閑話 王と少年
本日もジーノの視点です。
王宮闘技場には騒ぎを聞きつけた者たちが多く集まったが、ほとんどは門前払いを食らった。入場できたのは王家に属する者と一部の高位高官だけであった。
「よう、ガウディーノ」
「兄貴! 広間にいなくていいのか?」
ガウディーノの兄、皇太子のレオナルドまでお出ましだ。
「陛下が遊んでるのに、俺だけ働けと言うのか?」
「そこで堪えるのが皇太子だろ?」
「やあ、ジーノ。君も一緒か。魔法騎士団もあいつに興味があるのかい?」
「聞けよ、コラッ!」
「彼は魔法の方が得意だと聞いていますからね」
「レジーナの弟だからな。だが、ヴィオネッティーは元々騎士の家系だ。侮れんぞ」
「ヴァレンティーナ!」
ガウディーノが控え室から戻ってきた妹を呼び止めた。
「これは兄上。レオナルドまで。公務はよろしいのですか?」
「なんで俺ばかり働かせたがる?」
「そう思うなら、父上に蹴りの一つも入れられたらどうです?」
「馬鹿言え、十発返ってくる相手に誰が蹴りを入れられる?」
「王位を継ぐのはまだ大分先みたいね。こんにちは、ジーノ。白髪増えたんじゃない?」
「中央の跳ねっ返り貴族のせいで忙殺されてますからね。魔法使いを便利屋と勘違いしてる輩が多くて困ります」
「ご愁傷様。デメトリオはいないのですか? 一番食いつきそうなのに」
「次兄殿は今回貧乏くじだ。遠征に出ている」
「あら、かわいそ」
「で、どうなんだ?」
「何が?」
「レジーナの弟だよ」
「そうね。一言で言うと、『レジーナの弟』って感じね」
「なんとなく分かった……」
「エルマンとどっちがやばい?」
ガウディーノが嬉々として尋ねる。
「あの馬鹿と一緒にしたら可愛そうよ。優しくていい子だわ。ただ、力を持て余してる感じね、いろんな意味で。レジーナにもいつも『自重しろ』と怒られてるわ」
「なるほど。まだまだ原石というわけだ」
レオナルドは神妙に会場を見下ろした。
「お、出てきた」
ふたりが闘技場に姿を現わした。持っているのは互いに刃を潰したロングソードだ。国王は戦装束だが、弟君は革装備だった。
「おい、弟君はあれでいいのか?」
「あれが彼の冒険者としての正装よ。性能に問題はないわ」
「それにしても盾も持たずに、陛下相手に無謀ではないか?」
「どういうルールになったのかしらね?」
「宰相殿!」
レオナルドが横切ろうとするバナッテッラ宰相ことロッジ卿を呼び止めた。
「これは皆さんお揃いで。弟君の応援ですか?」
「心情的には陛下に負けて欲しいところだね」
「無理だろうけどな」
「どういうルールになりましたか?」
「『参った』と言わせるか、戦闘不能にしたら勝ちだそうですよ。弟君はハンデで直接攻撃以外のスキルは使っていいことになりました。但し魔法は禁止です」
「おいおい、大丈夫かよ。本気入ってんじゃねーか?」
「陛下は、『娘を嫁に取られる親父の悲哀を思い知れ』とか言ってましたね」
「リオナのことか? まさかお前じゃないよな?」
「十歳若ければ考えてもよかったわね」
「冗談だろ?」
「それで彼の方は? 意気消沈してなかったかい?」
「『一発ぶん殴らないと気が済まない』だそうです」
「マジかよ」
レオナルドが大笑いした。
「さすがヴィオネッティー、恐れを知らぬ」
「でもなんであいつが怒ってんだ?」
「リオナ様がどういう目に遭ったか忘れましたか? 殿下」
ロッジ卿が口を挟んだ。
「なんだよ、ふたりともリオナ絡みかよ?」
「似た者同士かも知れないわね」
「で、一本取れそうなのか?」
「わたしが知る限りじゃ、まだまだね。近衛の入団試験にも通らないんじゃないかしら。良くも悪くも冒険者の剣よ。魔物は切れるかもしれないけど、人相手だとどうかしらね。レジーナの話じゃ最近いい師匠を見つけたらしいけど」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「だから陛下もハンデをくれたんでしょ? でもハンデ与えすぎかもね」
「お前、陛下が負けると思ってるのか?」
「勝てるとは思わないけど、一本は取れるんじゃないかしら」
「賭けるか?」
「のった」
「じゃ、俺は例の飛空挺が欲しいな。乗り回してみたい」
「何賭ける気よ? 安くないわよ」
「島一個でどうだ?」
「要らないわよ、飛び地なんて」
