エルーダ迷宮狂想曲32
土後月八日、王都より帰ると僕の屋敷の棟が二つ完成していた。北側の宿泊施設と南側の訓練研究施設が完成していた。
当初の予定とは違い、宿泊施設は『銀花の紋章団』のギルドハウスに、訓練研究施設は地下練習場付きの道場兼、ゼンキチ爺さんの離れになった。
ギルドハウスは東の街道に面した、煉瓦造りの豪華な宿屋で、一階エントランスを入ると、テーブルと椅子に埋め尽くされた一見食堂と見紛うようなロビーがあり、カウンターには酒樽の代わりに書類棚が置かれていた。吹き抜けの天井からは光の魔石を百個もちりばめた豪華なシャンデリアが吊り下げられている。
主にここではギルド会員同士の商取引が行なわれるらしい。市場では扱わないような代物を手配し合う場所になっている。例えば、剣の鍔だけとか。
そして何より面白いのはオークション会場があることだ。メンバー限定で月に最低一回は開かれるらしい。同時に参加費を払えば誰でも参加できる『掘り出し市』も開かれるのだそうだ。
吹き抜けの二階は遠方より来たメンバーのための宿泊施設がある。僕が泊まっていたエルーダの宿屋とは広さも豪華さも雲泥の差だ。部屋数は大小合わせて二十。料金は取引を行なえば基本無料。素泊まりなら一週間の滞在まで銀貨十枚だ。一泊だと割高だが、商人は情報収集を兼ねて基本連泊が当たり前なので安上がりなのだそうだ。混むのはオークションの前後。既に全室予約で塞がっているらしい。
この建物の完成で、領主館にあった仮設のギルドハウスは解体。職員も全員引っ越してきた。
我が家の敷地だというのに、僕が関与する必要のない施設だ。建物のレンタル料とオークションを無料で見られる特典ぐらいしかない。
ちなみに責任者はヴァレンティーナ様で、所長は姉さんらしい。不在がデフォルトらしく、職員ものびのびしている。ちなみに地下には馬鹿でっかい物流倉庫が完備されているらしい。
最低でも十年所属した者じゃないと入室できない決まりになっているので、僕は覗くこともかなわない。
訓練研究棟は一階が風通しのよい広い板張りの道場になっていて、その地下には魔法障壁が張られた魔法使い専用の訓練場がある。道場の離れには元々休憩施設として作った庵があったが、爺さんがここに住みたいというので了承した。ガラスの棟での暮らしはやはり落ち着かなかったようだ。
肝心な本宅ももうすぐ完成する。待ち遠しい限りである。
「みんなは?」
「鍵探しだそうですよ」
洗濯物を干しているエミリーが言った。
「まだ諦めてないのか?」
例のクイーン部屋へ入るための鍵探しである。
『迷宮の鍵』まで持ち出して。頼むからなくすなよ。
「追っかけが増えたみたいで、最下層までは行かないそうですけど」
「追っかけって? 金塊絡み?」
「そうみたいですね。怪しい連中が増えたって言ってました」
爺さんとアイシャさんが一緒なら心配ないだろうけど……
「迷宮は進んだのかな?」
「トロールは終ったとかこないだ言ってましたよ」
「ということはいよいよ地下二十階か」
姉さんの所に寄り、『千変万化』について調べてもらう約束をすると、僕はみんながいる迷宮を目指した。ただし僕のお目当てはトロールのいる十九階層の突破である。
中途半端に終らせるのは嫌だったので最後まで行くことにする。多分クリアーする頃には向こうも終って地上に出ていることだろう。
『迷宮の鍵』もないことだし、宝箱あさりは諦めてさくっと行こう。
エルーダ村も平常に戻っていた。なぜか新参者の姿が多い。
「『金塊事件』様々よ」
マリアさんも嬉しそうである。
掲示板を物色して、トロール関係の依頼を探すが、やはり何もなかった。
ほとんど旅行気分で地下十九階に入る。相変わらず人気のないフロアーである。
「あーっ!」
僕は忘れ物をしてしまった。
そう、『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』である。というか、誰だ、僕の鞄からくすねたやつは!
