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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第六章 エルーダ迷宮狂想曲
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閑話 アルガス紛争解決協定会議

魔法の塔の次官にしてレジーナの同僚、ジーノ・エゼキエーレ氏(第五章 閑話 複製士と『異世界召喚物語』参照)の視点でお送りします。


 土後月(つちのあとづき)五日、王宮第二小法廷にて、『ボナ子爵領によるアルガス伯爵領侵攻事件』の事後処理が行なわれた。

 出席者は国王カヴァリーニ公爵を筆頭に、教皇サルヴァトーレ二十三世、王国議会を構成する、我らが筆頭アシャン老を含む元老院六名と代表諸公六名、議長にバナッテッラ宰相、アルガス伯爵名代に、後見人スプレコーン侯爵こと、第二王女ヴァレンティーナ様ともうひとりの少年である。

 議会場を見下ろす傍聴席には、有力諸侯が詰め掛け、辺境で起こった些細な案件の結論に注視していた。

「ジーノ。隣、いいか?」

「連れはおりませんので、お好きなように、閣下」

「まさか傍聴席が満員になるとは思わなかったよ。レジーナは来てないのか?」

「代わりに弟が来てますよ」

「ほう。情報通りか。弟君も人気者だな」

 そう、有力諸侯が今回もっとも注目しているのは、事件の結果ではなく、もうひとりのアルガス伯爵の後見人ヴィオネッティー辺境伯の名代、三男のエルネスト・ヴィオネッティーである。

「で、話はどこまで進んでる?」

 普段議場に寄りつきもしないこの国の第三王子ガウディーノですら引き付ける渦中の人物である。

「これから概略の説明です」

「まだそんなところか? 結論は決まってるんだろ?」

「僕に聞かないでくださいよ」

 彼がこの事件にどう関わっているのか、興味深いところである。


「土前月二十八日、アルガス領南西部のエルーダ村においてある事件が起こりました。ボナ卿ことジュリオ・ブランディ子爵による聖エントリオ教会エルーダ古参修道院における籠城事件であります。目的は孤児を監禁し、その命と引き替えに冒険者を恫喝することにありました。迷宮内における金塊の入手手段を聞き出すことが、ひいては入手することが子爵の最終目的でありました。しかし、当冒険者と冒険者ギルド、並びにエルーダに駐屯しているアルガス守備隊によって事件は終結。子爵とその私兵二十名は全員逮捕監禁され、アルガスへの輸送を待つばかりでありました。しかし、その翌、二十九日夕刻、ボナ領より六千の兵がアルガスに向け侵攻、町に多大な被害を及ぼしました。アルガスの守備隊五千とスプレコーン領並びにヴィオネッティー領よりの援軍、総勢一万を持って対抗し、同日深夜、事件は収束いたしました。被害状況、アルガス側、死者、市民を含め五四七名。ボナ側…… 六千二十七名。家屋倒壊――」

 会場がざわめいた。にわかに信じられない数字が文官の口から発せられたからである。

 文官の言い間違いではないのか?

 今回の騒動、侵攻側六千の兵力を見る限り、城を落とすことは想定していないことは明白。あくまで嫌がらせが目的であるように思える。だとしたら、撤収は迅速に行なわれたはずである。壊滅するほど居座る理由があったとはとても思えない。単なる愚行か、狂気の沙汰か? 

 ボナ領側が投入した兵力すべてが壊滅したという報告は会場にいる誰をも震撼させた。

「増援の被害はどうした?」

 元老院のひとりが尋ねた。

「それが……」

 概略を説明していた文官がしどろもどろになった。どうやら資料が見つからないらしい。

「被害はゼロであります」

 ヴァレンティーナ様が答えた。

 会場に再びどよめきが起こった。

「まじかよ」

 ガウディーノ殿下も妹の台詞に舌を巻いた。


 これにはからくりがあることをわたしは知っている。

 それは『完全回復薬』の存在である。恐らく増援部隊には薬が十分に配給されていたと考えられる。

 わたしの視線は少年に向けられた。レジーナの弟、エルネスト・ヴィオネッティー。

 以前、レジーナは子飼いの商会を介して塔に『万能薬』の効能調査を依頼してきた。あのレジーナが他人のためにそんな些末な依頼を持ち込むとは思えなかった。だが、彼のためだったとしたらしっくりくる話である。弟にとことん甘いレジーナなら。

 現在のスプレコーンの急速な発展を裏から支える人物、それが彼であるとわたしは睨んでいる。『万能薬』、そして相次いで市場に出回り始めた『完全回復薬』。どちらの薬もスプレコーンの、ヴァレンティーナ様の強力な資金源になっていた。


「ほぼ同時刻、ボナ領にて町の城壁並びに城が倒壊する事件が発生いたしました。原因は不明。現在調査中であります」

 傍聴席に詰め掛けた連中が深い溜め息を付いた。

 長い説明がようやく終ったのである。

 それに、傍聴席の深い溜め息の半分は落胆である。

 本当に聞きたかったことが不明のままだったからである。

 聞けばボナの城は一瞬で城壁が破壊され、丸々倒壊したというではないか。この場にいる誰もが明日は我が身と怯え、戦々恐々としているのである。


「城にいたはずの元領主がどうなったか聞いたか?」

 ガウディーノが思惟にふけっていたわたしに話し掛けてきた。

「いえ、何も。ご無事だったのでは?」

「亡くなったらしい」

 小声で呟いた。

「本当ですか?」

 小声で返す。

「替え玉がどうとか話していたからな、恐らくな」

「判決が出しやすくなりましたね」

「フッ、元々欠席裁判だ」


「なぜ、ボナの兵が撤収もせず、逃げ出さなかったのか? 心当たりはないかね? 王女殿下?」

 質疑応答が続いていた。

「恐らく、敵兵力が分断されたからだと思われます。事前通告なしに他領を横断した結果、転移ポータルの魔力残量が尽き、再充填に時間が取られたことが要因と考えられます。当日は朝からの雨で利用者も多く、侵攻が夕刻より始まったこともあり、とても六千の兵を一度に送れる状況ではなかったと考えられます。現に当日、バシリカ領のポータルが魔力切れを起こして、リストから削除されていた時間帯が存在します」