「俺は掘り出し物の剣を一本賭けよう。お前の星の剣には劣るが、一線級の剣だ」
「兄上も飛空挺ですか?」
「あれは男のロマンだ」
「十四歳の子供と変わらないじゃないですか」
「ジーノはどっちに賭ける?」
「わたしはレジーナの弟君に。そうですね。個人的な蔵書を、魔法のレクチャー付きで」
「じゃあ、君にはリゾートになる島一個で」
「ガウディーノ……」
「そうだな、君には以前欲しがっていた魔物の毛皮でどうだ? ちょうどなめし終った頃だぞ」
わたしは一も二もなく承諾した。レオナルドはあっさり魔物の毛皮と言ったが、魔物は魔物でも赤竜の毛皮だ。ドラゴンには若干及ばないが、強度と耐火性では折り紙付きの毛皮だ。値段には替えられない。
「私も参加しましょうかね」
「宰相も?」
思い思いの物を賭けながらわたしたちは試合開始の合図を待った。
審判を務めるのは武闘大会でも主審を務める近衛騎士団第一師団の副団長殿が務める。
「青田刈りはなしだぜ……」
「あの子はもううちの子よ。国家予算の十倍くれたってあげないわよ」
「位置について!」
誰もが固唾を呑んだ。ことと次第によっては一瞬でけりが付く勝負だ。
「始め!」
審判の手が振られた。
と同時に、国王が仕掛けた。一拍遅れて弟君が飛び出す。最悪の出足だ。
これは一振りで決まる。
そう思った瞬間、国王の剣が跳ね上げられ、弟君の剣が王の首先をかすめた。
「おおっ!」
観客席から感嘆の声が上がった。
弟君は手を休めることなく攻撃を仕掛ける。だが国王は余裕でそれらを躱しながら距離を取る。
「信じられん……」
レオナルドは雷を浴びたように立ち尽くしていた。国王の力を誰よりもよく知る彼が今の一合で見たものはまさに奇跡であった。
「陛下の剣を躱すどころか、跳ね返しやがった……」
ガウディーノも震えている。
「いや、そこじゃない。その後だ。一気に踏み込んで首を突きに行ったあの一撃だ」
「ヴァレンティーナ…… どうやらお前の見立て違いのようだ」
ヴァレンティーナ様も唖然としていた。
「『男子、三日会わずば刮目して見よ』とはよく言ったものですね。最後に会ってまだ半年も経っていないのに、あの年頃の少年は……」
宰相が我が子を見るような視線で嬉しそうに眺めている。
弟君の攻撃は王子たちに言わせると対人戦を極めた動きなのだそうだ。
実際は身体が付いていっていないようで、悉く王に返されているのだが、なぜか王も攻撃あぐねている。
遠目では分からないがふたりは戦闘の合間に言葉を交わしていた。
少年の攻撃は時を追うに従い精彩を欠くどころか勢いを増していった。
予想外の展開だった。
王が守勢に回るとは。
だが、互いに決定打が出ず、長期戦になると少年に粗が目立つようになり、そこを王に狙われるようになってきた。
「若いな……」
レオナルドが呟いた。だが次の瞬間、最高の一撃が国王に届いた。そして少年は地面に倒れ込んだ。
相打ち覚悟の一撃だったのだ。
「賭は俺たちの負けだ」
王子たちは満足した顔で闘技場に降りて行き、倒れた少年を引き起こす。
「こいつとは二度とやらん。面倒で敵わん。やるならスキルなしだ」
王は一撃を浴びた肩をさすりながら言った。
「『災害認定』はどうなさいます?」
ロッジ卿が言った。
「そんなものはいらぬ。負けを素直に認めればよいものを、真っ正面から刺し違えに来るような大馬鹿者じゃ」
王は大きく息を吐いた。
「久しぶりにすっきりしたわい」
最高の褒め言葉と共に対戦は終った。
その後、有力諸侯による引き抜き合戦が起こったが、ヴァレンティーナ様を始め、王家のご一行が悉く撥ね除けた。
翌日、スキルなしの一戦をレオナルドが持ちかけたが、勝負はあっさりレオナルドに軍配が上がった。
「君は極端だな」
レオナルドは呆れて笑った。
なるほど騎士団の入団試験に落ちるレベルであった。
レオナルド自身、彼と知り合って何かが吹っ切っれたようであった。
ヴァレンティーナ様一行が南部に戻って数日が経った。
ガウディーノは相変わらずであったが、飛空挺をなんとしても手に入れるべく、いつになく真剣に奔走していた。
陛下は聞くところによると、宰相と共に南部にお忍びで旅行に行く計画を立てているらしい。弟君の必死の一撃はどうやら陛下のなかにあったわだかまりを砕いたらしい。
わたしはというと…… 今度妻と一緒に離れ小島にバカンスにでも行こうかと思っている。




