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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第六章 エルーダ迷宮狂想曲
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閑話 エルネスト奮戦す

 控え室からヴァレンティーナ様が出て行って、ひとりきりになると急に心細くなった。

 近衛騎士団の修練場であり、年に一度の武闘大会の本会場でもあるらしいこの場所は、ひとりでいるには、控え室ですら広すぎた。

 僕は自分のスキルを覗いた。

 魔法は兎も角、使っていいスキルとそうでないスキルの再確認をしておこうと思ったのである。使えないのは『兜割』『鬼斬り』『スラッシュ』『連撃』『一撃必殺』ぐらいだった。つくづく近接向きじゃないと言わざるを得ない。近接系の大技が一つもなかった。

 あれ?

「増えてる……」

 ユニークスキルに『千変万化(一)』というスキルが増えていた。

「何これ?」

 いつ取得したんだろうか?


 後に『千変万化』について姉さんに調べて貰ったところ、これ、実は元ボナ領領主が持っていたとされるユニークスキルであることが判明した。(偽)マークがあるとわかりやすかったかも知れない。

 姉さんの説明では、要するに自分のステータス、腕力とか、俊敏さとかを一時的に増してくれるスキルらしい。付与魔法との違いが分からない。なぜこんなものがユニークなのか? 

 それに『完全なる断絶』もそうだが、なぜ僕が継承できたのか? 

 姉さんはある仮説を立てた。

『完全なる断絶』のラヴァルと『千変万化』の元ボナ領領主の共通点。それは直系の世継ぎがいなかったことだ。そしてどちらも僕に殺されたことである。

 ユニークスキルには継承者を失うと宿主を移る特徴があり、宿主の命を奪うことが条件になると、姉さんは考えた。

 理由はどうあれ、僕にとって思いがけない四つ目のユニークスキルである。

 もっともこのときの自分は元ボナ領領主が既に亡くなっていたことにすら気付いていなかった。


 取りあえず発動させてみた。が特に何も起きなかった。

 一体何なんだ? パッシブスキルなのだろうか? 

「入場願いします」

 係の者が声を掛けてきたので、『千変万化』は忘れて、僕は闘技場への階段を上った。

 途中に茨を模した頑丈な鉄柵の門扉があった。

 思わず唾を飲み込む。

 まぶしい光と共に、会場の景色が現れた。

「うわっ、広い!」

 一対一の対戦をするには広すぎる場所だった。

 高い塀と観客席に囲まれた巨大な円形闘技場だった。

 反対側の入場口から国王が出て来た。

 完全武装だった。誘ったときの気安さの欠片もなかった。

 観客は入れなかったようだ。ちらほらと見かけるだけだ。

 僕がしたことへの懲罰的な意味合いもあるから我慢しろとヴァレンティーナ様は言っていた。そして、これは恐らく『災害認定』を決めるための予備審査だとも。

「普段通りにやれば大丈夫よ」とは言うが、稽古以外での対人戦は余り経験がない。大抵魔法で済ませていたから、正直どこまでやれるか自分でも分からない。

 ヴァレンティーナ様曰く、王様は若い頃、武闘大会で何度も優勝した猛者だと言う。てことは爺さんより強いということだ。

 ハンデがあるからといって勝てる相手にも思えない。

 でも一撃は入れたいな。


 開始線に立った。

「位置について!」

 僕は姿勢を低くして飛び出しに備えて踏ん張った。

 一瞬、このまま普通に飛び出したらどうなるか考えた。普通に飛び出しても避けられて返り討ちにされるだけだ。

『格上とやるときは最初が肝心じゃ。どんな達人も最初の一合が一番怖いのじゃ。敵の強さが分からないからな。だから度肝を抜いてやれ。こちらの力を何倍にも錯覚させてやるのじゃ。そうすれば相手は見誤る。どうじゃ、また一つ優位に立てたじゃろ?』

『剣はただ振ればいいというものではないぞ』、爺さんの口癖だ。

 そうだ、ただ振るんじゃない。

「始め!」

 僕は『後の先』を取りに行く。格下がやることではないが、それをやることに意味がある。

「うおおおりゃ!」

 王の獰猛な一撃が僕の頭上に降ってくる。ゴーレム顔負けの重そうな一撃だ。

 やってやる!

 僕は結界を張った。

 一撃を浴びる瞬間、いつもならいなすところを、ガードして跳ね上げた。

 誰も思わなかっただろう、華奢な僕が王の剛剣を弾き返すなどとは。

『よいか、切っ先は常に隠せ。見えているときは遅く、死角にあるときは速くだ。相手の目をごまかせ』

 アサシンが二刀を持つ理由。一本は目眩まし。隠れている一本が牙。

 切っ先を敵の視線から隠す。そして一気に踏み込んで、速く!

『力は要らぬ。血管一本切り落とせばすべてが終る』

 鎧の隙間!

 取った!

 切っ先は空を切った。

 逃げられた?