「それで、それがなぜ全滅と関係があると? 作戦が失敗したのなら、作戦を中止し、引き返すのが常道――」

 そこで発言者の口が止まった。

「お気付きの通りでございます、殿下。撤収するにもポータルの魔力が必要なのでございます。恐らく、当人たちが消費したせいでポータルの魔力残量が底を尽き欠けていたのでしょう。留まっていては壊滅する。ならば魔力の補充が済むまで、後続がやって来るまで、戦うしかない。ですが補充した魔力で最初にやって来たのは、不幸にも我々だったということです」

「なんということだ……」

「当初確認された襲撃者数は三千。敵兵力、失礼、ボナの兵力はまさに真っ二つに分断されたことになります。更に後続ですが、彼らもまた逃げる選択肢はなかった。何が何でも先行する味方のために退路を作る必要があったからです」

「領主と違い、兵士はまともだったということか……」

「そもそも荷担した段階でまともではないわ」

 おのおのが好きなことを言い始める。

「なぜ、お前たちは一万の軍勢を運べた?」

 王が沈黙を破った。

「当方にはヴィオネッティーを始め、魔力に余裕のある者たちが大勢おりますので、魔力の補充には事欠きません。それにわたしが後見人であることからも分かるように、ポータルの管理者権限の一部をアルガス伯爵から預かっております。今回はそれが功を奏しました」

 当日王女は現場には出向いていない。実際は別の誰かがポータルを操作したはずだ。ポータルの構造をよく知った誰かが、強引に魔力をねじ込んだ。レジーナとも考えられるが…… わたしは彼のような気がしてならない。


「後見人としてどのような裁定を望むか?」

「現ボナ領主には、爵位剥奪の上、刑期を全うしていただきたく存じます。今回の侵攻を指揮したと思われる前領主には当代限り、地位は返却していただくのがよろしいかと。それとアルガスへの賠償、我々の派兵費用を含めて金貨五万枚を要求いたしたく存じます」


「彼女は元領主が死んだことを知らないのかい?」

「出来レースだといったのは殿下でしょ?」

「そうだった。我が妹も嘘がうまくなったものだな。それにしても五万は多すぎないかい?」

「死んだ者への補償やアルガスの再建を考えると破格な数字ですよ。倍は取られても文句は言えません」


「異議はございませんか?」

 誰も異議を唱えなかった。


「あっさりしたもんだな」

「当人がもうこの世にいなんだから、裁きようがないだろ。落としどころとしてはこんなもんだ。補償が済めば、頃合いを見計らって逝去されたことが伝わるだろう」


「ところで、もうひとりの後見人代理殿、そなたの転移記録が当日の戦闘の最中、ボナ領近傍のポータルで見つかっておるが、何か申し開きはあるかの?」

 国王が席を立つと、帰り際に少年に声を掛けた。

「当日、わたしはポータルの番をしておりました。すると空に何やら大きな影がよぎりまして。天候が天候でしたので確認はできませんでしたが、恐らくロック鳥かと思いまして追跡いたしました。スプレコーンの北で以前より巨大なロック鳥の目撃情報がありましたので、間違いないと思いました。幸いわたしと仲間たちは暇を持て余しておりましたので。ですが、ボナ領の手前で見失いました。交戦中のボナの地に行く訳にもいきませんから」

「なるほどの。だが、空を飛んでいたのはロック鳥ではなく、迷子のドラゴンだったと?」

 帰りかけていた傍聴席の者たちが王の言葉に驚き、振り返った。

「そうなるのでしょうか?」

 少年は鼻を掻く。

「して、ロック鳥だったとして、そなたたちに勝ち目はあったかね?」

「地上に落せれば可能でした」

「ドラゴンじゃったらどうじゃ?」

「見たことがないのでなんとも」

「それもそうだの。わしも遭ったのは二回切りだ。取りあえずボナの城一つで憂さが晴れて帰ってくれて助かったわい。全土をチェックした結果、ドラゴンの姿は見当たらなかったそうだからな」

「それはよろしゅうございました」

 聞き耳を立てていた諸侯は胸を撫で下ろした。

「して、少年。これからわしと一手交わさぬか?」


「おいおいおい…… マジかよ」

「予定には入ってないんですか?」

「馬鹿言え、親父殿はああ見えて、若い頃は武闘大会で何度も優勝した猛者だぞ。兄貴たちでさえ未だに刃が立たないんだぞ。余程の手練れじゃなきゃ、自分から誘うことはねえよ」

「喜んで、お受けいたします」


「何考えてんだ、あいつ! ヴァレンティーナもなぜ止めない!」

 ガウディーノは大慌てである。

「おい、行くぞ!」

「どこへ?」

「決まってるだろ、先回りだ!」

 やれやれ、飛んだ尾ひれが付いたものだ。


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