な…… わしらが負けるとは……」

「誘い込んだつもりが、誘われたのはお前たちの方だったというわけだ」

「国軍がすぐそこまで来ている。残りの余生は牢屋で過ごすことだな」

 建物の外に出ると飛空艇がなかった。

「あれ? 飛空艇は?」

「もう帰ったぞ。あれは目の毒だからな」

 姉さんがしれっと言った。

 国軍と合流すると、姉さんたちはこれ見よがしに最寄りのポータルで「先に行く」といって消えた。

 ガッサンの父親と妹も一旦ポータルで実家に戻り、心配する母親と合流するようだ。

 ガッサンはひとり取り残され、状況を今一つ飲み込めずに、立ち尽くしている。

「どうなってるんだ?」

 僕は彼の肩を叩いた。

「詳しいことは馬車のなかで」

 僕たちは馬車に乗り込むと一路首都を目指した。


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