 王は咄嗟に身を捻り、回避した。

 あれを避けるなんて、やはり普通じゃない。

 僕は追撃する。

 気落ちしてる場合じゃないぞ、今が責め時なんだ。

 切っ先を隠せ。見せるときは遅く、その分力を込めて。

 王の身体は悉く逃げていく。

 頭を抑えようとすると強力な一撃が降ってくる。

 流れのなかで追いかけるしかない。でもこれではいつまで経っても埒が明かない。

 結界を有効に使わねば。

 打たれることを恐れるな!

 結界が防いでくれる。もっと捨て身になれ!

 あの重い一撃をかいくぐれ!

 違う、弾き返せ!

 火花が散る。金属の焼ける臭いが鼻につく。

 そうだ! そこだ!

 喉を狙うが、また躱される。

 追い打ちを掛けるもギリギリで躱され、逃げられる。

 捕らえられない。

 身体が駄目なら腕だ!

 膝を砕け!

 甲を狙え!

「なかなかやりおるが、まだまだ青いの」

 王が話し掛けて来る。

『相手が話し掛けてくるときは余裕がないときだ。会話に付き合う必要はない。喉元を打ち砕いてやれ』

 渾身の『ステップ』で詰め寄り、喉元を狙う。

 王は驚いた顔をしながらも、容易く避ける。

 一体何をすればこうも強くなれる!

「どうした? もう終わりか? 肩で息をしているぞ」

 しまった。集中が途切れた。

 王の突きが飛んでくる。

 結界がかろうじて剣を弾く。だが次の瞬間、弾いた剣が胴を薙ぎに来る。僕は『ステップ』で躱す。王の剣が降ってくる。

「ちッ」

 重い! そう感じるのは結界の反応が遅れているからだ。意識しなくても防げる。でも何をしてくるか予測できない相手に無意識ではいられない。

 意識が翻弄される。

 信じろ! 自分の結界の力を! 物理的な力だけでこの『完全なる断絶』は破れない。

 一度守勢に回ると、主導権を取り返すのは難しくなる。

 まだ持って行かれたわけじゃない。取り返せる!

 もっと速く!

 もっと強く!

 もっと遠く! もっと遠くに飛べ!

 踏み込みが、王の一歩に追い付かない。

 動け! もっと動いてくれ!

 剣が空を切る! 何度やっても当たらない。

 もっと速く!

 もっと速く!

「『千変万化』……」

 目の前に王の首があった。僕は王の首を薙ぎに行った。

 なんだこのスキル? 一瞬、速度が上がった。まさかそういうスキルなのか?

 王の剣がかろうじて僕の剣を弾いた。

 王も審判も驚いている。

 試してやる!

『千変万化』!

 二歩で回り込んだ。体勢が整わぬところに一撃を入れる。

 王は地面に転がることで一撃を避けた。

 糞ッ、しぶとい!

 でも、王の顔色は明らかに変わった。

 このまま押し切る!



 燃料切れだ。もうスタミナがない。いつの間にか守勢に回ってるし、結界のおかげで倒れないで済んではいるが、もう何度も殺されてる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 なんでだよ。なんでこんなに強いのに。リオナを捨てたんだ!

 負けられない。こんな奴に負けられない!

 負けない。絶対に、負けない。絶対にッ!

 僕は最後の力を絞り出して、突撃する。渾身の一歩、最速の一振りを放った!

 最高の一撃だった。


 気付いたときには空を仰いでいた。

「リオナ……」

 僕は地面に転がっていた。

「わしの勝ちだ。最後の一撃はまあまあだったぞ」

 僕が何も言わずにいると王は言った。

「どんなに強くとも、守るものがあると人は動けなくなる。わしは雁字搦めだ。家族を、民を、国を。何もかも人質に取られて、くたくただ。最近風通しがよくなったと言っても、まだまだこの国は一枚岩とは言えぬ」

「僕がしたこと……」

「お前は自分のパーティーの編成がおかしいとは思わないのか? お面を被っても目立ちすぎだろ?」

「そうですか?」

「どこの世界にライフルを背負った魔法使いやランスを携えた魔法使いがいる? 『闇の信徒』の格好をした魔法使いに美しいエルフ。尻尾が二本ある猫に、二刀を持った獣人の少女」

「言われてみると凄いですね……」

「今回はこちらの手も省けたし、大目に見てやろう。だが今回限りだ。二度目はないぞ」

 僕は頷いた。

「頭にキタらこう思え、王も我慢しているとな」

 僕は吹き出した。

「ようやく笑ったな」

 王が満面の笑みを浮かべた。

「あやつらがお前を婿に選んだのは間違いではなさそうだの」

 僕は頭をよじり、王の見ている方角を見た。

 ヴァレンティーナ様と宰相と大勢こっちにやって来るのが見えた。

「リオナの兄たちだ」

 僕はその兄弟に手を引かれて起き上がった。

「こいつとは二度とやらん。面倒で敵わん。やるならスキルなしだ」

 王は肩をさすりながら言った。


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