仕様ないか、留守にしていたのこっちだし。
「記憶を頼りに行くしかないな…… 確か方角はあっちだ。あの山を目指せばいいはずだ」
脱出用の転移結晶は持っているので、もしものときも安心だ。
丘陵地帯には相変わらずトロールが闊歩していた。
「村はパスで」
もしかして街道沿いに歩けば出られるのかな?
なんだかなー。
のどかすぎた。
村を襲撃しないとほとんど敵と遭遇しない。でかいから目立つし、鈍足だからやり過ごせるし。もうほとんどピクニック気分。
渓谷に架けられた石橋を渡ろうとすると、遠くから一匹のトロールが駆けて来る。その後ろを武装した緑色のトロール三匹が追いかけている。
『草原トロール、レベル三十八、オス』
なんだか追われているようだな。
「助けて進ぜよう」
僕はライフルを構える。三匹を順番に片付けていった。
「さてあいつはどうしてくれようか?」
『タズガッタ、アリガトウウ。オマエ、ボウケンシャカ? ブラノミンダ、ツカマタ。タスケテクレ』
はぁあああああ?
しゃべれるのか、こいつ! な、なんだこりゃああ?
『タズゲデクレダラ、オタカラヤル。オネガイダ。ビンナヲタズゲデグデ』
なんか、面白いことになってきた。ここは引き受けるとしよう。
「分かった、引き受けよう。で、どこに仲間は捕らわれているんだ?」
『アドヤマ』
トロールが指差す。
「分かった。あの山だな。じゃあ、行くか」
『オデ、カラダデカイ。ミツカルガラ、ココニイル』
「……」
そういうもんか?
「じゃ、行ってくるから」
『ガンバッデグレ』
「はいよ」
まあ、いいけどさ。なんか理不尽な気もするけど。
指し示された方角にしばらく行くと、山の斜面に先ほどの緑色のトロールがゾロゾロ警備していた。草原というより高原じゃないのか?
山頂の砦は見るからに悪党の根城っぽく見えた。
てことは待てよ。以前、僕たちが襲った村はもしかして、いい者の村だったのか?
「……」
このイベントみんなもやったのかな?
なるべく敵をスルーしながら岩場の壁沿いに進む。
人しか通れそうにない小さな洞窟を見つける。
なかに入ると行き止まりだった。どうやら緊急の退避場のようだ。
あの邪魔な連中をどうにかしながら山の斜面を登れと言うことだろう。
待てよ、村の連中を助けるんだから、敵は排除しておいた方がいいんだよな…… いや、まず助けるためには隠密行動か……
下手な考え休むに似たり。洞窟を出るとすぐに敵に見つかり乱戦に入った。
次から次へと敵がやって来る。ていうか上から落ちてくるな!
迫ってくる敵は一刀両断。遠くの敵はライフルで。
片手ライフルは重い。あとで短銃買っておこう。聞くところによると、この前リオナたちが銃砲店に行ったとき、ロザリアが対魔結界用に短銃を購入したという話を聞いた。しかもあのロメオ君も後日、購入したという。
「人が持ってると欲しくなるよね」
おっと危ない。
上から、草原トロールが転がってくる。だから坂でけつまずくなって。
下流にいる仲間を次々巻き込んで落ちて行く。
ひたすら敵を避けながら頂上を目指していたら、ようやく建物を目視できる場所に出た。
石積みの要害が丘の上に現れた。
探知スキルで周囲を警戒する。
「洞窟があるな」
乱立する石壁を抜けた先に山肌に開いた横穴があった。
ライフルで道を塞ぐ邪魔な草原トロールを片付けていく。
「よし、潜入だ」
僕は最後の見張りを倒すと洞穴に足を踏み入れた。




